11.指標
「さてと、君も落ち着いてきたようだし、朝食でも食べながら今後の方針でも決めようかね」
「すみません、私あんまり食欲ないんですけど……」
まぁ無理もないか、というリアクションで軽めな物だけ用意すると言い残して厨房に向かっていくミェルさん。
彼女の背を見送った後、ベッドにポスンと仰向けに転がる。
少し余裕が出来ると人間余計なことが次々気になってしまうもので、微妙に開いた衣装ダンスが目に付いた。
半開きのタンスからはいくつかの服が中途半端にはみ出している。
リビングもそうだったが、あの魔女は少し……いやかなり大雑把だ。魔術以外への興味が薄いんだろうな。
「片付けといてあげるか……」
朝の軽めの運動だと思ってはみ出したタンスの服を掛け直し、閉める。
隣に鎮座した机の上も筆記用具が散乱していたため、かき集めてペン立てに入れて……あ、床にも落ちてるし……。
「なんで誘拐犯のお部屋綺麗にしてるんだろ」
「誘拐犯がなんだって?」
「ぇ゛っ、ご飯の準備早すぎません?カップラーメンとかですか?」
「カップ……?なんとやらは知らんが、パンをトーストしただけだからねぇ。というか君、部屋片付けてくれてたのかい!」
「ええ、まぁ……勝手に触ってすみませんけど、あまりにもだったもので」
実際目に余る散らかりっぷりだったわけだし。
自分がいつも寝るところだから余計気になりそうなものだけど、彼女はいかにも「眠れればいい」みたいに考えそうな人だからどうでもいいんだろうなぁ……
「助かるよ、私はどうも部屋を散らかしがちだから。どうだい、君さえよければ助手として私に――――」
「ぶっ飛ばしますよ」
強引に流れを切ってさっさと食卓に向かった。この人に好き勝手喋らせてると一生話が進まない。
「物騒なヤツめ、もっとお淑やかな発言をだね」
「あなたに言われたくないですよっ!ズボラ魔女!誘拐犯!無駄に美人!!」
「いや……っ、え?美人?」
ふんっ、と言うだけ言ってテーブルに付く。困惑した面持ちで彼女も対面に座った。
自分が美人だっていう自覚が無さそうなのがこっちとしては凄く腹立たしいところだ、まったく。
……まぁ、それはそれとして。
目の前に数枚置かれたバターの乗ったトーストからは、香ばしく食欲を唆る匂いが漂ってくる。
焼き加減も程よく、一口頬ばればパリッとしたあの食感を存分に堪能できそうだ。
「……いただきます」
かぷっと一口食べれば、期待通りの美味しさが溢れる。減退していた食欲が復活してきた。
「あっこら、いつの間に食べ始めたんだ君。……まぁいい、手短に今後の方針について伝えたいんだが」
我に返った彼女はそう前置きして、
「君に見せた転移魔術の贄リストがあったろう?あの贄を早速手に入れていきたいと思う」
「わかりました。でも、確か5年かけてやっと手に入れたんですよね?私はそんなに待てませんよ」
一番不安に思っていたことだ。
人にとって、空白の五年が生まれるのはあまりにも痛すぎる。
「………それなんだがね」
残ったトーストを平らげてミェルさんは続けた。
「所有者に心当たりがある。この世のあらゆる贄を凌駕する、『月水晶』と呼ばれるシロモノを持ったヤツにね」
私はゲームにそれほど馴染みは無いが、どう考えてもRPGのアイテムみたいな名前だ。
「上手く行けばソレを譲ってくださると?めちゃくちゃ貴重なんじゃ」
「あくまで上手く行けばだがね。なんせ所有者は……」
一旦そこで言葉を切ったミェルさん。
心底嫌そうな顔をして呟いた。
「魔女だからなぁ……」
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