27.教会侵入

「準備はいいかい、月音ちゃん」


「……はい、いつでも」


 意を決して頷きを返す。人もまばらになってきたタイミングで、私達は遂に教会内へと向かおうとしていた。


「では手筈通り……制限時間は30分、仮に発見したら自分一人でどうこうせず、渡したそのベルを鳴らして合図すること。あと、何度も言うが仮に危険な目にあったら即刻中断だぞ」


 そう言い残して、ミェルさんは軽やかな身のこなしで教会の敷地を覆う壁を乗り越え、建物の屋根伝いに教会の中へとあっという間に去っていった。……私も行かないと。


 ミェルさんが即席で作った合図用のベルを懐に忍ばせ、様子を伺いながら歩き出した。


 開け放たれた巨大な鉄格子の門から敷地へと入っていく。修道服を着た人が数名、庭の手入れに勤しんでいる様が見える。


 軽く会釈だけして怪しまれないように、一直線に教会の本堂の扉へと歩いていく。


 ギィィィ……と重く鈍い音を立てて、ゆっくりと扉を開いた。


「わぁ……思ったより広い……」


 やや老朽化が進んでいたように見えた外見と違い、内部は荘厳な雰囲気に包まれていた。少し辺りを見渡してみる。

 天使を模したようなスタチュー、鮮やかな赤色の吊り下げられたタペストリー。いくつも並んだ長椅子は、教会の中心に設置された祭壇の方を向いていた。


 ……まさか、私の人生で教会に入ることになるとは思わなかった。幸いほとんど人は居なかったので、とりあえず月水晶を探し――


「おや、見ないお顔ですね。この教会には初めてお越しですか?」


「ひゃ……っ!?あ、は。はいっ」


 なんの気配も無かったはずなのに、いきなり真後ろから女性の声が響いた。


「……驚かせてしまいましたか。申し訳ありません」


 慌てて振り向くと、淡い金色の長髪に、白と黒の修道服に身を包んだ、シスターの様な格好の背の高い女性が立っていた。大体、ミェルさんと同じか少し高いくらいだろうか。


「だ、大丈夫です。実は私、最近トリステスで暮らし始めたばかりで……」


「まぁ、そうでしたか。新天地へようこそ、リスルディアは貴女を祝福しておりますよ」


 にこりと微笑んだ彼女に内心複雑な気持ちになる。この人に一切悪気は無いのは分かっているが、私にとっては敵側の人間だ。ひとまず、怪しまれないようにしなければならない。


「ありがとうございます。その、早速お祈りを捧げても……?」


「ええもちろん、ちょうど本日最後の聖書朗読のお時間でしたし、ぜひそちらの長椅子にお掛けになって下さい」


 丁寧な口調で椅子へと案内され、促されるままに座る。

 リスルディアにも聖書と呼ばれる存在があるんだ。


「ああ、申し遅れました。私はシスター・エイレン、どうぞよろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀して、エイレンと名乗ったシスターは祭壇前に設置された書見台の前へと向かう。ミェルさんと違って物腰穏やかで落ち着いた雰囲気が目立つ女性だった。

 とても、魔女狩りだなんて物騒な行為をしている宗教を信仰しているとは思えない。


 適当な長椅子の端っこに腰掛け、祈っている他の信者の真似をして両手を組んで目を瞑る。


 ――ここで時間を使ってしまうのはかなり誤算だった。今変に動けば、あのシスターに怪しまれてしまう。人自体は信者が数人にシスターが一人と少ないが、それがかえって動き辛さを助長していた。


「……では、これより聖書一節を我らが主に代わって皆様にお告げします」


 静かな空間に凛としたシスターの声が響く。目を閉じて祈るフリをしつつ、薄目で少しでも周囲の情報を得ようとする。……が、月水晶の様な物体は見える範囲には見つからない。


「――忌まれし魔の蝕んだ地。彼の地にもたらされた厄災。月とは忌むべきもの、魔力とは忌むべきもの、魔術とは忌むべきもの。我らが主に魔女は戦き、震え、その身を滅ぼすことになりましょう。主に祈りを、祝福を、そして喝采を…………」


 物々しい単語が読み上げられていく。ともかく、今の状況はまずい。早めに朗読が終わるのを期待するしかなかった。


「……ところで」


 淡々と読み上げていたシスターは、前触れなくその朗読を中断した。


「朗読の最中、大変申し訳ございません。……お嬢さん」


 ――思わず薄目を開ける。シスターの目は、射殺すような冷徹な視線を持って私を見据えていた。

 


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