26.悲哀の国
石畳の整備された地面に、不規則な足音が行き交って行く。――ここはトリステス、私達の目指す月水晶の反応が確認された小さな国。宗教国家リスルディアの息がかかっている可能性が高く、私達も警戒して臨んでいた。
その国の城下町の中を、私とミェルさんは歩いている。小さな国だったため、移動にはそこまで苦労しなかった。
隣を歩く彼女は見た目で怪しまれないようにと、とんがり帽子を脱いで惜しげなく銀髪を揺らしていた。なんでもあの帽子は魔女の象徴のようなものらしく、リスルディアへの反逆心から日頃から身に付けていたらしい。
「……入国、案外すんなり行きましたね」
小声でボソッと横のミェルさんに話しかける。
「だね。ま、服装はともかく身体的特徴で魔女かどうか見極める方法は無いし、私レベルの天才魔女なら魔力を制限して一般人の魔力量に偽装することも容易い」
「いちいち自慢しないと死ぬんですか?」
呆れた口調の私に何ら動じることなく、人混みをかき分けてミェルさんは軽快に進んでいく。
……と、ここで入国してからずっと引っかかっていた事が、道行く人々を見て確信に変わった。
この国の人達には「生気」がない。人は沢山行き交っているというのに、笑い声や話し声の一つも聞こえてこないというのは不気味極まりなかった。
まるで操り人形のように手足を動かして歩き、仕事に勤しんでいる。……現に入国時に私達を通した門番らも、項目に従って検査しただけで、何の疑問も持たずにトリステスへと通していた。自分の意志など無いかのように。
「ミェルさん……不気味じゃないですか、ここの人達。入国がすんなり行き過ぎたり、ちょっとおかしくないですか?」
「……きな臭いね」
何かを察したような口振りのミェルさんに疑問を抱きながら、置いていかれないよう必死に隣を歩く。
――やがて、私達のこの国での目的地がその姿を現した。
「プレジールのペンダントの反応に従えば……間違いなくココだろうね」
「……やっぱり、思った通りでしたね」
城下町の外れにひっそりと建っていた、寂れた教会。十中八九、リスルディア教を信仰するための場所だろう。
プレジールさんのペンダントは、この場所から月水晶の魔力を感知していた。
しかし、ペンダントの探知範囲は細かい場所までは反応出来ない。よって最後は自力で探さねばならなかった。
「さて、真正面から入るか、別の場所から忍び込むか……悩みどころだね。仮に月水晶があったとして、人目につく場所に保管したりはしないだろうし……やはり忍び込むのが一番か」
「………………」
見たところ、教会への門は開け放たれて警備などは居ない。先程から数人、敷地内に入っていって本堂に向かう様が確認できた。身なりや雰囲気から恐らく一般市民のはず。つまり、一般人も出入りができるということだ。
「……ミェルさん」
ずっと考えていた事があった。私が役に立てるのは何処か、彼女の足を引っ張らずに、月水晶の入手に貢献できるにはどうするべきか。
「私、信者の振りをして正面から教会に入ります。ミェルさんは別の場所から忍び込んで、二手に分かれて月水晶を探しましょう」
「こら」
ピンッといきなり額にデコピンされた。
「痛っ……何するんですか、私本気ですよ!」
「だからダメなんだ!大体君、私が暴走しないようにとか、やり過ぎないように監視するのが自分の役回りだってプレジールに言ったんだろう?なら、わざわざそんな事する必要がない」
「理由ならありますよ」
額を擦りながら、彼女に向かって真剣に向き合う。
「役割分担した方が動きやすいからです」
「……最後まで聞こうか」
こほんと咳払いして、教会へと目を凝らしながら一つ一つ説明していく。
「私の身体能力じゃ、侵入ルートに限りがあります。魔術も使えないから出来ることも少ないし、ミェルさんと一緒に動いたら私のせいで取れる選択肢が狭まる……だったらいっそ役割分担して、ミェルさんに自由に動いてもらった方がずっと探しやすいはずです」
顎に手を当てて考えながら、続きを促すミェルさんに私は話を続けた。
「これから人が少なくなってきたタイミングを見計らって教会の中に向かいます。同時にミェルさんは人に見つからないよう別経路で侵入を。一般公開されている範囲とそれ以外の範囲を探しましょう」
自分でも少し危険な行動になるとは思っている。でも、傍観しているだけで全て解決はしない。
それに、あくまでリスルディア教が警戒しているのは魔女であって、私みたいな普通の人間をいきなり疑ったりはしないだろう。装いもこの国の人達とあまり変わらないし。
私だけ外で待機する……という案もあるにはあるが、日も傾きかけてきたこともあり、教会の前で女性が一人ウロウロしている方が怪しまれかねない。
「ふ〜む、分かった。確かに良い案だ。だが、その作戦を呑む代わりに……ちょっとでも危険があったら即刻君を連れ出して逃げるからね」
渋い顔をしながらもミェルさんは了承してくれた。元より、私がこの決断を下せたのも彼女の実力を頼りにしてのもの。いざという時の判断は彼女に従わざるを得ない。
「ありがとうございます。……まだ少し人が多そうなので、作戦を詰めましょうか」
――教会侵入作戦が実行されたのは、その数十分後だった。
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