第二章
15.出立
木々の隙間から降り注ぐ太陽の光。そこかしこから聞こえてくる虫や小動物の行き交う音。
――私は今、再び森の中を歩いている。私たちの目標である、転移魔術に必要な贄……「月水晶」を持つ魔女の元へ会いに行くために。
「相変わらず不気味なとこですね〜、空気もひんやりしてるし」
「私は見飽きてしまったよ。この森とは100年近い付き合いだしね」
そんな非日常な会話にも慣れてしまった。慣れって怖い。
「ねぇ、ミェルさん」
頃合いを見て切り出した。聞きそびれていたことが一つある。
それは彼女の最大の目的……転移魔術を利用した私の世界への逆転移。考えられる理由はいくつかある。が、彼女の口から直接それを聞き出して、はっきりさせておかなければならない。
「昨日聞いたときはぐらかしましたよね、私の世界に来たい理由。確か話せば長くなる、とか言って」
「あ〜、したようなしなかったような……?」
「し ま し た。どうせまだ歩くんだし、今のうちに話してくださいよ」
この人はすぐ面倒くさがって情報を小出しにする。だから、問い詰められるときに問い詰めて適宜聞き出すのが最適解なんじゃないかと私の中で仮説が立っていた。
「分かったよぅ、話すからあまり怒らないでおくれ」
あなたが原因で後回しになったんでしょ!と叫ぶ寸前で喉に引っ込めつつ、その続きを促した。
「昨晩、リスルディアについて少し話したね」
コクリと頷く。宗教国家リスルディア。今の世に絶大な影響を与えている国……だったはず。
「ヤツらの信仰、まんまリスルディア教と言うんだが、昨日話した通り魔術を忌み嫌ってその行使者を積極的に排除しようとしている。思った以上に影響力が強くて、他の国もその思想に染まって……今じゃそこかしこで魔術の排斥運動祭りだ。森の中でないと腰を据えて研究もできない」
「でも、今のままならたまに襲ってくるくらいで……ミェルさんの実力なら余裕で追い払える訳だし、このまま森で研究を続けるっていうのはダメなんですか」
一瞬言葉を選ぶ間が合って、すぐに柔和な笑顔で諭すように口を開く。
「この森での研究には限りがあるんだ……材料も、出来ることにもね。何かと魔術が抑圧されたこんな世の中じゃ窮屈で、自由に研究なんか出来やしない。ならばいっそのこと、焦がれ続けた未知の新天地で、私の知らない魔術の可能性を是非試したい。」
ぼんやりと遠くに視線を流して、そう告げる。
ああ、そっか。この人は、どこまでも魔術に魅せられている。純粋に、真摯に、まっすぐに、そして時に他人を巻き込むことも厭わないほど狂気的に。例え自分の居た世界そのものを捨てて、未知の世界に行くことすら容易いほどに。
「ま、こんな所かな。悪いね、自分勝手で」
「今更ですよ……でも、話してくださってありがとうございます」
もう声を荒らげるだけ野暮なこと。ただ一つそう返して、彼女の半歩後ろを着いていく。
……ふと、今までのひんやりした空気に紛れて、暖かな風が肌を撫でた。
「ご覧月音ちゃん、″奴″のテリトリーだ」
「え、もうですか??まだそんなに歩いてないのに」
「奴の家の周りにはね、そこかしこに幻影魔術が掛けられてるんだよ。ただまぁ、正しい順路で歩いていけば私の家からはそう遠くない」
前方の方に、今まで確かに見えなかったはずの鮮やかな色彩が見え始める。あれは……。
「お花畑……?」
「そう。何重にも幻影魔術で秘匿された、森の中に存在する不可思議な花畑……花魔女プレジールの邸宅だ」
木々を抜け、花畑の方へと歩みを進める。
――そこはまさに、楽園のような場所だった。
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