月と魔女と異世界と
カラスウリ
第一章
1.森林
「ん。さむっ……」
やけに風を感じた朝だった。それに、なんだかやけにベッドの感触が硬い。
「……?」
鳥の鳴き声も、いつも以上に近い……気がする。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと瞼を開けてみた。
そこには、いつも私の目覚めを迎えてくれるぬいぐるみも、壁一面の本棚もない。
――代わりに現れたのは、薄暗い森林だった。
「えっ……?なにこれ!?」
はっきりしてきた肌の感覚に生々しく枯れ枝の感触を、鼻にむせ返るほどの自然の香りを感じて反射的に身を起こし、辺りを見渡した。
まるで富士の樹海を思わせるような、視界いっぱいの森林。
毒々しい色のキノコらしき物体が木々の根元を覆い、そこら中でカサカサと小動物が蠢く音がする。
「冗談、夢かなんかでしょ……」
極めて冷静に頭を働かせ、必死に状況を飲み込もうとするも、肌を撫でる大自然の感覚に混乱せざるを得ない。
あてもなく歩き出してみると、裸足の足裏にふわっとした落ち葉の感触が伝わり、ときどきゴツゴツとした小石がくい込む。
この感覚は間違いなく夢じゃない。歩く度にパキパキと折れる足元の枯れ枝も、耳に届く小鳥のさえずりも。
「ぅ……けほっ、けほっ……」
吸い込めば咳き込んでしまうような、濃厚すぎる草や木々の香りも、全てが現実そのものにしか感じない。
「暗いし、寒い……ほんとになんなの?」
重なった木々のせいで太陽の光が届かず、ひんやりとした空気にジャージ姿の私は身震いする。
パニックに陥りかける頭と裏腹に、五感全てが満場一致に非日常に放り込まれたと理解した。
「家、ちゃんと家で寝てたのに。私学校だってあるんだけど……?」
本当なら、今日は新学期を迎えて、高校二年生としての生活をスタートしていたはず。
段々と感覚が慣れていくにつれ、感じていた不安と焦燥とかわりばんこに怒りが滲み始める。
なぜ、どうして私が?こっちの日常もお構い無しに?
益々声を荒げようとした、その刹那。
「もし、そこ行くお嬢さん。……道にでも迷ったのかな?」
小鳥の声に紛れて、甘く透き通った囁きが私の耳へと届けられた。
はっとして振り返る。
木々の向こうから枯葉を踏みしめる足音と共に、一人の女性が姿を現した。
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