第四章

38.遭遇

「……ん、あれ…………」


 いつの間にか、私まで眠ってしまっていたらしい。


「おはよう。まあ時間帯的には昼過ぎなんだが」


 隣からミェルさんが話しかけてくる。

 その声色はいつも通りで、順調に回復しているようだった。


 よっこらせ、と立ち上がった彼女は辺りを軽く見渡しながら、ぐるぐると肩を回して身体の具合を確かめていた。


「あ……ミェルさん、もう大丈夫なんですか?」


 一応、確認をしておく。

 今の「大丈夫」には、色々なニュアンスを含んでいた。


「うん、おおむね問題はない……万全とは言えないが、ある程度動けはするね」


 ひとまずほっと胸を撫でおろした。


 一時はミェルさんが死んでしまうんじゃないかと気が気でなかったから。


「しかし月音ちゃん、君……よく一人であの信徒たちから逃げ切ったね」


「自分でもびっくりしてますよ。運がよかったのと……コレのおかげです」


 手首に巻かれたボロボロのミサンガを見せる。矢避けの魔術の施された、ミェルさんが渡してくれたお守り。


「ああ!良かった、渡しておいて正解だったよ」


 にこやかな笑顔を浮かべる彼女。

 元気のない姿が続いていたから、こんな風に笑ってくれるのは凄く嬉しく感じる。


「……と、それはそれとして改めて詫びなきゃいけないね。君には指一本触れさせないなどと言っておきながら、危険な目に遭わせて……すまなかった」


「私は大丈夫ですから……!顔上げてください」


 私に向き直って姿勢を正す。

 そのまま帽子を取って深々と頭を下げるミェルさんに慌てて顔を上げるよう促して、言葉を返した。


「でも。怖かったのは本当ですからね」


「うう……」


 バツが悪そうな顔になるミェルさん。

 当然、彼女のことを責めようとして言っているわけじゃない。


「……だからと言って自分を追い込み過ぎないでください。今回は相手が相手でしたし。ですからミェルさん」


 ゆっくりと顔を上げた彼女と目が合う。


「次も私を守ってください」


 一瞬驚いたように目を丸くして、直後に少し微笑んでミェルさんは口を開く。


「うん。改めて約束だ。君は最後まで私が守る」


 出会った当初の怪しさなんて、もう微塵もなかった。

 大丈夫。この人になら任せられる。


「――ところで。とは感心しないよ、君」


「……え?」


 不意のミェルさんの一言に呼応するように、近くの背の高い草陰でガサリと何かが蠢いた。


「出てこい」


 後ろ手に私を庇うようにして前方に出たミェルさんは、草陰へと呼び出した大鎌を構える。


 沈黙。

 風と木々の揺れる音が辺りを包み、緊張が高まっていく。


 ――刹那。


「ご、ごめんなさい!!許してください!敵じゃないです~!!!」


「ひぇ〜っ!!……って、女の子……?」


 甲高い声と共に草陰から……一人の少女が飛び出してきた。


「……君、何用でここに?リスルディアの追手ではなさそうだが」


 未だ警戒心の解けないミェルさんを前にして、飛び出してきた少女は両手を上げて敵意のないことをアピールした。


「私、スリールっていいます!ち、近くの村で暮らしてて、たまたまここを通りがかったら見たことのない人がいたから……!つい覗いちゃってました!」


 栗色の髪を一本で縛り、いかにも村娘といったシンプルな緑色のドレスに身を包んだ素朴なイメージの彼女は、慌てた様子で矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


 仕草と見た目からすると、私より少し年下だろうか。


「ちょっと待て。……村?地図には、ここはただの山岳地帯だと記されていたが」


「え……っ、そうなんですか??あっ、疑わないで下さいね!ほんとに村ありますから!!」


 スリールと名乗った少女の様子を見るに、嘘をついているようには見えない。本当に知らなかったらしい。


「そうか……分かった、悪かったよ。武器を向けて申し訳ない」


 大鎌を空に消してミェルさんは謝罪するも、その眼はまだ疑念が晴れていない。

 私も、まだ完全に彼女を信用していいかは判断しかねていた。


「……!!あのっ、その帽子といいさっきの鎌といい、あなたやっぱり魔女ですよね!?」


「まぁ、そうだが……」


「すごい……っ!村長と同じ……!あのあの、差し支えなければ私の村に来ませんか!?おふたりともお疲れのようですし、特に魔女さんの方は怪我もしてらっしゃるようですし」


 ……理解が追いつかない。

 眼を輝かせて嬉しげに誘うスリールさんの圧に押され、思わずミェルさんの方に視線を逸らすと、彼女もまた困惑していた。


 得体の知れない村娘を信用していいのだろうか。ひょっとしたらリスルディアの罠かもしれないし、悪意ある魔女が餌食にしようとしていることだって考えられる。


 しかし、態勢を整えたい私たちにとっては魅力的な提案であることもまた事実。


「……ミェルさん、どうしましょう」


「そうだな。悪意は感じられないし、魔女への憎悪もない……あまつさえ″村長と同じ”なんて気になることまで言っている。……よし」


 意を決して彼女が前に歩み出る。


「お言葉に甘えて村に案内して貰いたい。私はミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタ、よろしくスリール」


「私は烏丸月音っていいます。よろしくお願いします」


 ――ミェルさんは申し出を受け入れた。

 私も続いて軽くスリールさんに会釈する。


「よろしくお願いしま〜す!じゃあ早速行きましょう!」


 意気揚々と先陣を切るスリールさんの後ろで、ミェルさんが私に耳打ちする。


「何かあったらすぐに逃げよう。……警戒を怠らないように、ね」


 軽く頷いて、私も後に続く。


 かくして私たちは、新天地へと歩き出た。


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