42.血筋
「では、私から一つよろしいかね」
早速ミェルさんが切り込んだ。
「はい、何でもどうぞ」
「なぜこんな所に村があるんだい?今の世でリスルディアの近辺に居を構えるなんてのは、正直危険が過ぎるだろう」
ミェルさんの質問はもっともだった。リスルディアさえその気になれば簡単に陥落しかねない。
当然ロゼミナさんもその疑問は想定済みだったようで、微笑んだまま静かに口を開いた。
「ミェル。あなたでも感知出来なかったようだけどこの村一帯には数百年単位で機能する、不可視の結界が存在しているわ」
「……ほう?」
その言葉にミェルさんの顔が少し引きつる。
多分この人、見抜けなかったのが悔しいんだろうな。分かりやすい。
「この結界はリスルディアに属する人間を識別し、接近次第魔力で焼き払う。ヤツらもそれを分かって、長年膠着状態にあるわ」
「それは分かったが、じゃあ尚更なんでこんな場所に」
不意に、ロゼミナさんが指先をパチンッと鳴らすと、棚に飾られていた銀のエンブレムのようなものが彼女に手元に引き寄せられた。
剣に茨が絡みついたデザインのそのエンブレムを持ち上げ、私たちの前へと突き出す。
「お嬢さんはさすがに分からないだろうけど、ミェルなら見覚えあるんじゃないかしら」
私にはさっぱりだ。
しかし彼女の言葉通りミェルさんには心当たりがあるらしく、口元に手を当て必死に記憶を探っている様子だった。
「ああ、そうだ思い出した!ヴァンクロード家の紋章……まさか」
「そう。この世界の三分の二の土地を焼き尽くした、かつての大戦……その引き金を引いた一族の内のひとつ、ヴァンクロード家の末裔がこの私よ」
数百年前、魔術を私利私欲のために扱った人間たちにより起こった大規模な戦争。
目の前の彼女が、それに大きく関与した血筋の魔女。
「ロゼミナさんが……とてもそうには見えません」
「ふふっ、先祖の話だしね。さて、それとこの村がどう関係するかだけど、端的に言えば
「ご先祖の犯した罪を代わりに、か」
ミェルさんの言葉に、彼女は答えなかった。
少し険しくなった表情で窓際へと歩き、眼科に広がる村を眺める。
「リスルディア教。自分たちの教義をねじ曲げてまで魔女を狩り、洗脳によって強引に布教を行う連中……」
窓枠に添えた彼女の拳に力が入り、ミシリと軋む。
「当然、リスルディアの発足当初は彼らの強引なやり方に反発した周辺諸国や町村もあったわ。ヤツらはそれを悉く
「――え」
言葉が詰まった。
リスルディアは、一般人を洗脳していただけじゃ無かった?
「洗脳魔術に使う月水晶には当然限りがあるし、入手も困難。だから手が回らない一部は殺すか……どこまで外道が過ぎるんだ、あいつらは」
隣からミェルさんの歯軋りが聞こえる。
もう、道理もなにも通ってない。ただ形だけの教義を歪んだ考えで貫くだけの集団だ。
「私の数代前のヴァンクロード家当主は、そんな虐殺に遭った周辺諸国から可能な限り人を保護して、簡易的な砦をこの山に建てた。そして周囲を結界で覆って、次代に託したの。それが巡り巡って、私の番になったということね」
「それがロゼミナさん……残されたヴァンクロード家の人たちの罪滅ぼしなんですね」
頷いたロゼミナさんは、そのままゆっくりとカーテンを閉める。いつの間にか夕日が降りて、部屋が薄赤色に染まっていた。
「そう。この村の存続こそ、私にとっての生涯の使命」
その声色には、村長としての確かな貫禄と覚悟が篭っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます