9.襲撃

『魔女だ!!撃て撃て撃て!!』


 怒号と、再び響いたガラスの割れる音。

 押し倒してきたミェルさんの後頭部僅か数cmを、鋭利な何かが掠めた。


 そして、壁に刺さったソレを見て理解する。


「弓矢……!?」


 ミェルさんが反応してなかったら、恐らく私に――――


「危ないね〜、あと少し遅れてたら死んでたよ君」


 有り得ないほど呑気に返答した彼女は、次いで屋内に放たれた第二矢、三矢を軽く手の甲で弾き、壁に掛けてあった黒色のローブを私にガバッと被せてきた。


「棒っきれくらいならそのローブは通さない。そのままじっとしてておくれ」


 そう言い残して、背を向ける。


「……よく分からないですけど、大丈夫なんですよね」


「まぁね〜。お子様にはちょっと刺激が強くなるから、そのおつもりで」


 増え始めた矢の奔流を次々に弾き、後ろ手にポケットに手を入れ…薄紫の鮮やかな花をいくつか握りしめる。


「懲りないねぇ君たちも!サマはそんなに『魔女』がお嫌いか?」


 恐らく、何かしらの魔術を使ったのだろう。掌の花々は強風でも吹いたように散り散りになり消えゆく。


 そして。


「一度だって君らが私に勝てた試しはあったかね?」


 びゅんっ。

 ……と風を切り裂く音と、空間が歪み生まれた残像。ローブの隙間から見えるミェルさんの手には……まさしく、死神の鎌とも言うべき凶刃が握られていた。


「はっ……!」


 一呼吸の後、割れたガラスの大窓ごと鎌で吹き飛ばして外へと躍り出る。


 ここで初めて視認できた襲撃者は、純白のローブに身を包み武装した数人の男の人達だった。


「現れたな魔女ッ!!」


 庭へと飛び出した魔女に対し、一人の男がクロスボウを捨て、その腰から剣を抜こうとした刹那。


「……え?」


 その腕が音もなく、身体から離れ宙を舞う。


「遅いねぇ」


 そしてそのまま大鎌を首に引っ掛け、両腕のみならずその首まで……刎ねた。


「え……っ…ほんとに……」


 この衝撃を言い表す術を私は知らない。

 いまさっきまで私と喋っていた人が、目の前で人を殺した。殺したんだ。


「ひ……っ、怯むな、応戦しろ!!」


 背後から風を切って放たれた矢を半身で躱し、その銀髪をなびかせて尋常ならざるスピードで眼前へと迫る。


 月明かりをスポットライトに、大鎌を携えた魔女が異次元の体捌きで男達を切り伏せる。

 影を縫って背後から刈り、踊るように矢を避け剣を避け、ひたすらに切り裂く、切り裂く、切り裂く。


「ぐぁ……っ!!ぁぁぁ……っ!」


「静かにしたまえ、ウチには客人が居るんだよ」


 阿鼻叫喚の地獄の中、

 

 そして。


「さて、後は君だけな訳だが。また『魔女狩り』をしに来たという認識でよろしいかね?」


 尻餅をついて呆然とする、生き残りの男。

 その首に大鎌の先端を向ける。


「ああ…。そ、そうだよ!てめぇら魔女なんざ皆死んで当然なんだ!!俺らが殺せなくたって、そのうち神の裁きが――――」


 ザンッ!!

 と会話を遮り、男の真横に鎌が振り下ろされる。


「ひぃ……っ!」

 

「どーせまた教皇サマが躍起になってるんだろ?他の魔女なら知らんが、私相手だと無駄死ににしかならんよ」


「うるせぇっ……!ああ神よ、忌々しき魔女に制裁を……!神よ……!」


「はぁ〜……」


 これ以上は何も聞き出せないと悟ったように、ミェルさんは極々慣れた手付きで祈り始めた男の首を刎ねた。


 静寂を辺りが包む。

 直後、張り詰めていた空気から解放された私に強烈な不快感が走る。


「ぅ……っ、うぇ……ぇ」


 反射的に、肉体が拒絶反応を示していた。


「お待たせ。片付けてきたよ……って、この調子じゃ聞こえてないか」

 

 ――どれくらい掛かったかは覚えていない。私の吐き気が治まるまで、ミェルさんはずっと私の背中をさすってきた。


「……落ち着いたかい?」


「……………」


 なんとか首を縦に振る。が、落ち着いたのは吐き気だけであって、頭は混乱しっ放しだった。


「初めてだろう、人が死ぬのを見たのは。その…いや、すまなかった。咄嗟のことでああするしかなかった」


「……なんで教えてくれなかったんですか。知ってたんでしょ、襲って来る人がいるって……!!」


 ミェルさんの胸ぐらになんとか掴みかかって力の限り訴えかけた。


「後で話すつもりではいたんだよ、こんな頻度で連中が来ると思わなくて――――」


「知ってること話せって言いましたよね!!なんで……あの時……っ……」


 そこまで言って、私の意識は途切れ途切れになる。

 僅かに覚えているのは、ミェルさんが抱き止めて奥の寝室に私を運んだこと。


 怒りと混乱でいっぱいの頭と裏腹に、意識は闇に落ちていった。

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