第11話 リディアとの探索 3

お店を出てからまた暫く歩いた。リディアが次に疲れたと言い出したら、もう帰ることにしようと思っていたけれど、食後は意外とリディアは頑張って歩いてくれていた。


とはいえ、綺麗な夕焼け空になるまで歩いても、まだ何も手がかりは見つからなかった。途方に暮れているわたしよりも、張本人のリディアの方が元気なようで、楽しそうに声を出す。


「ねえ、あの白いの何? 生クリームか何かがついているのかしら? よくわからないけれど、美味しそうね! 買って欲しいんだけど!」

リディアが和菓子屋の大福を指差している。


「リディアさん、どの口が言ってるんですか……」

わたしは無理を言ってテイクアウトさせてもらった、ずっしり重たいファーストフード店で残った食べ物の入った袋を持ちながらジトっと睨んだ。


「美味しいものは別腹よ」

リディアがお店のショーウィンドウに近づいて、小さな子どもみたいに指を咥えて見つめている。


「残念ですけど、それ生クリームじゃないですよ。洋菓子でも無いから、きっとリディアさんの口には合いませんよ」

「じゃあ、一体これは何よ?」

「甘いあんこを柔らかいお餅で包んだやつ。って言っても、わからないですよね」


聞いただけではどんな味かわからないような説明をしたのに、リディアは食いついてしまった。


「あんこ? お餅? 何それ? でも、甘いってことはスイーツよね。白くてかわいいスイーツ食べたいわ! ねえ、買いなさいよ!」

「ダメです。もうお腹いっぱいなんですよね?」

「嫌よ! 食べたいわ! 食べたい食べたい食べたい!!!」


こちらに至近距離まで綺麗な顔を近づけてお願いされる。なんだか大きな妹ができてしまったみたいだ。お店の人も不思議そうにこちらを見ているし、拒めない空気になってしまっていた。それに、リディアに頼み事をされてしまったら、断ることなんてできないし。


「これ、ちゃんと今日の夜一緒に食べてくれますか?」

お昼の食べ残したファーストフードの袋を見せると、リディアは目を逸らしたから、もう一度念を押す。


「た、べ、て、く、れ、ま、す、か?」

「わ、わかったわよ……。食べるわよ……」

珍しくリディアが怯えている。わたしそんなにも怖かっただろうか。


「なら、買ってあげますよ」

「やったわ!」

両手を上げて喜ぶリディアは、無邪気で可愛らしかった。


わたしたちはそのまま大福を買って、近くの公園のベンチに座る。大福を頬張りながら、ふと疑問に思った。そういえば、リディアの年齢はゲームの中で一度も言及されなかったけれど、彼女は一体何歳なんだろうか。


「ねえ、リディアさんって何歳なんですか?」

「何よ、いきなり」

「いや、知らなかったので……。わたしよりも1つか2つくらいお姉さんかなとは思ってたんですけど、それにしてはなんだか子どもっぽいので、一応……。もちろん、答えたくなかったら答えなくても大丈夫ですけど」


見た目はとっても大人びているし、背も高い。基本的にはクールなお姉さんのような印象。ただ、油断した時の顔や仕草はとても子どもみたいだから、彼女の年齢がわからなかった。


「別に普通に答えるわよ。わたしは16歳よ」

「えぇっ、わたしより歳下なんですか!?」


「そんなに驚かれたらちょっとショックなんだけど……。わたしそんなに老けてるのかしら……」

「いえ、顔は子どもなんですけど、クールでカッコ良いし、婚約の話もあったから、勝手に大人かと思ってました……」


「この国の普通はわからないけれど、わたしの国では16歳になったらもう結婚の話がでてくるわ」

「わたし、今19歳だけど、彼氏もいないし将来のことなんて、何も考えてないですよ」

苦笑いしながら答える。


「あなた、わたしより歳上だったのね。見た目が子どもっぽかったから、てっきり歳下の子かと思っていたわ」

今度はリディアが不思議そうに言う。


「わたし、そんなにも若く見えますか?」

「若いというか、子どもっぽいわね」

「リディアさんに言われたく無いんですけど……」


「あら? わたしは大人っぽいんでしょ?」

「基本的にはそうですけど、嬉しそうなときは子どもみたいになるんで、そんなリディアさんに子どもっぽいって言われるのは心外ですね」

「あら? あなたは子どもっぽくて可愛らしいんだから、喜んだらいいんじゃ無いかしら?」


「一応、褒められてるってことで良いんですか?」

「ええ、ずっと褒めてるわよ」

リディアがそう言って笑ったから、わたしも笑う。


「ねえ、わたしの方からも聞きたいことがあるのだけれど」

「どうしたんですか?」

「あなた名前は一体なんていうのよ? ずっとあなたって呼んでるけど、せっかくだから、ちゃんと名前で呼びたいわ」

そう言えば、リディアに一度も名乗っていなかったっけ。


「わたしは歌咲うたさき詩織って言います」

「詩織ね。わかったわ。わたしは詩織って呼ぶから、あなたもリディアって呼び捨てで呼んでもらって良いわよ」

「いやいやいや……。わたし、そんな、烏滸がましいことできないですよ!」


高飛車で綺麗な令嬢であるリディアのことを呼び捨てなんて、なんだか違和感がある。困惑しているわたしのことを気にせず、大福を持っていない方の人差し指をわたしの鼻先に近づけてくる。


「それと、敬語も禁止! もうわたしは令嬢じゃないのよ」

「でも、向こうの世界に戻りたいんだったら、気持ちだけでも令嬢のままでいた方が良いんじゃないですか?」


わたしが首を傾げたら、リディアが「敬語は禁止よ!」と注意してくる。口の周りに大福の粉が付いていて、可愛らしかった。


「口周りに粉ついてるよ」

「嘘っ!?」

わたしがクスッと笑うと、リディアは慌てて指で拭い出すけれど、うまく取れていないようだった。


わたしはバッグからハンカチを取り出して、リディアに差し出す。

「これ、使ってくださ……、使って」

敬語を使うと、途中でリディアが睨んできたから、わたしは慌てて言い直した。


リディアがハンカチで口を拭うと、少しだけ神妙な顔をして、小さく息を吐いた。

「実はね、暫くは元の世界に無理には戻らなくて良いんじゃ無いかなって思ってきてるのよね」

「今朝はすごい剣幕で元に戻る方法探す気満々だったのに、一体どうしちゃったんですか?」

わたしが尋ねると、リディアはわたしに恥ずかしそうにしながら尋ねてきた。


「ねえ、その、真面目に答えて欲しいし、もし言えなかったら、わたしが傷つかないように誤魔化して欲しいんだけど……。詩織はわたしのこと、嫌いじゃ無いのよね?」


不安そうにこちらを見つめてくる大きな瞳。リディアが珍しく緊張していた。わたしもリディアの瞳を見つめたかったけれど、近距離でリディアと見つめあったら、きっと恥ずかしいくらいに顔が真っ赤になってしまうから、少しだけ目を逸らしながら返した。


「もちろん、嫌いじゃないよ」

それどころか、わたしはリディアのことは大好きだけれど、そこまで言うのは恥ずかしかったから、それ以上は言えなかった。


わたしの答えを聞いて、リディアがホッと息を吐いて「良かった……」と呟いた。

「わたしね、本当はヴァーニティア帝国にいた時にはとっても嫌われてたのよ。人気者っていっぱい言ってたけど、あれは大嘘なの……」


なんとなくはわかっていた。悪役令嬢だもんなぁ、と思いながらリディアの話を聞き続けた。


「その上、婚約破棄されたときに、パパとママからすら愛想を尽かされて、一人ぼっちになって、何もかも嫌になってたのよね……。誰からも愛されてなかったから、色々嫌になってた時に、なぜかこの世界に来ていたのよ。そして、詩織に出会った」


リディアがほんの少し微笑んだ。両親にも愛想を尽かされたなんていう話はゲームの中には無かったから、わたしは反応に困った。ゲームの中で一瞬出てきた両親とのシーンでは、これでもかという程甘やかされているような描写だったから。


「詩織のことも、初めはまったく信用なんてできなかったわ。けれど、詩織はとってもわたしに良くしてくれたから、詩織がいるなら、戻り方がわかるまではこっちの世界にいても良いのかなって……」

リディアがホッと息を吐いた。


「詩織は、わたしが家にいたら迷惑かしら?」

ううん、とわたしはゆっくり首を横に振って否定する。

「リディアが暫く家に居てくれるんだたら、わたしはすっごく、すっごく嬉しいよ! 居たいだけ居てくれたら良いからね」


まあ、食費を筆頭に生活費は嵩んでいくんだろうけど、推しと一緒に生活ができることを考えたらかなり安い出費である。まあ、バイトのシフトはちょっと増やさないとかもだけど……。


わたしの答えを聞いてから、リディアの顔が一瞬パッと明るくなる。過去一番の笑顔が見られて、嬉しかったけれど、直後にリディアの顔が曇った。


「あの……、わたし昨日詩織の首絞めちゃったわよね……。いきなりここが異世界だって言われて、いろんなことが怖くなっちゃって、思わず首に触れてしまったけれど、本当にごめんなさい。わたし、本気で詩織のこと敵だと思っちゃって……。でも、あれがとんでもない過ちだって、わかってるわ。そんなわたしでも、一緒にいても良いのかしら……?」


両手を膝の上で重ねて、わたしのほうにリディアが頭を下げる。悪役令嬢に頭を下げさせてしまって、わたしも困惑してしまう。


「い、良いよ。昨日のことは無かったことにしようよ。婚約破棄された日に、いきなり異世界に飛ばされて、しかもパパとママともいろいろあったんでしょ? 不信感だらけだったと思うから、これからそんなことしないんだったら、わたしは気にしないよ」


1日のうちにいろいろな絶望するようなできごとに直面しながら、必死に冷静になろうと頑張っていた年下の少女のことを、わたしはこれ以上責められなかった。


わたしは俯くリディアの頭をそっと撫でた。気持ちの良い、ふわふわとした髪。ずっと撫でていたかったけれど、リディアが頭を上げたから、慌てて手を引っ込めた。


「それに、わたしが詩織にしてしまった悪事はそれだけではないわ。今朝は寝起きの詩織の上に乗っちゃったし、昨日なんて足まで舐めさせちゃったわ……。ほんと、いろいろと酷いことたくさんしちゃったわね……」

リディアが俯きがちに申し訳なさそうな顔をしているから、わたしは大人のふりをして、ゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫だよ、気にしなくても良いから」

それに関してはただのご褒美でした、とも言えず、余裕のある笑みを浮かべておいたのだった。

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