第28話 さよならリディア 2

わたしたちにとって、とても辛い状況にあるのは変わらないけれど、リディアが前向きな気持ちになっているところに、わたしが水を差すわけにも行かなかった。できるだけ負の感情は表に出さないようにしながら、過去最高に美味しいハンバーグを作ることを心がけた。


明日の朝になるとリディアはジェンナに連れ去られてしまうらしいけれど、わたしたちはできるだけ普段通りの夜を送るようにした。


わたしはもうちょっと特別にお別れ会でもしようかと提案をしたけれど、そんな準備をする暇があるなら1秒でも多く、わたしと一緒にくっついていたいと言ってくれた。


本当にリディアは可愛いなぁ、もうっ!


そんなわけで、わたしたちは今も普段と同じように晩御飯を食べている。ハンバーグを作ったから、いつもの床置きテーブルで、リディアと向かい合って食べていた。続いて欲しかった、何気ない日常を過ごす。


「美味しいわ! やっぱり詩織の作ったハンバーグは世界で一番美味しいわね。わたしのいた世界と、この世界、どっちとも足し合わせても、詩織より美味しいハンバーグを作れる人はいないわ!」

リディアが目を輝かせながら伝えてくるから、わたしは苦笑いをした。


「大袈裟だって……」

「大袈裟じゃ無いわよ。100個くらい作ってもらって、向こうの世界に持っていこうかしら!」

「そんなに作ったら腐っちゃうよ……」


わたしは笑ったはずなのに、なぜか視界がぼんやりと滲んでいた。もうすぐ、こうやってリディアとふざけた話をすることもできなくなるんだ。


「ちょっと詩織! 泣かないでってば! 笑いながら泣くなんて変だわ!」

「そ、そんなこと言われても……」

しまったな。一回泣き始めたら止まらなくなってしまった。リディアの前で声をあげて泣いてしまっていた。


「リディア、やっぱり嫌だよ。どこにも行かないで……」

リディアが立ち上がって、場所を移動する。わたしの後ろにやってきて座り、わたしのことを後ろから抱きしめた。


「もう決まったことなんだから、わがまま言わないで欲しいわ」

「だって……」

知ってるよ。わたしはわがままだ。リディアも寂しいのに、わたしばっかりこんなこと言って。


「もう、子どもじゃ無いんだから」

リディアが優しい声で呟きながら、そっとわたしの頭を撫でた。

「でも、嬉しいわ。こんなわたしのこと、そこまで思ってくれてるなんて」

大きな手が優しく包むようにわたしの頭を撫でてくれた。


、なんて言わないでよ。リディアが自分のこと卑下するなんて、柄じゃないから」

「じゃあ、わたしのことを愛するなんて、なかなかセンスがあるわね、とかにしておこうかしら」

わたしは小さく頷いた。

「それでいいよ。その方がリディアっぽい」


もうっ、とリディアは小さく苦笑いをしてから、立ち上がった。

「元気になったみたいで良かったわ」


リディアが自分の席に戻った。リディアが体から離れただけで、また急に寂しさが込み上げる。目の前にいる状態でこれなら、元の世界に帰ってしまったらどうなってしまうのだろうか。不安を抱きながら食事を進めていくと、リディアがいつものようにニンジンを避けているのが見えた。


「ごめんね、今日くらいニンジン抜きにしておいたら良かったね」

普段はハンバーグという好物に紛れ込ませて、栄養を取らせるためにニンジンを食べさせようとしているのだけれど、結局リディアはどうしても食べたく無いらしくて、残し続けてわたしが食べることになっていた。


「ニンジンもらうね」

わたしがいつものようにリディアのお皿のニンジンを貰おうとしたけれど、リディアが先にフォークでニンジンを突き刺した。


「良い。もうニンジンくらい食べられるわ!」

リディアが口に入れて、一瞬ギュッと目を瞑ってから、急いで飲み込んでいる。ほとんど噛んでいないから、飲み込みづらかっただろうに、よく頑張った。


「偉いね」

わたしは手を伸ばして、リディアの頭を撫でた。ちょっと揶揄って子ども扱いしてみたのに、リディアはニヤけた顔で喜んでいた。


「わたしにかかればニンジンなんて余裕で食べられてしまうわ」

「ついこの間までわたしに食べさせてたのに、随分と調子良いんだから」

リディアが視線を逸らした。


「ま、今日は頑張ったから、それは偉いね」

わたしはもう一度、リディアのことを褒めておいてあげたら、リディアは「えへへ」と無邪気な声で喜んでいたのだった。

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