第15話 行方不明のリディア 2
「詩織の家行くの超久しぶりな気がする」
わたしのアパートの部屋の前に来て、玖実がつぶやいた。
「先月来たばっかりな気がするけど……」
「1ヶ月も来てないんなら、超久しぶりだよ」
「まあ、一時期わたしの家に住み着いちゃいそうなくらいいっぱい来てたもんね……」
わたしは呆れながらも、ドアを開けるために鍵を回す。カチャリと音を立てて、ドアの鍵が開いたはずだった。
「あれ?」
ドアノブを引っ張ってみても、ドアが開かない。
「間違ってドア閉めちゃったんでしょ? 詩織はおっちょこちょいだねぇ」
確かに元々ドアは開いていたみたいだけれど、わたしは間違いなくドアは閉めて外に出たはずだから、鍵は開くはずなんだけど……。
「泥棒とか入ってないか心配だな」
玖実はそんなに心配していなさそうに呟いていた。確かに泥棒が入っているかどうかも不安だけれど、それよりももっと現実的で、そして起こってほしくない不安が脳裏によぎる。
わたしは玖実に返事をすることもなく、急いで部屋の中に入った。
「リディア! リディア、肉まん買ってきたよ! 一緒に食べよ!」
慌ただしく声を出しながら中に入っていったけれど、リディアの姿は見当たらない。
玄関から「泥棒入ってたの?」と呑気に声をかけてくる玖実の声も右から左に抜けていく。すでにベッドの上には誰もいない。わたしが置いていったパンとメモはそのままになっている。
「リディア、どこ?」
トイレもお風呂も開けて確認したけれど、リディアはどこにもいない。
「なんで? どこ行ったの?」
わたしがずっと取り乱しているから、さすがに玖実も異変に気づいたみたいだ。
「ねえ、何かやばいことでもあったの?」
心配そうに尋ねてくるから、わたしは玖実に顔を近づけて、涙声で伝えた。
「リディアが……、リディアがどこか行っちゃったの!!」
「そ、そっか……、それは大変だね……」
玖実が明らかに困惑している表情を見せる。
「信じて無いでしょ?」
わたしは冷たい声で玖実に伝えると、玖実が少し困ったように答える。
「……だって、いるわけないじゃん。リディア様ってゲームの中のキャラクターなわけだし。こんなこと言ったら詩織が怒るのはわかってるけど、あたしにはリディアはゲームのキャラにしか思えないし……」
玖実の言葉を聞いて、わたしは全身の力が抜けてしまい、その場にペタリと座り込んだ。
リディアが本当は存在しなかったってこと? そんなわけないじゃん……。
そう思いたいのに、こうやって部屋から消えてしまっているのを見ると、ほんの一瞬だけ玖実の言っていることが事実な気もしてしまう。けれど、そんな嫌な想像は必死に否定する。わたしがリディアの存在を信じなくてどうする。
一緒に大福も食べたし、マッサージもしたし、眠りもした。首だって絞められたし、足だって舐めたんだから。あれが嘘だったなんて、絶対に認めない!
誰もリディアが現実にいたことを信じてくれなくても、わたしは信じる。誰もリディアのことを愛してあげなくても、わたしは心の底から愛してあげる。そんなこと、改めて確認するまでもない。
一旦、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「ごめん、今日はちょっと帰ってもらって良いかな? せっかく家に来てもらって悪いけど……」
わたしは床に座り込んで、俯いたまま玖実に伝えた。
玖実は何も反論はせずに、「わかった。お邪魔したね」と素直に頷いてから帰っていった。玖実がいなくなり、部屋はさらに静かになる。わたしの泣いている声だけが部屋に響いていた。
リディアがいたことを証明できるものはないけれど、リディアは間違いなくこの世界にいた。けれど、本人も昨日言っていた通り、突然リディアはこの世界にやってきてと言うことは、突然元の世界に戻ってしまうということもあり得るのではないだろうか。
「わたしのバカ……。なんでリディアを置いて大学に行っちゃんだろ……」
元の世界に帰ってしまったにしても、せめて帰る直前まで、1秒でも長く一緒にいたかったのに……。
わたしはフラフラとした足取りで、リディアが間違いなく眠っていたベッドのそばに向かってから、そっとシーツを撫でた。
「元の世界に帰っちゃうのなら、せめて声だけでもかけてからにしてよね……」
そんな無茶なことを、すでにいないリディアに伝えてみる。
寝ている時に元の世界に戻ってしまったのだろうか。だとしたら、リディアは丈の短いわたしのルームウェア姿で、元いた王国の世界観に馴染めるだろうか。みんなからバカにされていないだろうか。意地悪されていないだろうか。心配になってしまう。
変わった格好で悪役令嬢として振る舞うのは、なんだか変な感じになってしまうのではないだろうか。苦笑いをしていると、ならばリディアが着てきたドレスはどうなったのだろうかと、ふと気になった。
リディアと一緒にやってきた向こうの世界のドレスは、リディアが消えてしまったら一緒にどこかに行ってしまいそうなものだけれど。わたしはクローゼットに向かって、ドレスを確認する。
「ちゃんとあるね……」
リディアが着て来た、貴金属店に持ち込めば数百万円の値段がつきそうな宝石が散りばめられた高いドレスは、ちゃんとクローゼットにしまわれたままだった。なんだか引っかかる。
引っかかることはまだあった。
「突然消えて元の世界に戻ったなら、家の鍵なんて開ける必要ないんだよね……」
リディアが部屋の中にいるときに、そのまま元の世界に移動させられたのだとしたら、きっと家のドアなんて開けなくても移動が完了するだろうから。
少しずつ、わたしの想像が良い方向に向かっている気がする。
だって、大学に行く時には閉めていたはずのドアが開いていたってことは、誰かが家の中から外に出たっていうことでしょ……?
考えてみる。もし、リディアが朝起きて、家に誰もいなかったとしたら。悪役令嬢のくせにとっても寂しがりやのリディアなら、わたしが外に出たと仮定して、わたしのことを探し出そうとする可能性はないだろうか。
もちろん、実際に元の世界に戻された可能性だって当然あるけれど、今もこの世界でリディアがわたしを探している可能性が1%でもあるのなら、わたしだってリディアを探してあげなければならない。まだこの世界にいるのなら、一人で迷子になって心細い思いをしている可能性は大いにある。
「……待っててね、リディア!」
わたしはコンビニで買った肉まんの入った袋を持ったまま、大慌てで外に出て、走り出したのだった。
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