第16話 行方不明のリディア 3

「リディア、どこー?」

いるかわからないリディアを探しながら、わたしは街中を駆け巡った。けれど、当然簡単には見つからなかった。


朝ごはんも昼ごはんも食べていないから、お腹は空いていたけれど、それはきっとリディアも同じだから、何も食べずに探し続ける。もちろん、リディアはすでに元の世界に帰ってしまっている可能性もあるから、どれだけ探しても見つからない可能性もあるけれど、リディアがお腹を空かせて泣いているかもしれないのに、わたしだけ呑気にご飯を食べる気にはなれなかった。


でも、闇雲に探してもやっぱり見つけることはできなかった。すでに辺りは暗くなっている。


気付けばリディアに出会った公園にやってきていたから、そのままベンチに座った。

「やっぱりリディアは来てないか……」


ここで出会ったから、ここならもしかしたら再会できるのではないだろうかと期待したけれど、残念ながら期待外れだったみたいだ。ため息をついてから、座ってぼんやりと前を見つめた。


やっぱり、本当に元の世界に帰ってしまったのだろうか……。もう会えないんだったら嫌だな……。


そんなことを思ったけれど、瞳に浮かんできた涙を拭いながら、首を横に振り、自分の考えを否定する。


「でも、リディアもなんだかんだ元の世界に戻ったら落ち着くだろうし、帰れたんだったら、それで良かったのかな……」

そうやって、自分を無理やり納得させようと思ったけれど、また別の考えが頭に浮かんでくる。


元の世界にはリディアのことを愛してくれる人がいないって悲しんでいたのに、そんなところにリディアが戻されて、本当に幸せだって、わたしは思うの? 


自分自身に尋ねて、否定する。そんなわけはない。あちらの世界は、本来ならヒロインにでもなれそうな、ただの無邪気な美少女であるリディアが荒んでしまうほど、彼女にとっては辛い世界だったのに、戻って良いわけがない。


リディアのことはわたしがずっと愛してあげると約束しただから、わたしがちゃんと見つけてあげないと。元の世界に戻ることはリディアにとっての幸せではないはず。


もう一度気合を入れて、手当たり次第探し回ろうとしていたら、スマホに通知音が鳴った。

「なんだろ……?」


玖実からのメッセージが入っている。こんなときにどうしたんだろうかと思っていると、SNSのスクショが貼ってあった。


『バズってたけど、この子リディア様に似てない?』

貼ってあるスクショを見て、わたしの胸がドキドキしていた。

「似てるというか、リディアだよ……」


スクショには『駅前にめっちゃ可愛い子歩いてた😁 声かけてみたら『平民の癖に気安く声掛けないで』とか言われて怒られたから性格は終わってるっぽいけど(笑)』なんて文が添えてある。


勝手に人の大事な推しの写真を晒して、嫌味な文まで添えられていることにはイラッとした。けれど、この非常識な人のおかげで、リディアの居場所を特定することができそうだ。


わたしは急いで駅の方に向かった。もうすでにどこかに移動してしまっている可能性もあるけれど、まだ元の世界に帰っていないということが分かっただけでも、かなり大きな収穫である。ちゃんと探せばリディアに会えるんだ。その事実だけで、モチベーションが上がる。


「待っててね! リディア!」

冷め切った肉まんの入った袋を持って、息を切らせながら走る。


普段全然運動なんてしていないから、息はすっかり上がり切っている。それに、駅について、仮にリディアがいたとしても、人混みに紛れて見つけられないのではないだろうかと不安もあった。


けれど、そんな不安は実際に駅に着くと、杞憂に終わった。

「や、やめなさい! あなたたちみたいな愚民に声をかけられる筋合いはないし、一緒にご飯を食べにいく筋合いもないわよ! わたしが一緒にご飯を食べてあげるのは詩織だけなの!」


周りの人たちよりも背が高いから、綺麗な顔がしっかりと見えている。リディアが意地でも高いヒール靴を履き続けてくれていた効果がこんな形で出てくるとは思わなかった。


それに、周囲に対して刺々しい言い方も間違いなくリディアのものだった。みんなはこれを性格が悪いで片付けているみたいだけど、誰に対しても強気でいられるリディアはかっこよかった。まあ、わたしの名前が大声で出されていて、ちょっと恥ずかしいけれど。


「リディア……!」

わたしは小さく呟いた。周囲には男性が3人でリディアを取り囲んでいるから、ナンパをされているらしい。


以前会ったときにはドレスを着ていたから変わった人と思われていたおかげで、周囲の人も声をかけづらい感じになっていたけれど、今のリディアは昨日歩き回った時と同じ、この世界に馴染む服を着ているから、ただの高身長美少女である。


ルームウェアのまま外を歩いていたらどうしようかとちょっと心配だったけれど、一応外に出かけるときには着替えてくれていたらしい。


でも、ただの美少女になったリディアはやっぱりこっちの世界では異様にモテるみたい。ちょっと複雑な気持ちになってしまう。リディアはこっちにずっと住むことになったら、さっさと彼氏を作って家から出ていってしまうのかもしれない。それはとっても嫌だな……。


そんなことを考えて、声をかけるのが遅くなってしまっていると、リディアが先にわたしに向かって大きな声を出した。

「詩織!!!!!」


苛立っていたリディアの顔がわたしの声に呼応して、パッと晴れた。推しの笑顔を誘発できるようになったのがとても嬉しかったけれど、リディアときちんと再会できた喜びで力が抜けてしまった。わたしはその場でペタリと膝をついた。力が入らなくなって、立てなくなった。


「リディア……。よかった……」

ポタポタとアスファルトを涙で濡らしてしまった。わたしは瞳を涙で潤ませてしまっていたから、リディアの顔も上手くみられなかった。


座って俯いたままでいると、リディアが力強く、わたしのことを抱きしめてきた。勢いが強すぎて、そのまま後ろに倒れ込んでしまいそうになったから、わたしは頑張って倒れないように踏ん張った。


「詩織、ごめんなさい……。わたし、何かしちゃったのかしら……」

リディアが涙声で咳き込みながら伝えてくる。謝られたけれど、わたしには彼女に謝られることをされた記憶なんてない。


「なんでリディアも泣いてるの?」

「泣いて……、ないわよ!」という声はうまく聞き取れないくらい涙で聞こえづらくなっているし、鼻水を啜る音まで聞こえてくる。


「ねえ、リディア、何かあったの? 嫌なことでもあったの? 一人で外に出て、怖い目に遭ったの?」

初めて会ったときにも、リディアは泣いていたけれど、あの時とは比にならないくらい思いっきり泣いている。


婚約者とパパとママに見捨てられた日に泣いていた時よりも、今の方が凄い勢いで泣いているのだから、きっと何かとても嫌な目に遭ったに違いない。リディアのことが心配になってしまう。


「朝っ……起き……たらっ……、詩織……が、わたし、を……見捨て、て、いなく……なって……たんだものっ……。わたし……、またっ……何かっ、悪いこと……しちゃっっ……たのかなってっ……」


嗚咽のせいで言葉が途切れ途切れになっていた。激しく涙ぐんでいるせいで聞き取りづらかったけれど、それが逆にリディアがどれほど苦しい思いをしたのかわかりやすくしてくれていた。泣いているリディアの声を聞くのが辛かった。


わたしは遅刻しそうになったから、リディアを置いて大学に行ったのだけれど、リディアはわたしがリディアを見捨ててどこかに行ってしまったと思っているらしい。


そもそもそんなことをしたらわたしの住む場所が無くなっちゃうのだから、するわけはないのだけれど、きっと朝起きたら誰もいなくなってしまっていたせいで、すっかり混乱してしまったリディアは、わたしがいなくなったと勘違いしてしまったのだろう。


「ごめんね、リディア!」

わたしもリディアのことをギュッと抱きしめた。今度はリディアの体が後ろに倒れ込みそうになったから、リディアが踏ん張っていた。


「わたしがリディアのことを見捨てるわけないじゃん。わたし、リディアが思っている以上にリディアのこと大好きだからね? そんな簡単に見捨てたりしないよ!」


うん、と小さく頷いてから、リディアがまた大きな声で泣き始めた。わたしも泣いた。


駅前の人通りの多いところで地面に座り込んで2人して泣いていたから、周りからの視線がかなりしっかりとこちらに向いてしまっている。目立っているけれど、恥ずかしくはない。


周囲の視線なんてどうでも良い。もうわたしの意識の中にはリディアしかないのだから。リディアとまだこれからも一緒にいられるんだから、他のことなんて、どうでも良い。

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