第17話 行方不明のリディア 4
それから、わたしたちはまたリディアと出会った日に一緒に座ったベンチに並んで座る。
「ごめんね、リディア」
まだ涙ぐんでいるリディアの頭をソッと撫でた。いつもの気持ちの良いフワフワした髪の毛は、間違いなくリディアのものだ。ここにリディアが間違いなく存在してくれていることを実感させてくれる。
「次勝手にいなくなったら許さないから……」
真っ赤に腫らした目を拭いながら、リディアが言う。
「いなくならないよ」
リディアが泣きながらわたしの胸に頭を埋めてくるから、髪を撫で続けた。
「ねえ、リディア、お腹空いてない?」
「空いているに決まってるわ。わたし、朝から何も食べていないもの」
「だよね」
安堵したせいか、わたしのお腹からぐ〜と間の抜けた音が聞こえた。それを聞いて、わたしのお腹の近くで音を聞けるリディアがクスッと笑った。
「詩織もお腹が空いてるのね?」
「わたしも朝から何も食べてないからね……」
「詩織は別にわたしと違って不安でもなかったでしょうから、食べたら良かったのに」
「不安だったよ。わたしだって、リディアが元の世界に帰っちゃったと思ったから……」
「わたしが元の世界に帰ったって、詩織は元通りの生活を送れば良いじゃないの」
「もうリディアと出会っちゃったんだもん。元通りの生活とか絶対無理だよ。リディアのいない生活は、もう考えたくもないな。リディアのぬいぐるみやイラストだけじゃ、我慢できなくなってるもん」
「じゃあ、詩織はわたしと出会えて良かったって思ってるのね?」
「思ってるよ。わたしは出会う前からずっと、リディアのこと大好きなんだから」
「詩織って、変な人よねわたしは性格が悪いから、好きでいられる要素なんてないと思うけど?」
「見た目だけでも十分推せるくらいの美人さんなんだから、別に変じゃないと思うけど? それに、リディアは性格悪くなんてないよ。わたしはもう知ってるから」
わたしが伝えると、リディアがクスッと笑ってから顔をあげて、グッと顔を近づけてくる。
「わたしの顔が可愛いって、これでも?」
グッと近づけてきたのは泣き腫らした赤い目に、鼻水でグジュグジュになった顔のリディアだった。リディア的には、今の見た目が残念だと思っているのだろうけれど、整ったリディアの顔は涙や鼻水くらいでは綺麗なままだし、この涙の理由がわたしを求めていたからだなんて、そんなの可愛すぎる。
「当たり前だよ、わたしはどんなリディアのことも好きだからね」
ふうん、と呟いてからリディアは少しイタズラっぽく笑ったかと思うと、近づけていた顔をさらに近づけてくる。
綺麗な顔は、全貌を把握できないくらい近くなる。歩き続けていたからか、ほんのり汗の匂いがしたけれど、嫌な匂いではない。
「リディ――」
意図を尋ねる前に、わたしの唇に柔らかい感触が伝わり、唇が塞がった。それがキスだということに気づくまで、ちょっと時間がかかった。
訳がわからないうちに、わたしは推しとキスをしてしまったらしい。すぐにリディアは顔を離したけれど、何が起きたのか、わたしの理解が追いつかない。
「え……? え……?」
わたしは自分の唇を指で抑えながら、リディアの顔を見つめた。
「嫌だったかしら?」
リディアが不安そうにわたしを見つめる。
「もしかして、突然キスしたせいで、わたしのこと嫌いになっちゃったりするのかしら……」
楽しそうだったリディアの顔がまた曇り始めたから、わたしは思いっきり首を横に振った。
「い、嫌じゃないけど、一体なんでそんなことしたのかなって思って……」
「詩織はわたしのこと大好きみたいだから、キスしたら喜んでくれるかもしれないって思ったから……。詩織と出会ってからは、わたしばっかり嬉しい気分になっているから、詩織にもそんな気分を味あわせてあげたかったのだけど……、またわたしだけ嬉しい気分になっちゃったのかしら」
リディアがほんのり頬を赤らめていた。喜ぶか喜ばないかで言ったら、そりゃ超喜ぶ。ていうか、そもそもリディアと一緒に毎日いられるだけで、超幸せなんだけど……。
けれど、いきなりキスなんてされたら心臓に悪すぎる。ドキドキ気分が限界突破して、そのまま倒れてしまいかねない。
わたしはまだドキドキしていて、まともにリディアの顔を見れそうになかった。だから、慌てて話題を変える。手に持っていた袋の中から肉まんを取り出した。
「こ、これ、食べて良いから!」
すでに冷めた肉まんは多分味はだいぶ落ちてしまっている。
「何これ」
「肉まん、美味しいよ!」
わたしは俯きながら早口で言って、リディアの目は見ずに肉まんを渡す。リディアの目を見たら、そのまま勢いよく心臓が口から飛び出てしまいそうだったから。
「ねえ、さっきからわたしのほう一切見てくれないけど、やっぱりわたしのこと嫌ってるとかじゃないわよね? 詩織はとっても優しいから、気を使ってくれているのかしら……」
リディアは肉まんを持ったまま、口にはせずに俯いている。
「ごめんなさい。喜んでもらえると思ったけど、普通に考えて突然キスなんてして、喜ぶわけないわよね……」
リディアがまたとても寂しそうな声を出していた。やめてよ、そんな申し訳なさそうにしないでよ。リディアはわたしがとびきり幸せになってくれるようなことをしてくれたっていうのに……。
「わたしの方こそごめん、リディアの顔、今は見れないや……」
「じゃあ、やっぱりわたしのこと嫌いなのね……」
いよいよ泣きそうになっているリディアの顔から目を逸らしたまま続ける。
「嫌いじゃないよ、本当に嫌いじゃない。わたしはリディアのこと大好きなんだ。嘘じゃないよ。でも、顔は見れないんだよね……」
目の前でリディアのとびきり麗しい顔なんて見たら、わたしはきっと気を失ってしまう。ほんのり香るリディアの汗の匂いや、時々頬に当たる柔らかい髪の毛ですら、ドキドキを誘発させてきているというのに。
「本当に嘘じゃないのよね?」
「わたしはリディアのこと本当に大好きなんだから、そこは信じてよ」
愛の告白みたいになってしまっているし、キスをされてしまったせいで、完全にリディアへの感情が恋に変わってしまっていたのだけれど、きっとリディアにはそんなことはまったく伝わらないんだろうな、というのもわかる。
「わたしのこと好きでいてくれるのよね?」
うん、と頷いた。
「じゃあ、信じるわ」
「ありがと」
とりあえず、リディアは納得してくれたみたいで、わたしはホッとした。ホッとして口元を緩めていると、リディアが一転して満足気な声を出した。
「この肉まんっていうのとっても美味しいわね!」
「あったかかったらもっと美味しいんだけどね」
わたしも冷めた肉まんを頬張る。
「これよりも美味しいなんて、信じられないわね」
「今度あったかいの食べよっか」
「楽しみにしているわ」
リディアが呟いてから、ぽたりと涙が膝の上に落ちたのが見えた。
「リディア……?」
「楽しみにしてるんだから、絶対にいなくならないでね……」
推しがわたしを心の底から求めてくれている。わたしはうん、と頷いた。
「絶対にどこにも行かないよ。わたしはずっとリディアのそばにいるから」
わたしは肉まんを持っていない方の手で、リディアの頭をソッと撫でた。
「まだまだこっちの世界には美味しいものたくさんあるから、いっぱい食べようね」
「楽しみしてるわ」
リディアはさらにわたしに体を近づけて、密着しながら肉まんを食べたのだった。肌寒い風が吹いていたけれど、リディアの体の温かさのおかげで、そんなに寒くは感じなかった。
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