第18話 推しとのクリスマス 1

いつしか、朝起きてリディアが毎日一緒にいる生活がわたしの普通になっていた。先に起きて、体を起こすと横に眠っているリディアを毎日見られるから、毎朝とってもハッピーな気持ちで起きることができるのだ。


「リディアは可愛いなぁ」

わたしはこそっとリディアの頬を撫でてみる。つるりとした綺麗な頬。いつも気持ちよさそうに眠っている無防備なリディアは、もはや悪役令嬢どころか令嬢にも見えない。ただの無邪気な美少女である。


わたしは先に起きてご飯を作る。リディアはパンが好きだから、この頃は無難にこんがりと焼いたバタートーストを出している。


「悪く無い味ね。このパン結構好きだわ」

リディアは元の世界では食パンは食べたことがないらしいけれど、こっちに来てからは食パンを美味しそうに食べている。


「じゃあ、今日はわたし大学に行ってから、アルバイトしてくるから、帰りは遅くなっちゃうけれど、ちゃんと待っててね。ゲームしても、漫画読んでててもいいけど、外に出ちゃダメだよ。お昼はおにぎり置いといたけれど、足りなかったら適当に冷凍庫のものレンジで温めておいてね」

そう言うと、リディアが寂しそうな顔をする。


「わかったわ……。ちゃんと待っておくわね」

毎日わたしが出かけるようとするたびに切ない表情をされてしまって胸が痛くなるけれど、外に出ないわけには行かないので、わたしは外出の準備をする。


ネコや犬を飼っていたら、毎日出かける時にはこんな気分にさせられてしまうのだろうけれど、まさか悪役令嬢相手にそんな気分になるとは思わなかった。


外を歩くと空気がヒンヤリとしていた。クリスマスソングが流れていたり、クリスマスツリーがいろんな店に置いてあったりして、もうあと1週間ほどでクリスマス

がやってくることを実感させられる。


「今年はリディアと一緒にクリスマスを過ごすのか……。楽しみだな」

大好きな子と一つ屋根の下で過ごすクリスマスか。なんだかとても楽しみだ。普段よりも軽い足どりで、ついうっかり鼻歌でも歌ってしまいそうな気分で大学に向かったのだった。


わたしは大学に着いてから2限の講義を終えると、いつものようにお昼ご飯を玖実と食べる。


「ねえ、クリスマスのプレゼントって何あげたら喜ぶと思う?」

「あんたねぇ、聞く相手ちゃんと考えな。あたしがそんな浮かれたことわかるわけないでしょうが……。こちとら5年以上彼氏いないんだぞ」

玖実が日替わりランチのコロッケを頬張ってから、箸の先をこちらに向ける。


「てか、何。あんたは彼氏できたわけ? 抜け駆けかぁ?」

「彼氏はできてないし、作る気もさらさらないよ。それに、わたしがプレゼントをあげたい相手的に、玖実に聞くのが一番良さそうだし」

玖実が不思議そうな顔をした。


「あたし? なんでよ?」

「ゲームとかの令嬢の子って、何あげたら喜ぶのかなって……」

わたしが言って、玖実が察してくれた。

「ああ、もしかして、あのリディア様似の子にあげるの?」

わたしは頷いた。


この間リディアの盗撮画像がプチバズしたときに、玖実はリディアそっくりな子とわたしが同棲しているということで理解してくれたのだった。まあ、そっくりというよりリディア本人なのだけれど。


「似てるだけで、別にあの子自体が令嬢じゃないんだから、令嬢の好みを聞いても意味ないでしょ?」

玖実が苦笑いをした。

「まあ、良家で生まれてるから令嬢みたいなもんでしょ」


あの子自体がリディアだから、当然令嬢なのだけれど、それを伝えても玖実は信じてくれないから、わたしは適当にごまかす。


「てか、あんたリディア様似の子と一緒に住んでるんだっけ?」

「まあね」

「推しのそっくりさんと同棲って、なんか楽しそうだねぇ」

玖実は楽しそうに言う。


推しのそっくりさんじゃなくて推し本人だし、楽しそうじゃなくて、超楽しいんだけれど、それを説明しても伝わるかわからないから、わたしは「まあね」と曖昧に返事をした。


「詩織はリディア様ガチ勢だし、リディア様とそっくりな子と住んでたら襲ったりしそうだねぇ」

玖実がニヤニヤと笑っている。


「そ、そんなことしないから! わたしはリディアとは健全な関係だから!」

「でもぉ、推しと瓜二つの子が現れたら、ちょっとは不健全な感情持っちゃうんじゃないのぉ?」

玖実が楽しそうに尋ねてくる。


「そ、そんなの持つわけないじゃん……」

嘘。超持ってる。わたしはリディアのことが大好きだ。全部手に入れてしまいたいくらい、大好きだ。


「本当かなぁ?」

「ほ、本当だってば!」

「顔赤いぞ?」

「そ、そんなことないからぁ……」

このままだと玖実に押し負けてしまいそうだ。わたしは慌てて話題を戻すことにした。


「……って、そんなことどうでも良いんだってば! それよりも令嬢の子が喜ぶもの教えてほしいんだけど」

「令嬢の子って言われてもねぇ……。あたしは別にお金持ちじゃないし、困るんだけど……。宝石とかじゃない?」

「宝石!? わたし、時給1000円だよ? 宝石なんて買えるわけないじゃん!」


わたしが慌てて言うと、玖実が苦笑いをする。

「それをあたしに言われてもねぇ……」

「宝石の線は無しにして! もっと簡単に買えるもの考えてよ!」

わたしが頼み込むと、玖実は呆れてため息をつく。


「いや、そんなのさぁ、自分で考えた方が絶対良いって。そのリディア様似の美少女の好きそうなものを、詩織が自分で選んであげるのが絶対良いよ」

「うーん……」

わたしは頭を悩ませた。リディアは一体何が欲しいのだろうか。


リディアの好きなものがよくわからないし、本人に直接聞いてみるしかないのかもしれない。わたしは晩御飯にリディアの好きなハンバーグを作ってあげて、機嫌の良さそうなときに尋ねてみる。


「ねえ、リディア。リディアって何か欲しいものとかってある?」

「いきなり言われても困るわ。名誉とかかしら? 皇女の称号とか」

リディアがハンバーグに添えてあるニンジンを避けながら適当に答えた。


「真面目に答えてよ。あと、ニンジン残しちゃダメだよ」

リディアが避けたニンジンを、またお皿の真ん中の方にフォークで寄せたら、リディアが口を尖らせる。


「じゃあ、ニンジンを食べてくれる同居人かしら」

「だから、真面目に答えてよ!」

わたしが言うと、リディアが頬に人差し指を当てて、首を傾げた。


「そんなこと言われても困るわ。わたし今すっかり満たされてしまってるから。元の世界にいたときはいっぱい欲しいものもあったんだけどねぇ……」

リディアがジッとわたしのことを見つめながら続ける。


「失いたくない人は目の前にいるけれど、欲しいものは今のところはないわね」

リディアの頬が自然と緩んだ。ずるいなぁ、と思う。そんな可愛いことを、可愛らしい表情で伝えられて、わたしは恋心を我慢できるのだろうか。


わたしがリディアのこと愛してるって伝えて、気まずい空気になって一緒にいたく無くなっても知らないよ、と思いながら、ハンバーグを無心で食べた。気分が良かったから、途中でリディアのお皿の上のニンジンも食べてあげた。


「やったわ! 欲しかった、ニンジンを食べてくれる同居人が手に入ったわ!」と嬉しそうにリディアが言っていたのだった。

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