第19話 推しとのクリスマス 2

結局、リディアが何を欲しがっているのかまったくわからなかったから、わたしはリディア専用のリディア人形を作ってみることにした。


リディアが自分の人形をもらって喜んでくれるのかはわからなかったけれど、多分向こうの世界で令嬢をしていた頃には、欲しいものは全て手に入れていただろうから、わたしの所持金でリディアが欲しくても手に入らなかったようなものを買うのは無理だと思う。


それならば、そもそも向こうの世界に存在していないリディア人形を渡してしまうのが良いのではないだろうかと思った。


そんな風にプレゼント選びもなんとか終わらせて、24日のクリスマスイブを迎えることになった。


大学も冬休みになっているから、今日は午前中のバイトが終わってから、帰りにクリスマスっぽい料理を作るために買い出しに出ていた。


なんだかんだで、リディアは美味しいご飯を作ったら一番喜んでくれる気がした。とりあえずリディアの好物をいっぱい作って、プレゼントで喜んでもらえなくても大丈夫な状態を作っておこう。


特売品とかの状況も考えながら、作る料理を考えながら店内を見回っていたら、スーパーでは思ったよりも時間がかかってしまったので、家に帰った時間は16時過ぎくらいになっていた。


「ごめんね、遅くなった」

わたしが慌てて帰ったら、リディアは自分が出ている乙女ゲームをプレイしていた。


「おかえりー。詩織が教えてくれた、わたしの出てるゲーム結構楽しいわね」

「変わったことしてるんだね。嫌なこと思い出したりしないの?」

わたしは苦笑いをした。


あのゲームはリディアがひたすら悪い子として描かれているから、リディアにとっては楽しいものではなさそうなのに、トラウマが蘇ったりしないか心配になってしまう。けれど、当のリディアは涼しい顔をしている。


「鬱陶しいルーナが大嫌いなエドウィンに嫌われるようにわざと変なルートばっかり操作するの、とても楽しいわよ」

リディアが高笑いをしながら、選択肢を選んでいる。


テレビに映るゲームの画面から、ルーナが「エドウィン様って服のセンスはあまり有りませんよね」なんて意地悪なことを言っている。おそらくルーナ自身はそんなことまったく言いたくないだろうに、悪役令嬢によって本意ではないことを言わされているみたいだ。


「あいつ、服のセンス弄られたらとっても機嫌が悪くなるのよね〜」

引き続き高笑いをしながら、リディアはネタ選択肢を選びながらゲームを進めている。


それからも、ゲーム画面からはルーナの声で「エドウィン様にはがっかりしちゃいました」とか「エドウィン様のそういうところが苦手です」とか、ひたすら本物のルーナが言いたくなさそうなことを言わせては、意地悪気な悪役令嬢のテンプレートみたいな高笑いをしていた。


そんなリディアを見て、わたしは苦笑いをする。

「このところわたしには優しくなってきてたから油断してたけど、リディアは元々こんなタイプの子だもんなぁ……」


わたしに対してデレてくれても、やっぱり根は悪役令嬢らしい。まあ、そんなところもリディアの魅力の一つだし、わたしにはただの優しい寂しがりのお嬢様だから良いのだけれど。


気を取り直して、わたしはリディアに買ってきたコンビニおにぎりを渡す。

「何これ?」

「おにぎりだよ」


受け取ったリディアは袋の外から不思議そうにおにぎりを見つめていた。

「なんでお米固めてるのよ? 面倒なことせずにそのまま食べたら良いのに」

「なんでって言われても、そういう食べ物だから……」

「納得できないわ。おかしいじゃないのよ。ただ作るのが面倒なだけじゃないのよ。そのままお米と海苔で一緒に食べたって同じ味じゃないのよ」


ヴァーニティア帝国は主食はパンだから、先日初めてお米を食べたリディアは、まだおにぎりを見たことも食べたこともなかったから、いろいろ気になるみたいだ。なんだか子どもの質問期みたい。とはいえ、わたしもわからないことを質問されても面倒ではあるけれど。


「ハンバーグとハンバーガーみたいなものじゃないかな……」

全然違う、ということはわかっているけれど、面倒だからそう答えておいたら、リディアは「そういうことね」と言って、納得しておにぎりの袋を開けようとしていた。


①②③の番号に従って開けていかなければならないから、少し時間がかかるみたい。

「面倒くさいわね」とリディアが文句を言いながら中を開けて、一口目を食べる。パリッという海苔の音がした次の瞬間には、もうリディアは目を見開いていた。


「お、美味しいわ! 普通にご飯を食べるよりももっと美味しくなってる!」

パクパクと勢いよく食べ進めていくと、またリディアは大袈裟な反応を見せた。


「何これ! 中に何か入ってるわ! わたしの当たりみたいよ!」

リディアが嬉しそうに報告してくれるけれど、おかかのおにぎりだから、何かが入っているのは当たりも何も、何も入っていない方がむしろ問題である。それなのにはしゃぐリディアを見て、苦笑いをしていた。


「じゃあ、わたしは晩御飯作るから、ゲームの続きでもして待っておいてよ」

リディアが美味しくご飯を食べるところが見たいから、彼女は食べるだけで良いのだけれど、それでもリディアが首を横に振る。


立ち上がって、キッチンに立っているわたしの元にやってきて、後ろから首に手を回して、ギュッと体を引っ付けてくる。


「わたしも手伝うわ」

「いいよ、リディアは食べてくれたらそれで嬉しいんだから」

「嫌よ。わたしは詩織と一緒に作った美味しいご飯が食べたいのよ。一人にしないで」


リディアは体を密着させてきているから、本人の無意識のうちにわたしの耳元で話していて、吐息が耳に触れていた。リディアに甘えるように頼まれたことを拒むことは当然できないから、一緒に食事を作るのを手伝ってもらうことにした。


まあ、リディアは今までほとんどキッチンに立ったことがないみたいだから、綺麗な手に傷がつかないように、包丁を持つような作業や、火傷をしそうな作業はさせずに、塩コショウを振ってもらったり、鍋に水を入れてもらったり、レンジで食材を温めてもらったりした。


終わるたびにリディアが頭を下げて、こちらに向けてくる。撫でて欲しそうにしているから、わたしは手を伸ばして、リディアの頭を触った。背が高くてカッコ良い子なのに、中身は幼い子どもみたいで可愛らしかった。


わたしに対しては無邪気な姿を見せてくるせいで、リディア愛はさらに募っていく。推しに会うことができて、同棲できているだけでも信じられないような素敵な毎日なのに、わたしはもっと欲張りになってしまいそうになる。


あわよくば、もっとリディアと深い関係になりたい、なんて思ってしまう。もちろん、そんなことを伝えたらリディアに引かれてしまうだろうから、口には出せなかったけれど。嫌われてしまうくらいなら、このまま頑張ってリディアへの感情を我慢した方が良いもの。


そうして、リディアと2人で完成した料理を机に並べた。ローストチキンとハンバーグとシーザーサラダとバゲットが美味しそうに並んでいる。リディアは今にもよだれを垂らしてしまいそうなくらい緩んだ口をしていた。すっかりクールという概念が失われつつある。


「こんなにたくさんあるのね」

頬に、合わせた両手の甲をくっつけて、幸せそうな顔をしている。


「食べきれなかったら残しても良いからね」

「大丈夫よ。こんなに美味しそうだからペロリと食べてしまうわ。むしろ少なすぎたらどうしようかとさえ思うわ」

「それなら良いんだけど……」


ファーストフード店に行った時に食べられると言って、たっぷり残されてしまったのが思い出される。そんなわたしの不安をよそに、リディアはハンバーグを食べて、「やっぱりわたしが詩織と一緒に作ったハンバーグは美味しいわ〜」と両頬を押さえて、目を細めながら喜んでいた。


リディアがした作業は、ハンバーグにソースをかける作業と、料理をお皿に移す作業だったから、ほとんどわたしが作ったのだけれど、当人が満足しているのなら、それでいっか。それに、リディアに一緒に作ったと言ってもらえた方がわたしも嬉しいし。


リディアの周囲からオンプマークが見えてしまいそうなくらいウキウキしているように見えるのは、わたしがリディアの出てくる乙女ゲームをプレイしすぎたせいだろうか(実際のゲームの中のリディアはいつも怒っているから、オンプマークが出そうな浮かれたシーンはないのだけれど)。


「クリスマスは美味しいご飯が食べられるから最高ね。毎日クリスマスなら良いのに」

「たまにだから良いんだよ。毎日ハンバーグだったら飽きちゃうでしょ?」

「……それもそうね。大好きなハンバーグが嫌いになったら嫌だから、やっぱりクリスマスは毎日じゃないほうがいいわね。1ヶ月に1回くらいが良いわ」

「別に月1でハンバーグが食べたいんだったら、クリスマス関係無しに作ってあげるよ」


わたしは苦笑いをする。あの意地悪なはずの悪役令嬢リディアとは思えないくらい、ただの顔が強いだけの無邪気な少女と化してしまっているリディアが目の前にいるなんて、本当にドキドキしてしまう。


わたしの頭の中が大量のハートマークで埋め尽くされて、何も考えられなくなってしまいそうだった。このまま向かい合っていると、リディアへの愛の感情で溺れてしまいそうだ。


「ご、ごめん、ちょっとお皿洗いしとくね」

「まだ食べてるわよ?」

「リディアは食べておいていいから」

「嫌よ。一緒じゃないと食べたくないわ」


リディアがこちらを睨みつけてくる。悪役令嬢要素はわがままなところだけはきっちりと残っていたみたいだ。けど、どうしようか。これ以上部屋の中でリディアの可愛いところを見せつけられ続けたら、わたしもわがままになってしまいそう。せめて2人きりの状態を変えたい。


「ねえ、リディア。ちょっと外に行かない?」

「外? ご飯はどうするのよ? 

「後で食べよっか」

「もうお腹いっぱいだわ」

「じゃあ、明日食べよっか」


さっきはまだ食べてるのに、と言っていたけれど……。リディアらしいわがままさにちょっと苦笑いしつつも、わたしたちは外に出る準備をしたのだった。

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