第20話 推しとのクリスマス 3
「随分と冷えるわね」
リディアはマフラーを鼻の辺りまで埋めて、寒そうにしていた。いつも通りのコツコツと大きなヒール音を響かせながら。
「寒いのは苦手なの?」
「ええ。こんな寒い日の夜に外に出る習慣はなかったもの。寒い時期はずっと家に篭って暖炉の前にいたんだから」
「なんだか悪いことしちゃったかな? 家にいた方が良かったよね」
「ええ、そうね。寒いのは苦手だから、わたしは家に居た方が良かったわ」
リディアを無理やり連れ出したみたいで申し訳なく思っていると、リディアは続ける。
「でも、詩織は外に出たかったんでしょ?」
「え、うん」
「なら、わたしも外に出たいわ。詩織と一緒にいたいから」
「そっか……」
推しにそんなことを思ってもらえるなんて、嬉しかった。わたしもリディアと一緒にいたい。なんてことを考えていると、リディアがソッとわたしの手を握ってきた。
「手が冷たくて仕方がないわ。温めてちょうだい。離したらダメよ」
冷たさが理由なのか、それとも他に理由があるのかわからないけれど、リディアは普段以上にしっかりと手を握ってくる。だから、わたしもギュッと握り返した。
「離さないよ」
道行く人もみんな手を繋いでいるから、なんだかデートをしているみたいだった。クリスマスっていいな。わたしたちは白い息を吐きながら一緒に歩いた。
「なんだかいつもよりも道が明るいわね」
リディアが不思議そうにイルミネーションを見ている。
「綺麗だよね」
「ええ」
リディアと一緒に歩くと、やっぱり通行人の視線がリディアに向かっているのがわかる。恋人とデート中の男の人でもリディアの方に見惚れちゃうくらいリディアは飛び抜けて綺麗な子。この子はこっちの世界でなら、本当に彼女のなりたい人気者になれてしまうのではないだろうか。ただ存在しているだけで、周囲から好意的な目で見てもらえるのだから。
「リディアもさ、こっちの世界に来て結構時間経ったし、やりたいこととかないの?」
「やりたいこと? ゲームして漫画読んで美味しいもの食べて、毎日やりたいこといっぱいできて最高だけど?」
「いや、そう言うのじゃなくてさ……」
すっかりぐうたら生活が板についているようだ。
「アイドルとかモデルとかさ、リディアってとっても綺麗だから、やろうと思えばなんでもできちゃうと思うんだよね」
わたしが言うと、リディアは胸を張った。
「そうよ。わたしはとっても才能に溢れているから、何でもできるわよ。社交ダンスも、お勉強も、マナーも、全部完璧にこなせるわよ。なんせ一流の貴族だったもの」
ドヤ顔でこちらを見下ろしてくるけれど、何となくリディアとの会話がズレている気がする。
「そうじゃなくて……。リディアはさ、わたしだけにチヤホヤされるんじゃなくて、もっとたくさんの人にチヤホヤされるべき子だと思うから……。それこそ、ずっとリディアがなりたかった人気者に、こっちの世界なら簡単になれちゃうと思うよ」
「人気者ねぇ……」
リディアはわたしと出会ったばかりの頃は、何度も自分のことを、向こうの世界では人気者だったと言って嘘をついていた。本当は嫌われ者の悪役令嬢だったのに。だから、きっと彼女の中に人気者になりたい自分の姿があったんだと思う。
リディアは向こうの世界が合わなかっただけで、こっちの世界ではきっともっと大事にされると思う。あの世界では悪役令嬢だったけれど、こっちの世界ではヒロインになれる子なのだと思う。だけど、リディアは首を横に振った。
「元の世界では、わたしは誰にも愛されなかったから、人気者になりたくて、愛されたかったわ。でも、今はわたしのことを大切にしてくれる人がそばにいるから、別にいいのよ。それとも、わたしにどこかに行って欲しいのかしら?」
リディアがクスッと笑ってわたしの方を見たから、思いっきり首を振ってからリディアに抱きついた。リディアがいなくなっちゃうなんて、考えたくもない。この間、勝手に家を出て行方不明になっちゃったときだって、とっても寂しかったんだから。
「嫌! 絶対に嫌! ずっと一緒にいて!」
自然と涙が溢れてきてしまって、自分でも驚いてしまう。わたし、こんなにも涙もろかったっけ……。
でも、もうリディアのいない生活なんて考えられない。考えただけで胃液が出てしまいそうな苦しさに襲われる。
涙を隠すようにギュッと抱きつくと、リディアが優しくわたしの背中に手を回して、抱きしめ返してくれた。背の高いリディアに抱きしめられるとなんだか安心する。
「ごめんなさい、変なこと言っちゃったわね……」
「そうだよ。変なこと言わないでよ、冗談でもリディアがどっかに言っちゃうようなこと言われたら、わたし耐えられないよ……」
「まさか詩織がそこまでわたしのこと大好きだって思わなかったから……」
わたしの背中を撫でながら、リディアが申し訳なさそうに言う。大きくて優しい手がわたしの背中を心地良くしてくれる。全てを包み込んでもらっているような、温かい気分になる。なんだか子どものときに戻ったみたい。
「ずっと言ってるじゃん。わたしはリディアのこと大好きだって……」
「うん、ずっと聞いてるわ。だから、変なこと言っちゃったわたしが悪かったわ」
「リディアのくせに謝らないでよ……」
わたしは鼻声で伝えると、リディアが苦笑いをする。
「詩織はわたしのことをなんだと思ってるのよ……」
「悪役令嬢」
嘘。可愛くて無邪気で優しい、ちょっと食いしんぼうな女の子。
わたしの答えを聞いて、リディアが笑った。
「そうね。わたしは悪役令嬢だわ。だから、詩織に出ていけって言われても出て行かないわ。ずーっと詩織の家に居座ってやるんだから。詩織に彼氏ができたり、子どもができたりしても、ずーっと居座っちゃうんだから!」
リディアが楽しそうに笑った。
「リディアが家にいてくれるんなら、彼氏なんていらないよ。リディアとずーっと一緒に生活するから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの!!」
リディアがわたしの背中をバシバシと叩いてくる。
「痛いよ、リディア……」
わたしはクスッと小さく笑った。そんなわたしの声は気にせず、リディアは「あら?」と不思議そうに声を出す。
「みんな見てるわね」
リディアは美人で背が高いからみんなから目立ってしまっているし、わたしが泣きながら、はしゃいでいるから、わたしたちの方に周囲の視線が向かってしまっていたらしい。わたしはリディアの胸に顔を埋めているからあまりわからないけれど、リディアは視線をしっかり受けてしまっているみたいだ。
「ちょっとあっちの方に行きましょう。人の視線が多すぎるわ。この国の人はそんなにわたしのことが好きなのかしら」
まったく……、とリディアが呆れながらわたしの手を引っ張って、人気のないところに引っ張って行ったのだった。
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