第21話 推しとのクリスマス 4

リディアに連れられて、わたしたちはベンチに横並びで座った。

「落ち着いたかしら?」

尋ねられたから、うん、と頷いた。


「ごめんね、突然泣いちゃって……」

リディアのいない生活を考えてしまうだけで泣いてしまうくらいにまで、わたしにとって、リディアがかけがえのない子になっているなんて思わなかった。自分でもびっくりした。


せっかくクリスマスの綺麗な雰囲気の中にいたのに、結局リディアと一緒に近くにあった公園のベンチに座った。なんだかリディアとはよく公園のベンチに座っている気がする。悪役令嬢と公園のベンチ、全然合わないなぁ……。


人気の無い静かな公園には、当然イルミネーションの光もなかった。街頭がうっすらと照らしているだけの、暗い場所だ。


「せっかくイルミネーション綺麗だったのに、見られなくなっちゃって、ごめんね……」

「なんで詩織が謝るのよ? わたしがここに連れてきたのに」

「だって、わたしがいきなり泣いちゃったから、悪目立ちしちゃったもん」

「それも詩織のせいじゃないでしょ? わたしが変なこと言って泣かせちゃったんだから」


「わたしもまさか泣くなんて思わなかったから……。おかげでみんなから見られちゃって、あそこにいられなくなっちゃったもんね……」

「何言ってるのよ。詩織が目立つわけないでしょ? 自意識過剰だわ。みんなわたしを見ていたのに」


ナルシストみたいなことを言っているけれど、それがリディアなりにわたしのことを庇ってくれている言葉だということは、もうわかる。わたしが微笑んでいると、リディアが唐突に呟いた。


本当に、唐突に。


「そういえば、わたし、詩織のこと好きになっちゃったみたいなんだけど、どうしたらいいかしら?」


あまりにもサラリと口から出てきたリディアの言葉が、すぐには頭に入ってこなくて、硬直してしまう。まだ頭の整理がまったくできていないのに、次の瞬間には、横並びで座っていたリディアが、顔をわたしの真正面に位置するようにして、キスをしてきた。体を捻るようにして、抱きつきながら。


「!!!!!!!!」


わたしの脳内が混乱を極めた。リディアがわたしを好きって言った。どう言う意味の好きかも理解していないのに、それより先にキスをされた! 


リディアの甘い吐息がわたしに流れ込んでくる。キスをやめた時に、真っ先に尋ねる。


「ねえ、好きってどういうこと!? わたしのこと愛してるの!? 同居人としての好きなの?」

冷静なリディアと違って、わたしは興奮しきっていた。


「なんで恋以外の理由で好きな相手とキスしないといけないのよ。愛してるに決まってるわ。将来的にはわたしの結婚相手にしてあげる。そのくらい愛しているわ」


凄いことを淡々と伝えられてしまった。さっきからずっと、ご飯の味を聞かれた時の感想の言葉くらい冷静に伝えられているけれど、内容はとっても重たい愛の告白だった。


「わ、わ、わたしが、リディアの婚約者!?」


両手で頬を押さえて、足をバタつかせてしまう。これ、夢の中なのかな? さすがに夢だよね?


ゲームの中という、文字通り住む世界の違う、一方的に推していた悪役令嬢がなぜか現実世界にやってきて、わたしに婚約を申し込んでいる。あまりにも非現実的すぎて、わけがわからなかった。


こんなの夢だよね? ね、ね、ね! 信じられないもん! でも、夢じゃなかったらいいなぁ!


「ねえ、リディア。つねって! わたしの頬つねって! 思いっきり! 千切れちゃうくらい!!」

「えぇ……、なんでよ……? 詩織ってやっぱり結構重度のマゾヒストよね?」


リディアは困惑している。たしかに、リディアに対してマゾヒストの気はあるかもしれないから、そこは否定はできないけれど、今はそういう意味じゃない!


「違うって。こっちの世界では夢じゃないか確かめるのに、ほっぺたつねるの! 痛かったら、夢だと目が覚めるから!」

わたしはリディアの手首を持って、わたしの頬に近づけたけれど、引っ張ろうとはしてくれない。


「嫌よ。なんで大好きな詩織のこと傷つけるようなことしないといけないのよ?」

「傷つけるとかじゃなくて、痛くしないと、夢かどうかわからないじゃん!」


「夢のわけないでしょ? わたしは現実にここにいるのに。何言ってるのかしら」

こんなときでも、リディアが絶妙に話の通じないことを言うから、わたしは頬を膨らませた。


「リディアの意地悪!」

「意地悪しないでおいてあげてるのに、意地悪っていうなんて、やっぱり今の詩織どうかしてるわ? 詩織の方こそ、わたしの夢の中にいるんじゃない?」

「もういいっ!」

わたしが顔を背けると、リディアはため息をついた。


「痛くしたら良いのね?」

「そう言ってるじゃん!」

「わかったわ」


リディアがわたしの肩の辺りを持って、リディアの方に向けさせた。そして、わたしの首元に顔を近づける。


「何のつも……り!?」

その瞬間、わたしの首根っこに痛みが走る。リディアがわたしの首を噛んだみたい。

「ちょっ……!! リディア、何してるの!?」


野外なのにキスをしたり、首を噛んだり、さっきからリディアがわたしにイチャついてくる。噛むのをやめたリディアは、低い姿勢のまま、上目遣いで微笑みながら、わたしの方を見てきた。普段リディアのことを見上げてばかりだから、こんな至近距離で新鮮な角度から綺麗な顔を見せられたら、緊張してしまう。


「痛かったでしょ?」

「痛かったけど……」

「じゃあ、夢じゃないわね。間違いなくここに存在しているわたしが、あなたに告白した。これは紛れもない現実よ」

「そっかぁ、現実なんだね……」


口にしてみると、いよいよリディアに告白してもらえたことが現実として実感できる。あまりにも嬉しくて、思わず両手で顔を覆ってしまった。好きな子に見せたくないような、緩みきったニヤけ顔をしているから、今は顔を見られたくない。


「ねえ、なんで顔を隠すのよ?」

リディアが不思議そうに尋ねてくる。

「な、なんでもないよ……」


わたしの言葉を聞いて、リディアは「ふぅん。まあ良いけど」と不思議そうな声を出してから、続ける。

「そんなことより、わたしまだ告白の答え聞いていないんだけど。顔を隠してるってことは嫌ってことなのかしら?」


「ち、違うよ。違う! オッケーのサイン! わたしは今日からリディアの彼女!」

言っちゃったよぉ! リディアの彼女。口にして改めてヤバさに気付く。


「この国では、オッケーする時には顔を両手で覆うの? なんだかがっかりされているみたいに見えて、嫌な風習だわ」

当然、そんな文化は無い。けれど、ウキウキ気分のわたしの雰囲気を壊すようなリディアの変な疑問にツッコミを入れる余裕もない。


「違うけど、もうそういうことで良いよ! わたし恥ずかしくてリディアに顔見られたくないから!」

なるほどね、とリディアが言った直後、わたしの手をリディアが掴み、そのまま顔から無理やり離させた。そして、わたしの顔を覗き込まれてしまう。


大好きな彼女の顔をすぐ目の前で見せられたら、テンパってしまう。「あわわ……」と、普段出さないような変な声が出てしまった。


「ほんとね。顔が真っ赤になっていて可愛らしいわね」

リディアがクスッと笑う。

「か、顔見られたくないって言ったのにぃ! 意地悪!」

「あら? わたし悪役令嬢よ? 意地悪に決まっているわ」

楽しそうなリディアを見るわたしの顔がどんどん熱くなっていく。


「また顔が赤くなっていってるわね」

「リディアのせいじゃん……」

そんなわたしの反応を見て、リディアは楽しそうに笑っていたのだった。


「人の困っている顔見て揶揄うなんて、やっぱりリディアは悪役令嬢だ!」

「はいはい、わたしは意地悪な悪役令嬢よ」

わたしの顔がニヤケすぎているのを見て、リディアはまた楽しそうにしていたのだった。

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