第14話 行方不明のリディア 1

朝起きて、わたしは目の前にある綺麗な顔を見て、思わず息を呑んだ。心臓の鼓動が一気に早くなり、一瞬で目が覚める。

「なんでわたしの目の前に美少女が!?」

と、まあ、とりあえず驚いてみたけれど、そういえば、と思い出した。


「あ、そっか、わたしリディアと一緒に寝てたんだ……」

寝ている間にわたしは寝返りを打ってしまったみたいで、いつの間にか向かい合っていたらしい。わたしはベッドの真ん中で寝ていたから、リディアのことをかなり壁際に追いやってしまっていた。


背中を壁に押し付けるようにして、狭そうにして寝ていた。悪役令嬢の寝場所を奪ってしまうなんて、本当にわたしは悪役平民かもしれない。わたしは弾む心臓の鼓動を頑張って落ち着かせながら、心の中でリディアに謝る。


寝起きにとびきりの綺麗な顔を見せられたら心臓に悪い。リディアはちゃんと自分の顔がとっても強いから寝起きに見せつけられたら困ることを理解して欲しいのだけど。


わたしはドキドキしたまま先に起きる。リディアが驚かせてくれたおかげで、一瞬で目は覚めた。昨日はほぼ一日中歩いて疲れていたから、わたしもリディアも次の朝はぐっすり眠る予定だった。けれど、わたしだけ朝の8時半に目が覚めたのはラッキーだったのかもしれない。


「ヤバっ!? 今日の1限小テストある科目じゃん!」

今日の1限の講義は全3回の小テストがあり、10点ずつ成績に反映されるのだ。内容自体は簡単だから、実質出席しているかどうかの確認だけれど、そこで1度でも休んでしまうと、難易度の高い期末テストの合格ハードルが上がってしまう。


「良かったぁ。危うく寝過ごすところだった……。リディアは眠っていてもわたしを助けてくれるんだねぇ。おかげで、今から猛ダッシュで向かったら間に合いそう!」

そう思ってから、ベッドの上で爆睡しているリディアを見た。口を半開きにして、ちょっと口角を上げて微笑みながら眠っている。良い夢でも見ているのだろうか。


「ちょっと可愛すぎるな……」

リディアは気を抜いた瞬間に、とっても無邪気な子になって、そういうところがとっても可愛らしい。そんな可愛らしいリディアの睡眠を邪魔してしまうのも憚られるので、起こさずに大学にいくことにした。


「起こすのは可哀想だし、リディアの朝ごはん用のパンだけ置いて大学に行こっかな」

わたしは大慌てで菓子パンと『朝食、食べてね!』と書いたメモを置いて、きちんと鍵を閉めてから大学に向かった。


1限と2限の講義が終わったら、急いで家に戻ってリディアのごはんを用意すれば良いかと思って、大学へ行く。わたしがいないと困るタイミングは食事時くらいだろうし、お土産にお菓子でも買って帰ったら、リディアはきっと寝たまま放置して勝手に大学に行ってしまったことなんて帳消しにしてくれるだろうし。


なんだかわたしの中で、リディアのイメージは悪役令嬢から食いしん坊の無邪気な子に変わっている気がした。


家に帰るとリディアがいるという事実のおかげで、無意識のうちに普段よりもかなりテンションが高くなっていたのだろう。ただ歩いているだけなのに、2限の講義が終わって、講義棟を出たところで、玖実が「なんか良いことあったの?」と話しかけてくる。


「わたし、そんなにわかりやすいかな?」

「かなりわかりやすいよ。全身から幸せオーラ溢れてる」


わたしは自分の周囲を見回した。本当にオーラが出ているのだろうかと思ったけれど、特に何も出てはいなかったから、玖実が察しが良いだけみたい。そりゃそうか。


「彼氏でもできたか?」

丸メガネの奥で瞳を煌めかせながら、期待の眼差しを向けてくる。

「残念ながら、浮わついた話はないよ」

「詩織はリディア様一筋だもんなぁ」


玖実が悪戯っぽい笑みをこちらに向けてきた。そうなのだ。わたしはリディア一筋だということは、玖実には何度も何度も伝えてきた。そんな大好きなリディア本人が家にいるって、やっぱり実感としてはすぐには信じられないな。


わたしは恐る恐る玖実の耳元に口を近づけて囁いた。

「信じてもらえないかもしれないけれど、今リディアがわたしの家にいるの……」

わたしは隠せていないウキウキの感情の理由を伝えたけれど、玖実は「なんだ」と雑に返事をした。


「驚かないの……?」

玖実が冷静で、逆にわたしが驚いた。もしかして、異世界から悪役令嬢がやってくるのって、よくあることなのだろうか。わたしは首を傾げた。


「驚くわけないじゃん。いつものことなんだし」

リディアは一昨日こちらの世界に来たばかりだから、いつものことの訳はないのだけれど……。わたしが不思議に思って首を傾げていると、玖実が続けた。


「毎日リディア様人形と一緒に寝てるんでしょ?」

「いや、そうだけど、今の状況はそうじゃなくて……」

今度は玖実が首を傾げた。

「本物のリディアが一緒のベッドで寝てるんだよね……」


思い出しただけで、まだドキドキしてしまう。まだ信じられないけど、昨晩は本物のリディアが同じベッドで寝てくれたのだ。わたしが幸せいっぱいの緩んだ顔で伝えると、玖実が「そうか」と静かに頷いてから続ける。


「ついに妄想のリディア様と一緒に寝る技を習得したんだな」

うんうん、と玖実が腕組みをして頷いている。


「いや、そうじゃないってば! 妄想じゃなくて本物なんだって!」

「本物に見えちゃうくらいしっかりと想像力働かせてるんだよねぇ。詩織のリディア様愛は凄いなぁ」

「いや、本当に本物なんだけど……」


まあ、実物も見ていないのに、この世界にゲームの中からリディアがやってきたなんて言ったって、信じろという方が無理があるのかも。わたしは玖実に信用してもらうことはもう諦めた。


「とりあえず、わたしはリディアにお昼ご飯作ってあげないといけないから、今日は学食寄らずに帰るね」

「えー、つれないこと言わないでよぉ。妄想のリディア様より、目の前のあたしのことを大切にしようよ」

「リディアも妄想じゃないんだって。そんな言い方されたらちょっと気分悪いんだけど!」


わたしが普段出さないような強い声を出してしまったから、玖実が一瞬目を見開いて、ギョッと驚いた表情になる。


仮に妄想だとしてもリディアのことは大事にしてあげたいのだから、そんな言い方はしないでほしい。もちろん、今わたしの家に一緒に住んでいるリディアは間違いなく本物だから、そんな仮定もそもそも無意味ではあるけれど。


「ねえ、そんな怒んないでって、信じるよ。詩織のリディア様への愛が奇跡を起こしたんだねぇ」

うんうん、と玖実が頷いているけれど、なんかちょっと小バカにされているみたいだ。


「バカにしてない?」

「してないよぉ。あたしはいつだって真剣だもん」

「玖実はいつだって胡散臭いんだよなぁ……」

わたしがため息ついた。


「あたし胡散臭いかなぁ。ま、いっか。とりあえず、コンビニ寄ってから帰ろうな」

玖実がわたしの手首を引っ張ってくる。


「突然コンビニが出てきた意味が全くわからないんだけど!」

「意味なんてないよ。あたしが超行きたいってだけ」

「わたしは別に行きたくないんだけど……」

「良いじゃん。あたしが行きたいんだから」


まったく答えになっていないけれど、このまま無駄な言い合いをしていても埒が開かないし、諦めて頷いた。いいよいいよ、もういいよ。玖実が行きたいんだもんね。


とりあえず、玖実に強引にコンビニ連れて来られたけれど、わたしは頭の中がすでにリディアでいっぱいになっていた。そろそろお腹を空かせていないだろうか。心配になってしまう。


でも、コンビニならいろいろと美味しそうな食べ物も置いているから、リディアに買って帰ってあげるのもいいかも。わたしは肉まんを2つ買った。


「なになに〜。彼氏の分〜」

玖実が楽しそうに尋ねてくるけれど、わたしは首を横に振る。


「違うよ、リディアの分」

「リディア様の分か〜、喜んでくれるといいねぇ」

家にリディアがいることを信用してくれていないような言い方をされる。


「信じてないんでしょ?」

「信じてるってことにしておいた方が丸く収まりそうな感じ?」

つまり、信じてないってことではないか……。


「じゃあ、家に来る? どうせこの後暇でしょ?」

「マジ? あたしもリディア様に合わせてくれるの?」


玖実は揶揄うように笑った。やっぱり信じてないんだ、と思ってちょっとムッとはしたけれど、これからリディアのことを実際に見せるのだから、そのときに腰を抜かせば良い。


でも、初めて会った時はわたしだから即リディアだってわかったけれど、ドレスではない普通の洋服を着ているリディアはただの超絶美少女なだけの気がするし、パッと見でリディアとわかるのだろうか。


そんな不安はあったけれど、とりあえず、まずはリディアに会わせてからだ。わたしも一刻も早く帰ってリディアに会いたいし。

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