第13話 リディアとの探索 5

マッサージを終えて、お風呂に入って、2人で頑張ってお昼の残りを食べ切って、眠る時間になった。


「リディアはベッドで眠るんだよね」

「もちろんよ。硬い床なんて絶対に嫌」


じゃあ、わたしが床で眠るのだな、思って、掛け布団だけ取って床に横になって眠ろうとしたら、リディアが「ちょっと」と声をかける。


「なんでそんなところで寝てるのよ?」

「だって、リディアがベッド使うって言ってたから」

「家主がベッドを使わないで眠るのは変よ。ベッドを使いなさい」


「じゃあ、リディアは?」

「わたしもベッドよ」

わたしの頭の中にはてなマークが浮かぶ。


「うちはベッドは一つしか無いですよ?」

「一緒に使えば良いじゃない」

今度はリディアの方が不思議そうに首を傾げていた。


「一緒に!?」

ええ、とリディアが頷いた。

「一緒って、だって、わた、わたしとリディアさんですか!?」


女子同士で同じ布団で眠ることは特に抵抗は無いけれど、それが大好きなリディアと一緒となると話は別である。うっかり寝返りを打ってしまったら、リディアの麗しい顔が目の前に来るわけで、そんなの緊張で耐えられなくなりそう。


「嫌とは言わせないわよ? わたし、わがままなんだから、絶対に一緒に眠るわよ」

リディアが少し不機嫌そうにわたしの方をジトっと見つめる。

「い、嫌じゃ無いです! 寝ましょう!」


わたしが納得すると、リディアは満足そうに布団を捲ってベッドの中に入ろうとした。

「ん? これ何かしら?」

なぜか布団の中を覗いたリディアが不思議そうな声を出した。


何か気になることがあったのだろうか、と呑気に思っていた時に、マズイことを思い出した。

「ヤバっ! リディア様人形置きっぱなしじゃん!」

「リディア様人形……? わたしのこと……?」


リディア本人が、わたしが手作りしたデフォルメ化したリディアのフェルトマスコットを手のひらに乗せて、触ったり摘んだりして眺めていた。ふうん、と不思議そうな声を出している。


「引いたよね……?」

出会ったばかりの子がずっと前から自分のフェルト人形を作って、一緒にベッドの中で寝ていたなんて知ったら、普通にドン引きされそう。


リディアはフェルト人形を見て微笑んだ。

「なかなか可愛らしいじゃない。悪い気はしないわ」


リディアが思いのほか喜んでくれて、わたしはホッと胸を撫で下ろしていると、リディアが顔を上げて、わたしの方を見ながら続ける。

「でも、本物のわたしもっと美人よ?」


嬉しそうに微笑みながらそんなことを言われたら、わたしは反射的に頷くしかできない。推しの悪役令嬢の幸せそうな笑みは、破壊力がとんでもない。思わずニヤけてしまっているわたしに向かって、リディアが尋ねる。


「ねえ、この可愛いお人形がわたしってことはわかったんだけど、だとしたら、もしかして机の上に置いてある透明な板に描かれた絵もわたしなのかしら?」

リディアが期待の眼差しでわたしのことを見つめてくる。


リディアの言っているのは、机に置いているリディアのイラストを描いたお手製のアクリルスタンドのことだろう。確かに、リディアの言うとおり、あのアクリルスタンドもリディアのことを描いている。


デフォルメしているフェルト人形よりも、より本物のリディアに近いから、フェルト人形のことをリディア本人と認めてしまった以上、言い逃れはできなさそうだ。すでにリディアに見られていたのかと思うと、冷や汗が出てくる。リディアが一旦ベッドから立ち上がって、机の方に向かっていく。


「こっちも、イラストよりもわたしの方が綺麗だわ」

リディアが自分のイラストが描かれたアクリルスタンドを顔の横で持った。コミケとかに行って、同じポーズで売り子をしてくれたら、飛ぶように売れそうだ。


「そうだね」とわたしは伝える。イラストだって、わたしはリディアへの愛を全面的にぶつけて描いたから、絶対に可愛いはずなのに、本人が横に立ってしまったら、そりゃ、勝てるわけがない。本人が絶対的に麗しすぎるのだから。


「わたしのイラストよりも、リディアの方が圧倒的に綺麗だと思う」

「あなたのイラストだってとっても上手だわ。まあ、素材がとっても素晴らしいから、上手に描けて当たり前かもしれないけれど」


リディアが冗談めかしていっているけれど、実際にリディアはとっても素晴らしいから、わたしは反応に困った。でも、リディア本人にイラストを褒めてもらえて、誇らしかった。


「それにしても、詩織ってイラストを描いて、人形まで作って、わたしのこと本当に大好きなのね」

リディアは揶揄うように大きく口を開いて無邪気に笑っていたけれど、わたしは「そうだよ」と真面目な顔で頷いた。その反応を見て、リディアの笑いが揶揄いから、苦笑いへと変化する。


「ちょ、ちょっと、気を悪くしちゃったかしら。冗談よ、冗談……」

「わたしは冗談じゃなくて、本当にリディアさんのこと好きだよ」

「えぇっ!? そんな真面目な顔で言われたらなんだか照れるわね」

リディアが顔を赤くしながら、くるりと後ろを向いてベッドに向かった。


「恥ずかしいから、先に眠るわね」

「わたし、リディアさんのこと好きだけど、一緒のベッドに入って良いんだよね?」

「その好きは、嫌いじゃないと言う意味でしょ? なら、何も問題ないじゃない。わたしも詩織のこと大好きよ」


多分、わたしの好きとリディアの好きは違うんだけどな……。わたしは心の底から溶け切ってしまいそうなくらいリディアのことが好きなのだけれど……。


でも、それを言ったらせっかく心を許してくれるようになったリディアが、わたしのことを嫌ってしまうかもしれないから、伝えられなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えて、入るね」

わたしはリディアに背中を向けて、眠る。ベッドから落ちるリスクの少ない壁際はリディアに譲っているから、わたしは落ちないかちょっと不安になる。


わたしが一人で寝てちょうど良いサイズのベッドは、背の高いリディアと一緒に寝ると、ちょっと狭い。やっぱり2人でシングルベッドに眠るのは難しかったかも。しかも、恋人同士でもないわたしたちは少し距離を空けて眠っているし。


電気を消して、寝る準備をしていたら、リディアが呟いた。

「今日はありがとね……」

うん、と小さく頷いたら、リディアが寂しそうに呟いた。


「わたし、ずっと嫌われ続けてたから、詩織みたいにわたしのこと気に入ってくれている子に出会えて本当に嬉しいわ」

「わたしで良ければ、これからもたくさんリディアのこと好きでいるよ」

わたしの声を聞いて、リディアが嬉しそうに笑った。


「良かったわ。詩織はわたしのこと嫌わないでいてくれると嬉しいわ」

「嫌わないよ、わたしはリディアのことずっと好きでいるから、大丈夫。……大事な友達だよ」

「嬉しい……」


そう言いながら、リディアが背中を向けた状態のわたしの首元に鼻先をくっつけてきた。首筋にリディアの優しい呼吸がかかっている。

「ちょ、ちょっと! リディアさん!」


可愛らしい小さな寝息を立てている。疲れたから、ぐっすり寝てもらえるのは嬉しいけれど、こんなにもひっつかれて眠られたら、わたしがゆっくり眠れない。


「くっついて眠られたら、わたし我慢できなくなっちゃうよ……?」

すでにリディアは眠っているから、本人には聞こえてないけれど、リディアは自分がとっても魅力的なことをきちんと自覚してほしい。


普段の倍くらい速いテンポで鳴る鼓動のせいで、なかなか寝付けなかったのだった。

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