第12話 リディアとの探索 4

家に帰ったら、わたしとリディアはすっかりクタクタになってしまった。リディアは座ると、足をさすっていた。


「今日はいっぱい歩いたね」

「そうよ。足が痛くなったわ」


リディアはわざわざヒールの高い靴で歩き続けたわけだし、かなり足へのダメージは大きいと思う。それに貴族令嬢だと普段は家にいることが多くて、外を歩き回る機会も少ないと思うし。


「ねえ、詩織。脚のマッサージしなさいよ……、ってダメね。つい、いつもの習慣で、大事な友達の詩織をメイドみたいにしちゃったわ」


いつの間にか、あの大大大好きなリディアに大事な友達として認定してもらえていることにテンションが上がってしまう。今ならマッサージくらい余裕でできる。


「任せてよ! わたしマッサージ得意だよ!」

したことはないけれど、リディアのマッサージをしてあげたいという気持ちはとっても強いから、きっと得意なはず! と自分に言い聞かせる。


「ええっ!? 悪いわよ」

「悪くないよ! むしろありがとうっていうか、ご褒美というか……」

「ありがとうって、どういうこと?」


わたしがゴニョゴニョと言いにくそうに話すと、リディアが不思議そうに首を傾げたから、わたしは慌てて首を横に振った。

「いや……、こっちの都合だからほんとに気にしないで!」


「ほんとに良いのかしら……?」

「もちろん!」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」


リディアが、わたしとの身長差のせいで膝丈くらいになっていたロングスカートを脱いでいく。スラリと長い脚が露わになって、なんだかちょっとだけエッチな気分になってしまう。マネキンみたいに長くてほっそりしていて、すべすべした脚に思わず見惚れてしまっていた。


「これ、どうやって手入れしてるんだろ……」

ツルリとしていて、あまりにも綺麗だったから、思わず呟いてしまった。わたしの脚と違いすぎる……。


「別に、メイドに手入れをしてもらっていたくらいで、あとは何もしていないわよ」

「すごいなぁ……」


天性の美しさなのか、それとも異世界出身の子はみんな脚は綺麗なのだろうか。わからないけれど、わたしの推しはとっても綺麗な脚をしていることは事実だった。


「じゃあ、よろしく頼むわね」

リディアはわたしが貸しているショーツ1枚だけになってベッドにうつ伏せになった。当然マッサージ師の免許なんて持っていないから、それっぽく揉みほぐすことしかできない。


とりあえず、わたしのゲームとお絵描きくらいにしか使わないせいで、すっかり弱り切ってしまっている握力が元気なうちに、一番疲れていそうなふくらはぎから揉み始めていく。


「硬っ!」と思わず声に出したら、リディアが恥ずかしそうにしていた。

「運動不足なのにたくさん歩いたせいで、大変なことになったわね……。お屋敷にいたときには外に出ることも稀だったから、全然運動できてないのよ。それが、ここに来て高いヒールでこんだけ歩いたから、もう大変よ」


「そっか……。そこまでして帰りたかったのに、本当に諦めちゃって良かったの?」

「何言ってるのよ? もうわたし帰ってるわよ?」

「え……?」

「今のわたしの家は詩織の家よ。わたしはちゃんと家に帰ってきた。さっき公園にいたときも言ったけれど、今はここにいられる方が幸せだわ」


わたしはリディアがうつ伏せになっていてこちらを見ていないことをいいことに、これでもかと言うほどのニヤけ顔をした。リディアがわたしの家にいられることを幸せに思ってくれているなんて、嬉しすぎてヤバい。多分にやけすぎて、人に見せられない顔をしていると思う。


そんなわたしの感情に追い打ちをかけるみたいに、リディアが続ける。

「わたしが頑張ってたくさん歩いたのは、途中からは詩織とお喋りしたりするのが楽しくなっていたからよ。なんだか今日はとても久しぶりに楽しい日だったから、無理して歩いちゃった。おかげで脚はとっても痛いけれど、楽しかったから良かったのよ」

「そ、そっかぁ……」


あのわがままなリディアが、わたしとお喋りをするために、足が痛いのに頑張って歩いてくれたなんて、信じられない。嬉しすぎる反面、そんなに痛いんだったら、もうちょっとリディアのことを気遣ってあげれば良かったとも思った。


「別に、出掛けるのなんてこれからいっぱいできるんだから、無理しなくても良かったんだよ?」

「ダメよ。どうしてここに来られたか分からない以上、突然わたしが元の世界に戻されちゃう可能性だってあるのよ? せっかくわたしは大切な友達を得られたんだから、ここに居られるうちに大切な思い出は詰め込むわ」

「リディア……」


そうか、リディアが突然いなくなっちゃう可能性もあるのか。それは嫌だな。わたしはリディアの脚を揉みながら、今確実にここにリディアが存在してくれていることを確かめる。


「マッサージ、気持ち良い?」

「うちのメイドの方が気持ち良いわね」

「そこは嘘でも気持ち良いって言ってよ……」

「わたし、嘘はつきたくないから」

「正直でよろしいことで……」


まあ、素直なところはリディアの良いところだもんね。わたしはため息をつきながら作業を続けた。さらに下を揉みほぐそうと思って、足先の方に視線を向ける。


「あれ、リディア、足の指痛そうだよ……」

リディアの日に焼けていない真っ白な足の小指が擦りむけて赤くなっていた。長時間高いヒールの靴を履いていたから、靴擦れになってしまっているみたいだ。


わたしはリディアの足に触れてみる。

「おっきいね」

25センチくらいだろうか。すべすべしていて大きな足がかっこよかったら、思ったことを素直に呟いてみたけれど、リディアは少し声を荒げた。


「ひ、人の足をそんな風にディスらないでほしいわ!」

「あ、ごめんね。ディスったわけじゃないよ。リディアの足が大きくて素敵だったからつい口に出ちゃったみたい」

「……それはそれでなんだかくすぐったい表現だわ」

リディアはため息をついた。


わたしは苦笑いをしながら気を取り直して、痛そうな小指を見つめた。

「消毒しとくね」

「え? ちょっと、消毒って……」


リディアが困惑の声を出したのも気にせず、リディアの足に消毒液をかけた。

「やめなさいよ! 痛いじゃないのよ!! 消毒液染みるから苦手なのよぉ!」


「リディアは保険証が無いんだから、膿んだら大変だよ」

「保険証って何よ! わたしのことなんだから、放っておいて! 痛いのは嫌なの!」

「ちょっとくらい我慢して。悪役令嬢なんだから根性見せないとね」


「悪役令嬢って、あなたたちが勝手に決めたわたしの役割でしょ!? わたしはただの才色兼備な令嬢なんだし、今は詩織の方がわたしよりずっと意地悪だわ! わたしが悪役令嬢なら、詩織は悪役平民よ!」

「勝手に新しい言葉作らないでよ……」


消毒を終えて、ムッとして頬を膨らませているリディアに静かに伝える。

「意地悪してるわけじゃないよ。わたしはリディアのことが大切だからちゃんと消毒してるんだから……」


わたしが言うと、リディアはうつ伏せになったまま、こちらには目を合わせずに、小さな声で「ありがと……」とお礼を言ってくれた。


ちょっと不器用なところもとっても可愛いな、なんて心の中で思ってから、マッサージの続きをしたのだった。

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