第8話 リディアが家にいる 4
次の日の朝は、とても賑やかな声と、バシバシと叩かれる体への攻撃で起こされた。
「な、何事……!?」
目の前にいるブロンドヘアの美少女、リディアの存在に一瞬頭が混乱してしまう。普段は目を覚ましても一人の部屋で、視界には天井があるはずなのに。
「自分はベッドで眠っているのに、このわたしのことを座って寝かせるなんて、どういうことよ!!」
フンっと鼻を鳴らすリディアを見て、わたしは昨晩のできごとを思い出す。
「そうだ! わたしリディアを泊めたんだった!」
どうやら、机で寝かせてしまっていたせいで、かなりご立腹みたいだ。
まあ、ベッドに移動させようとしても、「人が気持ちよく寝ているのに起こすなんて非常識だわ! これだから平民は……!」くらいのことは言われていただろうから、どのみち怒られてるのは確定していたのだろうけれど。
リディアは、横になったままのわたしの膝の上に跨るようにして座ってくる。腕を組みながら、わたしの方を見下ろしていた。
「リ、リディアさん、重いんで退いてください……」
わたしが頼み込むと、リディアはまた鼻を鳴らした。
「このわたしのことを机で寝かせたんだから、ちょっとくらいあなたも辛い思いをしなさい。もっと重たくしてあげるわ」
そう言うと、リディアはなんと、わたしの体に覆い被さって、体を密着させてきた。リディアの大きな胸がわたしの胸の上に乗るし、顔は鼻先がくっつくくらい近くに付けていている。
ひぃっ、とわたしは怯えた声を出してしまう。もちろん、不快感からではなく、超絶美人の顔が目の前にあるから。画面越しの小さなリディアの顔ですら、わたしにとって満点すぎる顔面で、勝手にアクスタを作ってしまうほどなのに、その顔が今にも触れてしまいそうなくらい近くにあるのだ。呼吸までしっかりとわたしにかかっていて、そこに存在していることが実感させられて、緊張してしまう。
それなのに、リディアはわたしが嫌がっていると勘違いしているみたいだ。
「フンッ、わたしはあなたよりもずっと背が高いから、重くて苦しいでしょ? でもね、わたしは貴族なのにあなたのせいで机の上に顔を乗せて、変な姿勢で寝かされたんだから、このくらいの罰を受けるのは当たり前よね? ほら、頬っぺただって型がついてるわ」
そう言って頬をわたしの方に見せてきた時に、綺麗なふわふわした髪が重力に従って、下にいるわたしの方に近づいてくる。触り心地の良い縦ロールの髪の毛が口元に触れてドキドキする。
そんなわたしのドキドキした気持ちなんて気にせず、リディアは指先で頬を指し示していた。確かに型がついている。
「ほんとですね」
「そうよ、あなたのせいで酷い目にあったわ。ほら、触ってご覧。わたし、とってもかわいそうでしょ?」
リディアが無理やりわたしの手を持って、彼女の頬に触らせてくる。
「ちょ、ちょっと、リディアさん!?」
人差し指がリディアの頬に沈み込む。見た目通り、柔らかくて滑らかな頬。
「ほら、あなたのせいよ?」
わたしは表情が緩んでしまいそうなのを必死に堪えて、「そ、そうですね……」と苦笑いをしながら相槌を打った。わたしが理解してくれたのを納得したのかはわからないけれど、リディアはようやくわたしの上からどいてくれて、ベッドのそばに立ってこちらを見下ろす。
「そんなことより、早く起きて、食事を作りなさい。昨日の夜はあなたのせいで食事を取り損ねてしまったんだもの。今すぐに準備しなさい!」
リディアが眠っていたから食べられなかっただけではないだろうかと思うけれど、その理由ではきっとリディアは納得してくれない。だから、わたしは言い訳をせずに素直に従っておいた。
「わかりましたよ。ご飯作りますね」
わたしは食パンを焼いて、上に目玉焼きを乗せる簡単な朝ごはんを作る。まあ、簡単な、と言っても、これでも普段の食事よりもはちゃんと手の込んだものを作ったのだけれど。
一応わたしなりに推しを満足させるために腕によりを振るったつもりだけれど、リディアの口に合うのかどうかはわからなかった。ゲームの中では正ヒロインのルーナの作った食事を「不味いからいらない」と言って、ひっくり返して床にぶちまけていた。
口に合わないとしても、部屋の床にぶちまけたら掃除が大変だから、普通に残してくれたら良いのだけれど、なんてことを思っていると、リディアはわたしの作ったパンを口に運んでいき、小さく頷いた。
「悪くないわね」
シンプルな反応を見て、わたしは首を傾げた。
「あの……。不味いって言って、作り直させたり、床にぶちまけたりしないんですか……?」
「何言ってんのよ? 不味くないんだから、別に普通に食べるわよ。何? わたしのこと意地悪な小姑か何かだと思ってるのかしら?」
意地悪な小姑というか、悪役令嬢だと思ってます、とは口に出せなかった。
「ルーナさんの食事には文句つけてたんで、てっきりわたしの食事にも文句をつけられるかと……」
わたしの言葉を聞いた瞬間、リディアが思いっきり咽せて、咳き込んでしまった。かなり動揺しているみたいだ。
「リディアさん、大丈夫ですか!?」
「な、なんでそれを知ってるのよ!」
「だって、わたしリディアさんの出てくる乙女ゲーもう100回くらいプレイしてるので、何十回もそのシーン見てますから……」
リディアが少しでも多く出てくるルートばかりを選択していたので、リディアがルーナの食事に文句を付けるシーンはかなりたくさん見させられていた。
ルーナが拙いながらに一生懸命作った料理を、一番初めに食べたリディアだけ酷評して、怒って床に食事をぶちまけたのだ。その後に食べたエドウィンや、屋敷の人たちが料理の腕前をとても褒めていたから、リディアが意地悪をしていたのがバレてしまって、恥をかかされて顔を赤くしているシーンだった。
わたしにとっては、リディアは恥ずかしがっても可愛いなぁ、と思ったシーンだったけれど、一般的なゲームのプレイヤーにとっては、リディアがざまぁされてスカッとする展開だったらしい。
「あ、あれは、ルーナがわざとわたしに不味い食事を出させたのよ! わざと塩を大量に使って、海水みたいにしょっぱくしたの! わたしにだけ不味い食事を食べせて、他の人には普通に作った美味しい食事を出していたの! あの子はとっても狡猾よ! 本当は料理がとても上手なのに下手なフリまでして、エドウィンのバカに一生懸命頑張っている自分の可愛らしさをアピールしていたのよ! それに騙されてるエドウィンも意味がわからないわ! わたしより、あんな子を選ぶなんて!」
リディアがかなり声を大きくして怒っているから、ルーナにもエドウィンにもかなり苛立っているみたいだ。確かに、あのシーンにそんな裏があるんだったら、怒って当然かも。ゲーム上でも、プレイヤーもみんなリディアのことを敵だと見做していたわけだから。
エドウィンのことが嫌いなのだったら、エドウィンの代わりにわたしがリディアと結婚してあげたいくらいだけれど、きっとそうではないのだろう。
「まだエドウィンと結婚したいんですよね?」
「当たり前よ! さっさと元の世界に戻って、わたしはあの狡猾なルーナからエドウィンを奪い返さないと行けないんだから!」
「そんなにエドウィンは魅力的なんですか?」
リディアはエドウィンのことをどう思っているのだろうか。リディアがエドウィンのことを愛しているのなら、わたしは枕を濡らしながらもリディアの恋が実るように応援してあげなければならない。もちろん、そんなの嫌だけど。
リディアは、わたしの心配なんて気にせず、質問を聞いて鼻で笑った。
「魅力的なわけないでしょ? あいつ、わたしの顔が綺麗だからって、それだけで好かれたのよ? こっちもエドウィンの家柄だけが狙いよ。恋とかどうでも良いから、当家の為にね」
わたしは答えを聞きながら、思わず視線を逸らせてしまっていた。確かに、エドウィンのことを好きじゃないということは、現時点では枕を濡らさなくて済んだわけだからラッキーかもしれないけれど、顔だけが好きっていうのは、わたしもあまりわたしも人のこと言えないかも……。
いや、だってあのゲームの中でのリディアは悪いところばかりが目立っていたわけだし、少なくともリディアの全てを見た上で顔だけで判断したエドウィンとは違うよね、と自分の中で言い聞かせた。それに、わたしはそんな性格の悪いところも含めてリディアのことを愛しているのだから、無理やり自分を納得た。
「そういうわけだから、わたしはエドウィンと結婚しなければならないのよ。だから、元の世界に戻るために協力しなさいよ!」
リディアが有無を言わさぬはっきりとした口調で伝えてきた。
まったく手がかりがないから、難易度の高い捜索になりそうだ。幸い今日は講義は3限に一般教養の科目があるだけだったから、それはサボっておけばいいか。リディアを放って大学に行っている場合ではないし。
「でも、協力って何を……?」
「外を探すわ。わたしが起きてから来た場所を辿れば何かわかるかもしれないから」
外を歩いているだけでうまく行く気はしないけれど、リディアを一人で歩かせるわけにもいかないから、わたしはついていくのだった。
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