第7話 リディアが家にいる 3
強い力で首を押さえつけられて、わたしはグエっと変な声を出してしまう。
「な、何するんですか……」
「こんなわけのわからない遠い場所に連れてきたのはあなたね? 全部繋がったわよ!」
リディアは顔を真っ赤にして、わたしのことを至近距離で見つめてくる。怒った顔も可愛らしいけれど、今はそんなことを思っている場合じゃない。少しずつ酸素が薄くなってきている気がする。
「ち、違いますって……! ずっと言ってますけど、そもそもわたしはリディアさんの世界には入れないんですってば!」
「それもきっと嘘なのよね? 後ろめたいことがあるから、そんなつまらない嘘をついていたんだわ!」
リディアがさらに力を強める。すぐに折れてしまいそうな細い腕のどこにこんなにも力が備わっているのだろうかと思うほどの力で首を絞めてくる。
「そ、そんなに強く絞められると、死んじゃいますから……」
ヤバいな、意識が遠のきそうだ。綺麗なリディアの顔が次第にぼんやりとしてくる。コポコポと沸騰している鍋の音が夢なのか現実なのか、よくわからなくなってきている。
「全部あなたが仕組んだんでしょ? 婚約破棄も、ママとパパに見捨てられてしまったのも! 黒幕のあなたがいなくなれば、わたしはまた元に戻れるはずだわ!」
「な、何言ってるんですか……」
だんだんとリディアの声が遠くなっているように感じる。リディアが何を言っているのかよくわからないのに、リディアは捲し立てるように続ける。
「あなたを倒したらきっと全部うまく行くんだわ! あなたを倒してしまえば、わたしは元の世界に戻って、本当にみんなに愛されて、パパとママだって、わたしのことをまた愛してくれて……」
リディアの口調がだんだんと弱々しくなってくる。わたしの首にかけていた手の力も緩んでいく。
「……わかってるわよ。あなたが黒幕だとして、存在を消してしまっても、何も元には戻らないことくらい……」
リディアはため息をついてから、わたしの首から手を離して俯いた。
首を絞められている間は夢と現実の間を行き来してしまっていて、リディアが言っていることがよく聞こえなかったけれど、それまでの会話を振り返って考えてみると、おそらく今のリディアは婚約破棄をされた直後の状態なのだと思う。そこにきて、突然異世界にやってきて、精神状態が不安定になっているのだと思う。
リディアのいた世界では、謀略をめぐらせたり、敵対する人間を消してしまうことも当たり前なのだ。彼女は、男女問わず自身の出世に邪魔な相手は暗殺や決闘で殺してしまうような世界の出身なのだ。こちらの世界よりも少し凶暴な思想が常識になっている世界の出身だから、リディアはわたしのことを憎むべき敵だと錯乱して首を絞めてしまったのだろうな。
冷静に考えて、かなり危険なことをされたのに、わたしはビックリするくらいリディアのことを嫌う気にはなれない。リディア以外の子に首を絞められてしまったのなら、そんな危険な子は今すぐにでも追い出すだろうけれど、他でもない大好きなリディアだし、一度くらいなら許してあげたくなる。ていうか、もう少し手加減して絞めてくれるなら、何度でもリディアからなら大歓迎だ。
「あの……、リディアさん……」
「どうしたのよ?」
「わたしはリディアさんのこと大好きですよ」
「……初対面のあなたに言われても気持ち悪いだけよ」
一応婚約破棄をされて傷心状態であろうリディアへのフォローのつもりだったけれど、まったく響かなかったらしい。まあ、確かに会って2時間ほどの相手に突然愛を伝えられても困るか。わたしはずっとリディアのことを見てきたし、好きな食べ物がハンバーグというところまで知っているのだけれど、リディアはわたしのことは何も知らないのだから。
リディアがまた席に戻っていって、静かに座った。ようやく、ゆっくりラーメンが作れる。
「それにしても静かだな……」
わたしは丼にラーメンを入れながら呟いた。先ほどまでずっと賑やかに響いていた、よく通るリディアの声がしなくなった。
随分とおとなしいことを不思議に思いつつ、具材を乗せてから運んでいく。ネギとゆで卵だけの簡単なラーメンだから、リディアに怒られてしまうかもしれない。
「トッピングが少なくて申し訳ないですけど、もう夜中ですからあんまり食べすぎてもダメなので……」
リディアの前に置こうと思って、机の方を見たらリディアが机に頬をくっつけて、倒れ込んでいた。
「リディアさん……?」ラーメンを入れたお盆をもって、机に乗せてから、リディアの顔を見ると、目を瞑っていた。スースーと可愛らしい寝息を立てている。先ほどまでの強気な様子とは違って、無防備に口を半開きにして眠っている。瞳から流れている涙の筋の原因があくびなのか、感情に由来するものなのかはわからなかった。
リディアの年齢はゲーム上では非公開になっていてわからなかったけれど、こうやって寝ている様子を見ると、もしかしてわたしよりも年下なのかもしれない。
「疲れてるのかな?」
婚約破棄をされたり、いきなり異世界に飛ばされてきたり、かなり疲れは溜まっていると思う。わたしは起こさないように静かに毛布を取ってきて、リディアにかけた。
「寝てるシーンはゲームになかったから結構レアかも」
スマホでこっそりと写真を撮っておいた。
「ほんと、可愛すぎるよねぇ……」
スースーと寝息を立てているリディアの髪の毛をそっと触ってみる。ふわふわとして、心地の良い感触が手のひらを撫でた。
「……とりあえず、わたしはラーメン食べよっかな」
こんな夜中にラーメンを食べるのはカロリーが不安だけれど、残すのも勿体無いから。夜中に眠っているリディアの正面で食事をするのはなんだかテンションがあがる。
なんとなく、箸で摘んだ麺をリディアの鼻先に持っていき、匂いを嗅がせてみたら、一瞬だけ鼻がピクッと動いた気もしたけれど、起きることはなかった。眠る推しの前で、真夜中のラーメンという背徳的なものを食べ終わってから、わたしはベッドで眠ったのだった。
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