第6話 リディアが家にいる 2

「でも、信じては無いけれど、もしわたしがゲームの世界の人間だとしたら、何かあの世界に攻略法とかもあるの? 婚約破棄の後のことも全部無かったことにできるのかしら?」

リディアがぼんやりと呟いた。婚約破棄をされたらリディアはストーリーから退場するから、その後に何があったのかはわからなかった。わたしは首を傾げる。


「婚約破棄の後に何かあったんですか?」

「な、なんでもないわよ! 少なくともあなたが関与すべきことではないわ!」

慌てて訂正してから、わたしに尋ねる。

「まだ信じてはいないけれど、仮に本当にわたしがゲームの世界から来ているとしたら、うまく攻略したらわたしがエドウィンと結ばれる可能性もあるのね? 早く教えなさい! さっさとやり方を覚えて元の世界に戻って結ばれるから!」


リディアがグッとこちらに身を乗り出してきて、鼻息を荒くして尋ねてくる。いきなり綺麗な顔をこちらに近づけられると、心臓に悪いからやめてほしい。とはいえ、リディアの尋ねてきた質問にはちょっと答えづらい。残念ながら彼女の欲しそうな答えはあげられそうにはなかった。


「えっと……、残念ながらリディアさんが思っているような展開にはならないかもしれないです……。どのルートでいっても最終的にはルーナさんがエドウィンと結ばれてしまうので、リディアさんは結ばれないですね……」

「じゃ、じゃあ、もう一回あいつらに会って強引にでも結婚生活を引き裂いてやるわ! 早くわたしを元の世界に戻しなさい!」

リディアがわたしの肩に手を置いて、おもいっきり体を揺らしてくる。


「し、知りませんよ……。リディアさんがなんでここにいるのかもよくわからないのに……」

「じゃあ、わたしはずっとこのボロっちい狭い家に住んでないと行けないってこと!?」

「行き先さえ見つかったら出て行ってもらっても大丈夫ですから……」


いや、もちろん本当は嫌だけど。せっかくなぜか推しの悪役令嬢が目の前に現れてくれたのだから、同棲は続けたいけどさ。でも、リディアが嫌と言うのなら、わたしには止める権利はない。


「そうね、わたしくらい超絶美人な人気者ならきっとこっちの世界の御曹司にだって見つけてもらえるものね」

「リディアさんはあっちの世界では人気者だったんですか?」


わたしが見てきたゲーム内のリディアは好意的には描かれていなかったから、なんだか意外だった。てっきり嫌われ者の悪役令嬢だと思っていたのに、実は案外人気があったみたい。ホッとしたような寂しいような複雑な気持ちだ。


わたしが尋ねると、リディアはバンっと思いっきり机を叩いて、声を荒げた。

「あ、当たり前でしょ! みんなから好かれていたわ。求婚だっていっぱいされたし、周りの人だってみんなわたしのことを愛してくれたんだから! ママとパパだって……!」

そこまで言って、リディアがグッと奥歯を噛み締めた。リディアの大きな瞳に涙が溜まっているように見えたのは気のせいだろうか。


「リディアさん、泣いてます……?」

「な、泣いてないわよ! ふざけたこと言ってると噛みついちゃうわよ!」

声が涙ぐんでいたから、強がっているということはわかった。けれど、それを深く確認する度胸もなく、わたしは何も言えず、愛想笑いをすることくらいしかできなかったのだった。


「ていうか、そんなことはどうでも良いのよ!」

リディアは勢いよく手の甲で瞳を拭ってから、大きな声を出して、無理やり話を変えてくる。


「ねえ、わたしお客よ? お腹減ってるんだから、食事くらい出しなさいよ! 平民はそんなことのもわからないのかしら!」

「わかりましたよ。何か作りますね」

とりあえず、リディアには元気を出してもらいたいから、素直に食事を作ることにした。


キッチンに向かい、準備を始める。せっかく推しに手料理を振るまえる機会なのに、家にほとんど食材が無いの残念だった。とりあえず、袋麺でも茹でて、適当に茹で卵とネギでも乗っけておいたら良いか。令嬢の口に袋麺が合うのかどうかはまったく未知数だけれど、これくらいしか今作れるものはない。


「なんだかあなた楽しそうにしてるわね。そんなにわたしに仕えるの嬉しいのかしら?」

リディアは呆れたような口調で尋ねてくる。1Kの狭い部屋だから、部屋から見える場所にキッチンもある。


「リディアさんに喜んでもらえるの、とっても嬉しいので。それに、深夜の公園に一人で寂しそうにしていたリディアさんのことを放置するわけにはいきませんから」

リディアはほんの一瞬だけ口元を緩めかけたけれど、すぐにキッとこちらを睨んできた。


「寂しそうって、馬鹿なこと言わないでもらえるかしら? あなた、どうせわたしが魅力的すぎるから、理由をつけて家にどうしても招待したかったってところでしょ?」

メインの理由はなぜか現代にいる悪役令嬢のリディアを放って帰るわけにはいかないからというものではあったけれど、確かに魅力的なリディアを家にどうしても招待したかったのは否定できないから、半分くらいは合っている。


「わたしみたいに魅力に溢れた子は、どこからでも引っ張りだこだから困るわね。婚約の話が無くなったってわたしは人気者だから、こうやってあなたみたいな見知らぬ子にも声をかけられてしまうのよね」

リディアは上擦った声で、自分に言い聞かせるようにしていた。


今のリディアが一体ゲームの世界のどのタイミングのリディアなのかわからないけれど、婚約の話をたくさんしているし、破棄された直後くらいなのではないだろうか。だとしたら、情緒不安定になっているかもしれないし、もう少し気遣ってあげたほうがいいのかもしれない。


「もしかして、今は婚約破棄された直後くらいですか?」

何気ない調子で尋ねると、リディアの舌打ちが聞こえた。

「あなた、本当に何者なの? どうしてわたしが婚約破棄されたことがわかるのよ? あの場にいたわけ?」

そこまで言ってから、リディアはハッと息を呑んでから立ち上がった。


「そういうことね!! 全部わかったわ!」

苛立ちながら力一杯足音を立てて、こちらにやってくる。

「リディアさん……?」


一体どうしたのだろうか。すでに0時を回っているから、近所迷惑なことはやめてほしいと思っていると、リディアはこちらにやってきて、わたしの首を両手で掴んで、絞めてきたのだった。喉がキュッと締まり、呼吸がし辛くなった。

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