第5話 リディアが家にいる 1

「ここがわたしの家ですよ」

とりあえず、玄関からリディアを入れたけれど、リディアが不思議そうに首を傾げていた。


「これ、ゴミ置き場か何かよね? わたし、汚いところは嫌いなのだけれど」

リディアが本気でゴミ置き場を見る目でわたしの部屋を見ている。犬小屋とか、物置きとか、そんなことを言われることは想定していたけれど、ゴミ置き場はさすがに想定していなかった。


確かに、漫画もゲームも床に置いているし、慌てていて今朝飲み切った空のペットボトルも床に置きっぱなしにしているから、リディアにはゴミ置き場に見えなくもないのだろうか。少なくともわたしにはその発想はなかった。これが本物の悪役令嬢の発想力か……。


「とりあえず、入ってもらえます?」

困惑した表情で玄関の外に立っているリディアを呼んだけれど、リディアは首を横に振った。


「ねえ、まさかと思うけれど、このわたしにゴミ置き場で寝ろって言うんじゃないでしょうね?」

「だから、ここはゴミ置き場じゃなくて、わたしの家なんですって……」

「嘘よ! 何? 惨めな令嬢を騙すのがそんなに楽しいわけ?」

リディアは何の疑いもなく怒っている。思いっきり地団駄を踏むから、深夜のアパートの廊下に甲高いヒール音が何度も鳴り響いていた。


「ちょ、ちょっと、リディアさん! 近所迷惑ですから!」

わたしは腕を引っ張って、慌ててリディアを室内に引き入れた。そして、リディアの前に立ち、両肩に手を乗せて、グッと背伸びをしてから、しっかりと向かい合って伝える(それでもまだリディアの方が視線は高いけれど)。


「良いですか、リディアさん。ここは、わたしの家です。ゴミ置き場ではないです。ここに、わたしが住んでいるんです」

リディアにゆっくりとはっきりと伝えた。


「このゴミ置き場みたいなところがあなたの家だってことは理解したわ。でも、それではまるで、わたしにもこんな家に住めと言っているみたいに聞こえるわよ?」

「そういうことになりますけど……」

「嫌よ! こんな狭くて汚いところ!」

リディアが泣きそうな顔をしている。さっきから住んでいる家をディスられまくっているから、泣きたいのはわたしの方なんだけれど……。


「あの……、わたしはここで生活しているんですから、あんまりそんなこと言われたらちょっと嫌な気分になるんですけど……」

「高貴なわたしとあなたみたいなのを一緒にしないでよ!」

すぐにでも家から出ていきたいと言わんばかりに、玄関ドアに背中をくっつけて、こちらを睨んでくる。


「でも、また外で眠るよりも良いじゃないですか? 外は寒いですよ?」

リディアが一瞬悩んでから、「それは……」と言って悩んでいた。

「とりあえず、ゴミ置き場でもなんでも入って暖まりませんか?」


リディアは困ったように口をへの字に結びながら、小さく頷いた。ようやく納得してくれてホッとしたのも束の間、リディアが靴のまま玄関に上がってきたから、慌てて止める。


「ちょっと、リディアさん! 土足で入らないでください!」

「何を言ってるのよ?」

リディアは心底不思議そうに首を傾げていた。

「家に入る時は靴を脱いでから入るのが、この辺りの慣習ですから」


まだ不服そうだけれど、一応納得したみたいで頷いてはくれた。そして、なぜか造り付けのシューボックスに腰掛ける。背が高くて脚の長いリディアは簡単に座れたみたいだけれど、突然どうして座り出したのか不思議に思ってしまう。


リディアはわたしのほうにヒールを履いた靴をむけてくる。

「なら、脱がせなさいよ」

「え?」

「脱ぐ必要が本当にあるのなら、あなたが脱がせなさい」


リディアに命令されて、わたしは足首を握る。ひんやりとした足首に触れながらそっとヒール靴を掴んだ。重みのある靴。高価な靴であることは、持った感じからわかる。わたしは左手でリディアの脱がせた靴を持って、右手でまだ足首を触ってしまっていた。


「ねえ、いつまで触ってるのよ?」

「あ、すいません……」

思わず触れ続けてしまっていた。推しには少しでも長い間触れていたいという気持ちは、リディアにはわかってもらえなさそう。


高いヒールの靴を脱いだリディアはわたしとの身長差は少しだけ少なくなった。それでも、スラリと背の高いリディアは周りの男子よりも高い気がする。わたしはリディアのことを見上げて尋ねる。


「ねえ、リディアさんって身長何センチあるんですか?」

「174だけど」

顔だけでなくスタイルまで良いから、すごいカッコいいな、と思う。


身長174センチで二次元から飛び出してきた超顔面の強い少女。性格以外本当に文句のつけどころがない。ツンと高い鼻や、艶やかに潤った唇、陶器みたいにすべすべな頬、どこをとっても綺麗だった。触れてみたくなるけれど、残念ながらわたしはリディアの顔に触れることを許されてはいない。


靴を脱がせて室内に移動したわたしたちは、床置きテーブルを挟んで向かい合う。

「ほんっとに狭くて汚い部屋ね」

リディアは大きくため息をついた。


「まあ、そう言わずに……」

「ねえ、この辺にわたし向けのもっと大きな、ちゃんとしたお屋敷はないの? こんな狭い部屋であなたみたいにつまらない人間と一緒に生活するの嫌なんだけど?」


ずっとディスられ続けているのにまったく心が折れないのは、ひとえにこの目の前の意地悪お嬢様を推しているからだ。こんなのリディア以外の子に言われたらすぐにでも追い出してしまう。推しとはなんと罪深い存在なのだろうか。そんな風にうっとりした目で、リディアのカッコよく釣り上がった瞳を見つめていると、リディアはムッとした調子でこちらに声をかけてくる。


「なんでちょっと嬉しそうなのよ?」

「だってリディアさんが目の前にいるって、不思議なので」

「意味がわからないわ。わたしはあなたと初めて会ったのに、どうしてあなたはわたしのことを知っているのよ」

「だから、ずっと言ってますけど、リディアさんはゲームの中の世界の子なんですって……」


そういえば、家の中なら証拠があるから信じてもらいやすいのではないだろうか。わたしはゲームのパッケージを持ってくる。

「ほら、この後ろで意地悪そうな顔をしているのがリディアさんです」

「はぁ?」とリディアは苛立った様子でパッケージを見た。


「何よ、この人相の悪い絵。わたしはもっと綺麗だわ! 誰がこんな悪意ある絵を描いたのよ? これじゃあ、わたしが意地悪お嬢様か何かだと思われちゃうじゃ無いのよ?」

確かに、実物と比べると、悪意でもありそうなくらい、意地悪気に描かれている。


リディアさんの役割は悪役令嬢ですからね、と喉元まで出かかっていたけれど、さすがにそれを伝えるのは遠慮しておいた。

「ねえ、これはあなたが描いたのかしら? こんな意地悪な絵を描くなんて酷いわ!」


リディアがわたしのことをキッと睨みつけてきたから、わたしは慌てて首を横に振った。

「そ、そんなことしません。わたしが描くならもっとリディアさんのこと可愛く描くし、パッケージの後ろの方にひっそりと描くようなことしません!」


わたしにとって、このゲームの主人公はリディアなのだから、一番前にリディアを描いてあげたい。ていうか、リディアだけのパッケージにしても良い。そうだ、今度イラスト投稿サイトにリディアが一番前でドヤ顔しているパッケージでも投稿してみようかな。そんな風にわたしがリディアのことを考えていると、リディアがフンッと鼻を鳴らした。


「あなたが描いていないとしたら、誰がこれを描いたわけ?」

「個人名は分かりませんけど……、ていうか分かったらどうするんですか?」

「毒でも盛ってやるわ」

「ダメですって!」

誰が描いたかわからなくて良かった、とホッとした。

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