第4話 推しに会えた 4

「じゃ、行きましょうか」

わたしはリディアに立ち上がるように促すと、リディアはスッと姿勢良く立ち上がった。それを見て、わたしは思わず呟いてしまう。


「おっきい……」

顔を合わすために見上げたけれど、150センチ強のわたしとは30センチくらい差がある気がする。脚が長いから、座っている時には全く気が付かなかったけれど、リディアはかなり背が高いみたい。ゲームの立ち絵では全然わからなかったから、意外だ。


「何か文句あるのかしら?」

冷たい目でこちらを見下ろしながら、リディアが尋ねてくる。

「い、いえ……」

座っている時よりも、さらに高圧的な気がする。わたしは怯えるように首を横に振った。足元を見ると、10センチくらいの高さのハイヒールを履いている。


「大きくないですか?」

「悪いかしら?」

リディアがフンっと鼻を鳴らした。


悪くなんてないし、むしろカッコ良い。冷たい視線がゾクっとするほど似合っていて、変な気になりそうだ。わたしのリディア様にめちゃくちゃにされたい欲がまた沸々と湧いてくるような、そんな気持ち。まあ、本人に言ったら間違いなくドン引きされるから、言えないけど。


「でも、元々背が高そうなのに、わざわざそんなに高いヒールを履かなくても良いんじゃないんですか?」

「その方が周りを見下せるから良いじゃないの。わたしより上から世界を見られる人間は、一人でも少ない方が良いわ」

「あー……」

なるほど、やっぱり性格は悪い。


とりあえず、リディアを家に連れて帰ろうと歩き出したけれど、1分歩くごとに、「まだ着かないのかしら?」と苛立った声を出してくる。


「そんなに一瞬ではつかないですよ」

「馬車はないのかしら?」

「ありませんよ」

さすがに徒歩15分くらいの平坦な道のりにタクシーを呼べるほど、わたしは裕福な大学生ではないから、いくらお嬢様のリディアが相手でも歩いてもらうしかない。


「なら、あなたがわたしをおんぶしなさい?」

「え?」

わたしは横を歩くリディアを見上げて、真面目な顔でそう言っているのを確認する。


推しをおんぶしてあげるのは悪くないけれど、わたしとリディアはかなり体格差があるから無理じゃないかな……。それなのに、リディアは気にせずわたしの後ろに回り込む。


「じゃあ、頼むわね」

有無を言わさず、背中にひっついて、全身をわたしに預けてきたけれど、わたしはうまく歩けず、よろけてしまう。


「さ、流石に無理ですって!」

そのまま地面に転んでしまった。リディアが地面に横たわるわたしの上に乗っかっている。今通りかかった人がみると、馬乗りになって虐められているみたいに見えるかも。もしこれがゲームのワンシーンなら、悪役令嬢が召使いにのしかかって意地悪しているようにしか見えないのではないだろうか。


「だらしなさ過ぎるわ」

「重いんですもん……」

「レディの体を重いだなんて、最低ね」

リディアが苛立った声を出して鼻を鳴らすけれど、それなら170センチ超えの長身で小柄なわたしにおんぶなんて求めないで欲しいんだけど……。


「とりあえず早く退いてくれません?」

「重いって言ったこと、ちゃんと詫びるまで退かないわ」

「すいませんでした……」


「おんぶもできないし、家も遠いしで良いところ無しじゃない。もうちょっとわたしのために尽くせないわけ?」

「……善処はします」


一応人助けをしているはずなのに、なぜわたしはこんなにも怒られているのだろうか。相手がリディアじゃなかったらこのまま放置してさっさと帰ってしまいたい。ああ、これが惚れた弱みというやつか……。


ツンとわたしから顔を背けてこちらに見せてくる、月明かりに照らされた横顔の綺麗なこと。ダメだな、わたしはこの人には逆らえない。わたしはため息をつきながら案内を再開した。


「早く着くようにしなさい」

「善処はします……」

もう一度大きくため息をついていると、リディアはわたしの手を握る。


「何ですか?」

「おんぶが無理なら引っ張りなさい」

「おんぶは諦めてくれたんですね」

「諦めたも何も、あなたできないじゃない」


仕方がないから、わたしはリディアの手を引っ張りながら歩き始めた。リディアの手のひらは、大きいのにとても柔らかくて、温かい。なんだか頼もしくて落ち着く手だった。


推しキャラの手を握りながら歩けるなんて、本当はラッキーなはずなのに、それよりもさっさと家につかないと、またリディアがわがままになっちゃいそうというプレッシャーが重い。できるだけ退屈を紛らわせるために、普段以上にテンションを高めにしてリディアに話しかける。


「リディアさんの住んでいた場所は星がたくさん見えたんですか? この辺は空気が悪くて星が見えないんですよね」

できるだけロマンチックで素敵な話題を選んだのに、リディアは全然乗ってこない。

「さあ、知らないわ」とだけ言って、それ以上会話を続ける気はなさそうだった。気を紛らわせる作戦は失敗したらしい。すぐにリディアは文句を言ってくる。


「そんなことより、まだ着かないのかしら? あなた、このわたしをどれだけ歩かせるつもり?」

「もう着きますよ」

とりあえず、わたしの住んでいるアパートが見えてホッとする。緊張で汗ばんでしまっている手に力を込めてリディアを引っ張り寄せる。


「これがあなたの屋敷? なんだか殺風景でボロっちいわね」

築35年家賃月4万円の大学生向けのアパートをみて、リディアは顔を顰めた。

「まあ、良いわ。わたしはどの部屋を使えばいいのかしら?」

リディアが一番建物の入り口から近い101号室のドアノブに触れようとしたから、慌てて止めた。


「そこはうちじゃないですから!」

「ここがあなたの家なのでしょ?」

「わたしの家は3階ですよ!」


どうやら、リディアはアパート全体がわたしの家だと思ったらしい。リディアの常識からすれば、こんな一部屋分だけが家とは思えないらしい。この状況でわたしの部屋を見せたらペット用の部屋だと思われそうだ。


いまいち納得できていなさそうなリディアを連れて、わたしは3階へと階段を上がる。

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