第3話 推しに会えた 3
「じゃあ、このままここで一人でいるつもりですか? この後どうするんですか?」
わたしの家に来たがらないのなら、リディアは一体どうやって一晩過ごすと言うのだろうか。
「わたしを誰だと思っているのよ? ミルティアーナ家の令嬢、リディアよ? 誰かが助けてくれるに決まってるわ」
リディアがフンっと鼻を鳴らすけれど、この街でリディアのことを助けてくれる人はいるのだろうか。ドレスを着て真夜中に佇む美少女なんて、非現実的すぎて幽霊の類だと思われて避けられるのではないだろうか。
もし助けてくれる人がいたとしても、リディアの美しさ目当ての男の人とか、多分下心抜きではないと思う。最悪変な事件とかに巻き込まれかねないし心配だ。そう考えると、リディアのことを助けてあげられるのはわたしだけな気がする。ていうか、わたしが助けてあげたい!
「ちょっと、リディアさん、来てくださいってば!」
わたしがリディアの腕を引っ張って、無理やり連れて帰ろうとしたけれど、リディアが思いっきり手を振り払ってくる。
「わたしに触れるな! 無礼者!」
かなり強い口調で拒まれてしまい、怯んでしまいそうになったけれど、頑張って気持ちを強く持つ。ここでわたしが連れ帰らなければ、困るのはきっとリディア自身なのだから。推しが苦しんでいる姿を自業自得という言葉に変換したくない。
「じゃあ、このまま寒空の中一晩中ここにいるんですか? わたしの家なら暖も取れますよ!」
わたしの主張と同時に、北風が吹いて、リディアが一瞬震えたのを見逃さなかった。
「まだこれから寒くなりますけど、外で一夜を過ごして良いんですか?」
さすがにリディアも納得してくれるだろうと思ったのに、まだ意地を張る。
「もちろん嫌よ。でも、あんたのことは信用できないから。それならここで凍えていた方がずっとマシ」
服装は春先か初夏くらいに着るような薄手のドレスだから、寒くないはずはない。それなのに、どうしてこんなにも頑固なのだろうか。
まあ、あっちの世界ではリディアは人に裏ぎられ続けているはずだから、疑り深くなっているのも仕方ないのかも。とはいえ、わたしのことをあんなリディアのことを嫌っている人たちと一緒にして欲しくないんだけどな……。
「わたしはこの世界で唯一のリディアさんの味方ですよ!」
わたしはが言うと、リディアが鼻で笑う。
「初めて会った人間が言うことじゃないわね。胡散臭すぎて気持ち悪いわ」
「なら、今のリディアさんに味方はいるんですか?」
リディアが顔を顰めて、小さく舌打ちをした。
「あんた、何者? 身辺調査はしっかりしているみたいだから、わたしの財産目当てか何かかしら?」
リディアが苛立った顔をしている。
「違います! あなたのファンです。リディアヲタとでも言えば良いんでしょうか?」
わたしが自信満々に言うと、リディアが鼻を鳴らして、意地悪げな目でわたしを見た。
「なら、本気でわたしの味方かどうか、試させてもらっても良いかしら? わたし、言うまでもなく高貴な身で、婚約者争いで命の危険に晒されたことだってあるのよね。挙句、せっかく散々策略に策略を重ねて得られた婚約者にだって裏切られたのだから、わたしはすぐには人を信じられないわ」
「試すって、一体わたしは何をしたら良いんですか? 口頭ではたくさん味方だって言ってますけど」
「口だけで味方だと言ってわたしのことを裏切った人間が何百人いると思っているのかしら?」
リディアは皮肉の混ざった笑みを浮かべて、座ったままわたしを見上げる。ヒロインに散々意地悪を重ねてきていた時の策略家の笑みが垣間見えて、少し不安ではあった。
不安なわたしを見ながら、リディアは高いヒール靴を片方だけ脱いで地面に置いた。
「あなたが本気でわたしの味方でいられるなら、わたしの足を舐めてみてよ? そうしてくれたらあなたがわたしの味方だってこと、一瞬だけでも信じてあげるわ。敵対している相手の足を舐めるなんて、屈辱的なことはできないでしょ?」
靴を脱ぎ捨てたスラリと長い足をこちらに向けて、問いかけてくる。
リディアが意地悪気な笑みを浮かべている。ゲームの世界でもヒロインのルーナをいじめるために足を舐めさせた描写があったけれど、この感じだとヒロインとは関係ない場面でも足を舐めさせるくらいはやっていそう。みんなは嫌だったんだろうなとは思う。
けれど、わたしはそもそもリディアのことが好きすぎて、リディアに好き勝手振り回されたいと思っている人間だ。だから、これはきっとWin-Winの関係。わたしは「喜んで」と言って、その場に跪いてリディアの足首を両手で持った。
「あなた本気?」
「リディアさんがそれで納得してくれるのなら」
わたしは頷いてから、舌先をリディアの足の裏に乗せる。
ゆっくりとリディアの綺麗な足に舌を這わせる。わたしの舌が動いた瞬間にリディアの足がビクッと動いたから、舌を噛みそうになって危なかった。
人の足を舐めたことなんて当然初めてだったし、リディア以外に頼まれても、絶対に受けるつもりはない。埃一つついていない綺麗な足なのは、彼女がゲームの世界の人だからなのか、それとも彼女自身の上品さによるものなのかはわからなかった。
「も、もういいわ!」
リディアがすぐに止めたけれど、せっかく一方的に推していたリディアが触れて良いと自ら言ってきてくれたのだ。そんなすぐに辞める気にはならない。わたしが続けていると、リディアがさらに慌てた。
「や、やめなさいってば」
わたしはまだまだ舐めるつもりでいたのに、リディアの方から足を引っ込めてしまった。
「もう終わりですか?」
「あなた、なんでちょっと嬉しそうなのよ……。もしかして、変態なの? 目的を失っていないかしら?」
推しに触れられて顔がニヤけてしまっていることがバレてしまったみたいで、慌てて咳払いをしてから真面目な顔をする。
「覚えてますよ。ちゃんと足舐めたから、わたしのこと信用して家に来てくれるんですよね?」
「一応、そうするけど……。わたしが足を舐めさせてしまったがために、『わたしを陥れようとしている不審者の可能性がある人物がわたしのことを執拗に家に来るように誘ってきている』という状態から、『わたしの足を舐めることに悦びを感じる変態がわたしのことを執拗に家に連れて行こうとしている』、に変わってしまって、また別の心配があるのだけれど」
「でも、約束ですからそこはちゃんと守ってくださいね?」
わたしが笑顔で確認を取ると、リディアが呆れながらも頷いた。
「当たり前だわ。このわたし、ミルティアーナ・リディアのことをあまりなめないでちょうだい? 約束しちゃったんだから、守るわ」
「もう舐めちゃいましたよ?」
「そういう意味で言ったわけじゃないわよ……」
リディアがため息をついた。
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