第10話 リディアとの探索 2

ファーストフード店に入って、わたしたちは二人用の小さなテーブルに向かい合った。


「ねえ、このソファー硬すぎない? 腰が痛くなっちゃうわ」

椅子ではなく、比較的柔らかいソファー側の席に座らせてあげたけれど、リディアは頬を膨らませてムッとしていた。脚の長いリディアとは、座ると視線が合うから話しやすくなる。


「あんまりわがまま言わないでくださいよ……」

お店の周りの視線が向いてきているから、居た堪れなくなる。周りからもヒソヒソと声がする。


「リディアさん、静かにしないとわたしたち迷惑客になっちゃいますから……」

「何言ってるのよ。わたしは本当のことしか言っていないわ」


ダメだ、聞く耳を持ってくれない。周囲の声がキツく思えて耳を澄ませてみたら、周りからのリディアを見る視線はどうやら思っていたものとは違うらしい。


「ねえ、あの子モデルかな」

「可愛いね」

ざわざわとしている声は、リディアのことを迷惑な子としてではなく、目立つ美少女として話題にするために向けられていた。


「ねえ、わたしって可愛いのかしら? もしかして、人気者?」

リディアも周囲の声を聞いていたらしい。


「えっと……、人気者かどうかはわからないですけど、とっても可愛いと思いますよ」

ジッとこちらを見つめながら尋ねられて緊張してしまい、思わず目を逸らしながら答えてしまった。


本当に、飛び切り可愛らしいのは間違い無いのに、言い方が辿々しくなったせいで、なんだか嘘っぽくなってしまったな、と後悔する。恐る恐るリディアの顔を見て、嘘だと思われて怒っていないか確認してみたけれど、リディアは口元を少し緩ませて、満足そうにしていた。少なくとも怒ってはなさそう。


周囲のお客さんやお店の人にソファーに文句をつけたことで顰蹙を買っているわけではないことにはホッとしたけれど、どこに行っても目立ってしまうリディアを見て、なぜか心がざわついてしまう。少し前まではリディアのファンなんてわたしくらいしかいなかったのに、こっちにずっとリディアがいたら、このままどんどんファンが増えていってしまいそうだ。


「とりあえず、頼んできますけど、ハンバーガーセットとかでいいですか?」

「勝手に決めないでよ。わたしもメニューを一緒に見るわ」

わたしと一緒にリディアも立ち上がる。一緒に連れていって欲しそうだったので、一緒に注文にいく。


「ふうん、結構美味しそうなのばっかりね」

リディアはレジ前のメニューを満足気に眺めていた。

「わたしはハンバーガーセットにしますね。リディアさんも適当に食べたいもの選んでください」


「じゃあ、チーズバーガーセットと、テリヤキバーガー、ハンバーガー、ナゲットと、あ、オニオンリングっていうのも美味しそうだから頼むわ」

「ちょっと多くないですか……?」

止めるわたしを気にせず、リディアは続けた。


「あと、パイとアイスも頼むわ」

「リディアさん、本当に食べられます……?」

「ポテト追加で頼むわ。あと……」

「あ、もう以上で! それで注文完了でお願いします!」


まだ頼みたそうなリディアを慌てて止めて、注文を終わらせる。わたしが止めると、少し不満そうにこちらを見下ろしてきたけれど、これ以上頼まれたら、今月の生活費がかなり厳しくなってしまう。月の後半は毎日リディアと一緒にモヤシを頬張る生活になってしまいかねない。


注文を終えて席に戻ったわたしたちの元に、次々とトレーが運ばれてくる。2人用のテーブルに乗りきらないような量を見ると、冷や汗が出てしまう。


「食べられんですよね……?」

わたしが恐る恐る尋ねると、リディアが「当たり前じゃない」と頷いてから、大きな口でチーズバーガーを頬張った。

「何これ! 美味しすぎるわ!」


唇についたソースを長い指でソッと拭ってから、リディアが嬉しそうに微笑んだ。まったく悪役令嬢らしからぬ無邪気な姿で喜んでいるリディアを見て、こっちまで嬉しくなる。


ハンバーガーはかなり庶民向けの食べ物だけれど、意外と口に合うみたいだ。わたしの作った朝ごはんを食べている時よりも喜んでいて、ちょっと複雑な気分だけれど、リディアのこんな可愛らしい表情を引き出せたのだから、ファーストフード店を選んで正解だった。


本当は今すぐスマホでリディアの可愛いらしい笑顔を撮ってあげたいけれど、スマホを向けたら怒られそうだし、何よりこんな貴重なリディアの笑顔を見られる機会は少ないから、しっかりと自分の目に焼き付けておいた方が良い。


「なんだかリディアさんが食べてたら美味しそうに見えてきますね」

「美味しそうっていうか、美味しいのよ! こんなに美味しいもの初めて食べたわ!」

リディアは大きな目を細めて楽しそうに食べていて、よっぽど気に入ったらしい。


漫画でお嬢様が初めて食べたハンバーガーで舌鼓を打つ、みたいなのを見たことあるけれど、リディアも例に漏れずハンバーガーで喜んでくれている。お嬢様とハンバーガーって相性がいいのだろうか。


「やっぱりルーナさんのご飯を不味いって言って嫌がらせをしたのは嘘だったんですね」

「だから、そう言ってるでしょ! わたしは美味しいものは美味しいって言うし、不味いものは不味いって言うのよ。あの子が嫌がらせしてまずいものを作ったから怒ったんだって、前にも言ったでしょ?」


「じゃあ、もしかしてルーナさんに意地悪をいっぱいしてたって言うのも嘘だったりするんじゃないですか?」

わたしは期待を込めて尋ねてみた。ストーリーの中ではルーナにたくさん嫌がらせをしていたリディアだけど、それも嘘だったんじゃないだろうか。こんなに無邪気な子がわざわざ嫌がらせをしていたなんて、考えられないし。


けれど、リディアは暗い表情をして、首を横に振った。

「したわよ。彼女が来て、初めの1週間くらい嫌がらせをたくさんしたわ。服も隠したし、食事だってわたしがこっそり彼女の分食べたし、歩いているところを足を引っ掛けて転ばせて笑ったりもしたわ」


リディアが嫌そうな顔をしながら説明してくれたけれど、その説明には引っかかることがある。わたしの知っているストーリーでは、リディアは2年くらいの間、ずっとネチネチと嫌がらせをしていたはずなのだけれど。


「1週間だけなんですか?」

「ええ。途中から、あの子は自分でわざとわたしに嫌がらせをされたフリをしてきたけど」

「えっと、一番ひどかった、リディアさんがルーナさんのことをナイフで刺したシーンは……?」


致命傷にはならなかったけれど、エドウィンと仲良くしていたルーナのことを見て、嫉妬したリディアがルーナのことを刺したのだ。急所は外れたけれど、しばらくの間ルーナは治療を受けていて、その間にエドウィンとの仲が深まるイベントがある。


「あなた、本当になんでも知っているのね……」

リディアがため息をついた。

「結果的にはわたしが刺したわ。だから、わたしはその事実を何も否定はできなかった。嘘はつきたくないから。けれど、きっかけは彼女がわたしを刺そうとしたこと」

「え?」


「突然わたしの部屋に入ってきた彼女が、わたしにナイフを向けてきたのよ。だから、わたしは慌てて避けて、彼女のナイフを奪ってやったの。小さな彼女の持っているナイフを力づくで奪うことはそこまで難しいことじゃなかったわ。けど、そこまでルーナは計算していたみたいなのよね……」

リディアがセットについていたコーラを吸ってから続ける。


「あんまり思い出したくないんだけどね、ルーナはわたしの手首を持って、自分の方に向け始めたのよ。『落ち着いてください、リディア様!』叫びながら。わたしは鈍いから彼女のやっていることに頭をはてなマークでいっぱいにしてしまったわ。彼女がわたしの手を持って自発的に刺そうとしているのに、わたしは一体何をやめたら良いんだろうって。で、そんな変なことを考えて力が抜けていたんだと思うわ。あの子はわたしの手をグッと引っ張って、彼女の肩にナイフを刺した。血が出てきたからわたしビックリしちゃったもの。訳がわからないまま、慌てて治療薬を取りにいこうとしたところにエドウィンがタイミングよく入ってきた。それがまるで、刺してから逃げようとしたみたいに見えたみたいね。『リディア! キミがルーナを傷つけたのか!』って言って、エドウィンがかなり怒っていたわ」


ルーナがリディアに刺されて倒れたシーンはよく知っているけれど、あれは完全にリディアが刺したものとして扱われていた。わたしの知っている事実は事実ではなかったみたいだ。もちろん、リディアが嘘をついている可能性もあるのだろうけれど、こんなに辛そうに記憶を辿る推しを疑うなんてこと、わたしにはできなかった。


「まあ、わたし自身、それこそ昨晩だって、あなたの首を絞めかけたし、カットしやすいところは間違いなくあるから、その後にルーナが言った『リディアに刺された』っていうセリフがあっさり信じられちゃたのよね」


リディアがため息を吐き出してから、天井の方を見上げていた。彼女のことをわたしは完璧に知っているつもりだったけれど、もしかしたら全然知らないのかもしれない。


わたしが知っている彼女は、ルーナに陥れられた結果としてリディアの周囲のみんなが信じた事実とは異なる彼女の姿なのだろうか。本当の彼女はもっと優しい子なのかもしれない。


まあ、ルーナのことを1週間とはいえ、実際に嫌がらせをしていたのなら、それは間違いなく悪いことだし、気が動転していたとはいえわたしの首を絞めかけた彼女は完全な善人ではない。


けれど、悪のレッテルを貼られ、みんなから何年も嫌われ続けて孤立するほどの悪いことはしていない気がすると思ってしまうのは、わたしがリディアを好きすぎるからなのだろうか。


上を見つめながら瞳を両手で押さえて疲れていそうな格好をする彼女が一体何を考えているのかはわからないけれど、きっと昔のことを思い出して思案しているのだろう。


「リディアさん……」

少し彼女のことを不憫に思っていると、リディアが辛そうな声を出す。


「もう……、食べられないわ……。あとはあなたに全部あげる」

「は、はぁ?」

リディアが苦しそうにしていた理由は、昔を思い出していたからではなく、お腹がいっぱいになったから、らしい。


「いや、リディアさん、チーズバーガーとコーラしか食べてないじゃないですか!」

「思ったよりもボリューミーだったわ」

「だから食べられるか聞いたのにぃ!」


昨日は夜中にラーメンを食べさせられたり、リディアと一緒にいたらどんどん太っていきそうだ。とりあえず残りはテイクアウトして晩御飯にでも食べようか……。

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