Ⅱ
第24話 異世界からの刺客 1
リディアが彼女になってから、半月ほどの時間が経ち、年も明けた。今日は夕方から、2人で買い物に出かけていた。
オシャレなものを買いに行くわけでもなく、本当にただ食事の為にスーパーに買い物に行こうとしただけなのだけれど、リディアが少しでもたくさん一緒にいたいからと言って、ついて来たのだった。
リディアと一緒にスーパーの袋の持ち手を片方をずつ持って、歩いていた。リディアの方が手の位置が高いから、少し袋は傾いてしまっていた。時々中身が落ちていないかの確認をしながら歩いた。
「楽しいわね」
相変わらず高いヒール靴を履いているから、視線は頭上から降りてくる。わたしは見上げながら笑う。
「ただ晩御飯の買い物に来ているだけだよ……」
「わたしは詩織と一緒ならどこにいても楽しいわ」
周囲に音符マークでも浮かんでいそうなくらい、リディアがウキウキしていた。ただ一緒に外に出ているだけで嬉しいと思ってくれているなんて、とっても可愛らしい。
「今日はハンバーグにしよっか」
「本当!?」
リディアが空いている方の手を胸の前でギュッと握って、小さくガッツポーズをして喜んでいた。やっぱり可愛いな。本当にこの子悪役令嬢だっけ、と不思議な気分になる。やったやった、とはしゃぐリディアを微笑ましく見守る。
そんな、いつも通りのとっても楽しい日常をリディアと一緒に過ごしていたのに、わたしたちの平穏な時間は突然終わってしまったのだ。
突如、目の前に不思議な光が現れた。
眩しくて、目を細める。まるで、世界が裂けてしまったみたいに、何も無い場所に発生した強い光の正体は、まったく見当もつかなかった。
「な、何!?」
「魔法陣だわ。何事よ!」
ひたすら慌てているわたしとは違い、リディアは何かを察している。すぐにわたしを光から守るみたいに、わたしの前に立って、ジッと魔法陣の方を睨みつけていた。今のリディアは悪役令嬢どころか、わたしを守る王子様みたいに見えていた。
怯えるわたしのことを守りながら、リディアが冷静に尋ねてくる。
「一応聞くけど、こっちの世界では、魔法はそこら辺を歩いている庶民でも使えるものなのかしら?」
「使えるわけないじゃん! ていうか、何、この光? 魔法なの?」
「ええ、そうよ」
リディアの声が強張っている。
「一体誰よ……」
怯えながら魔法陣を見つめていると、中から足が出てきた。よく磨かれた真っ黒なストラップシューズと真っ白で清潔な靴下、そしてロングスカートが光の外へと足を踏み出してくる。
わたしたちは息を呑んで、光から出てきた人物を見つめる。出てきたのはクラシカルなメイド服を着た少女。わたしは当然彼女のことを見たことはないけれど、リディアは知っているみたいで、小さな声で呟いた。
「ジェンナ……」
「知り合い?」
「エドウィンの家に仕えるメイドよ」
リディアが静かに答えた。ほんのりタレ目がちの、見た目は温厚そうな顔つきのメイド。背はそんなに高くなくて、小柄なわたしよりも少し高いくらい。
突如光の中から人が現れたという異常な状況だったけれど、周囲には人がいなかったから、騒ぎにはならなかったのだ幸いだ。不自然なくらい人がいなくなっていたから、これももしかしたらこのメイドの魔法か何かで人を避けるようにしたのかもしれない。
「お久しぶりですねぇ、リディア様ぁ」
ジェンナと呼ばれていた少女は間伸びした話し方をしながら、ゆっくりとリディアの方に近づいてくる。
「何をしに来たのよ?」
リディアが冷たい声を出す。会った時のツンツンしたときのリディアよりも、もっと怖い声。リディアのことを全力で愛しているわたしすら少し震えてしまうような声だった。
けれど、ジェンナと呼ばれた少女はニコリと笑って、平気な顔でリディアを見上げて対峙している。
「そんなに怖い声出さないでくださいよぉ。びっくりしちゃうじゃないですかぁ」
「何をしに来たかって聞いてるのよ」
リディアが再度説明するように促すと、ジェンナはクスッと笑った。
「まあまあ、そんな慌てないでくださいよぉ。今日はリディア様にとって、とっても良い報告をしに来たのですからぁ」
「良い報告?」
「そうですよぉ」
「あなたから良い報告をされるような心当たりは全くないけれど?」
「ありますよぉ。先日ジェンナが、リディア様にとっても無礼なことをしてしまったことは謝りますのでぇ、その代わり、良いお知らせをあげるんですぅ」
「まず、あなたにされた無礼なこと、というのが何を指しているのかがわからないわ」
「リディア様、お眠りになっていましたもんねぇ。それならわざわざ謝らなくても良かったのかもしれませんねぇ。まあ、ジェンナがやったことがバレていないとはいえ、こんなわけわからない世界に飛ばしてしまったので、その件を謝らないと、ジェンナはメイド失格になっちゃいますから、ちゃんと謝りますぅ。ジェンナは優秀なエドウィン様にお仕えする、由緒正しいメイドですからぁ。辺なところに連れてきてしまい、申し訳ございませんでしたぁ。ついでに、あの日は失礼な物言いもしてすいませんでしたぁ」
ジェンナは間伸びした言い方で、一方的に伝えた。謝ってはいるけれど、その言い方も表情も、あまり申し訳ないとは思っていなさそうだった。
「ジェンナ、あなたがこっちの世界に飛ばしたのね?」
「えぇ、そうですよぉ。ジェンナが悪いことしちゃいましたからねぇ」
ジェンナは一応謝っているけれど、リディアはそれを聞いて微笑んだ。
「……そう。なら、あなたに感謝するわ」
「あれぇ? 嫌じゃなかったのですかぁ?」
「初めは嫌だったけれど、今はこっちに来られて良かったと思っているわ」
「そうなんですかぁ。ジェンナにはこんな魔法も存在しない四角い建物ばっかりの、空気も薄汚いつまらない世界を喜ぶなんて、信じられない感覚ですけれどぉ、リディア様が納得してるんなら良かったですぅ。じゃあ、謝らなくて良かったですねぇ」
口調は敬語だけれど、ずっとリディアのことを小バカにしたような言い方だった。多分リディアのことを心の中で見下してるのだと思う。このメイドのことを、わたしは好きになれそうになかった。
「良かったついでに、もう一個リディア様に朗報ですよぉ」
「さっきからずっと引き伸ばしているけれど、鬱陶しいから、さっさと言いなさい」
「サプライズはじっくり発表しないといけませんからねぇ」
「だから、さっさと言いなさいって!」
リディアが急かすと、ジェンナは満面の笑みを浮かべた。
「では、発表しましょう! なんと、リディア様は元の世界に戻れることが決まりましたぁ! おめでとうございまぁす!」
ジェンナが一人で、「わー、ぱちぱちぱち〜」と声に出しながら、手を叩いてしゃいでいた。けれど、わたしもリディアも時間が止まったみたいに、硬直してしまっていた。
リディアが元の世界に帰る……? 嘘だよね……?
「リディア……?」とわたしが怯えた声でリディアのことを見上げた。当のリディアは、ゲームの中でも見たことのないくらい苛立った表情でジェンナのことを睨んでいたのだった。
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