第31話 待ってるから 2

「あたしの奢りだから好きなだけ食べなー。全品いってもいいぞ。こっからここまでいっとくか」

玖実が楽しそうにメニュー表をなぞって、10品ほどのメニューを示していた。


「そんなに食べられないから……。それに、心配かけたのはわたしだから、むしろわたしに奢らせてよ」

「じゃ、割り勘にしよう」

玖実がうんうん、と頷いた。


「あたしカルボナーラにしよっと」

「じゃあ、わたしはハンバーグにしよっかな……」


またリディアが戻って来れた時のために、美味しいハンバーグを作れるようになっておきたい。そのために、少しでもいろいろなハンバーグを食べておこうとひっそり思っていた。けれど、玖実が心配そうに尋ねてくる。


「そんな重いもの食べられるの?」

「いつもハンバーガーとか食べてるけど……」


普段から玖実の前で重ためのものを食べているのに、どうして今日は気にしているのだろうか。わたしは首を傾げた。


「だって、明らかにご飯抜いてましたって顔してるよ?」

「え?」

「どうせ、リディア様に会えなくなって辛くなってご飯でも抜いてたんだろ?」

そんなに顔に出ていたのかと焦っていると、玖実が笑う。


「図星って顔してるぞ」

「そうだよ、図星だよ……」

「やっぱりか。まぁ、ハンバーグ食べきれなかったらあたしが食べてやるから良いけど、そんな思い詰めてるって、大丈夫か? 普通に心配だぞ」


わたしたちのプライベート、勝手に言っても良いのかな、とか思ったけれど、リディアならきっと『そんなの別に好きにすれば良いじゃない。別に恥じるようなことは何もしていないわ』とか言ってくれそうだし。少し心の整理はしたかった。リディアを待つ間の心の整理をさせてもらう相手に、信頼している玖実はちょうど良いと思う。


「リディアが元の世界に帰っちゃんだ……」

わたしは寂しく微笑んだ。


「帰省とか、そんな感じ?」

「帰省なら、帰ってくる目処が立ってるから、わたしここまで落ち込まないよ」

「確かに」と玖実が頷く。


「あたしは実物を生身で見てないから、まったく信用はして来なかったけれど、普段呑気なあんたがそんだけ落ち込んでるってことは、ほんとに異世界からリディア様だったってことなのか?」

「ずっとそう言ってるじゃん」

わたしは困ったように笑った。


「マジか……。なんか、悪いことしちゃったな。リディア様が本当にこっちの世界に来てたみたいなのに、ずっと信じてあげられてなかったってことか。ごめんなぁ」

どこまで本気でリディア本人がこっちの世界にやって来ていたことを信用してくれているのかはわからなかったけれど、信じてくれようとはしてくれているみたい。


玖実はガサツそうな雰囲気を漂わせながら、かなり空気を読む子だ。中学時代はクラスの中心グループにいたのに、いろいろ疲れてオタ趣味にのめり込んだって昔聞いたし、その辺かなり気を使える子なのだと思う。


落ち込んでいるわたしに合わせてリディアがこちらに来ていたことを信じてくれたふりをしてくれているのかもしれない。けれど、フリでもなんでも、そこに突っかからずにスムーズに本題に入らせてくれる玖実は、やっぱり良い子だと思う。


「一応信じてくれてるって体で話すよ?」

「一応じゃなくて、ちゃんと信じてるよー」

「そういうとこ意外と優しいよね」

「意外は心外だな」

ははっ、と玖実が爽やかに笑った。


「それはともかく、リディア様帰っちゃったんだな。詩織はリディア様のこと大好きだったんだから、そりゃ陰鬱な気分になるよな」

「帰っちゃったというか、強制的に帰らされちゃったんだよね……」

「何それ?」

玖実が怪訝な表情をする。


「なんか、変な魔女メイドがやってきて、連れ去っちゃったんだ……」

「なんだよ、それ……」

玖実が同情した口調で言うから、わたしは頷いた。


「辛いよ。推しと付き合えたのに、無理やり引き離されちゃうんだから」

「そっか、恋人なのになぁ……って、ちょいちょいちょい!! あんたたち付き合ってたの?」

思ったよりも玖実が驚いていて、わたしは困惑する。


「そうだけど………」

「なんだよ、それ! ゲームの中の推しと付き合っちゃうなんて、詩織凄いな! 羨ましすぎるんだが!」

玖実が興奮した様子だったけれど、ふと気づいたみたいに、静かに言う。

「でも、恋人同士なら、尚のこと辛いよな」


「そうだよ……。わたしたち結婚するつもりだったのに」

「へぇっ!?」

玖実が先ほどよりもさらに慌てたような声色で驚いていた。


「い、いきなりそんな甲高い声出されたらびっくりするじゃん……」

周りのお客さんもわたしたちの方に視線を向けていた。

「いや、あたしの方こそめちゃくちゃびっくりするんだけど……。そんな話、超初耳だわ」


「言ってなかったからね」

「だから、言えよな、水臭い!」

「いや、いきなり婚約者とか言ってもびっくりするじゃん」

「びっくりするけど、今も結局いきなりじゃないかよー」

玖実が口を尖らせていた。


「ごめんって」

わたしが謝ると、玖実はまた慌てた様子で話しだす。


「でも、婚約者が連れ去られたって、やばいじゃん! 普通に事件だし、警察行こうぜ! 警察!」

「いや、魔法で異世界に連れて行かれたって、警察に言ってもしょうがない気がするよ……」

「ああ、そっか……。異世界に行ったんだな」


わたしが頷くと、玖実がまた怒った声で言う。玖実が自分のことみたいに怒ってくれているのが、ちょっと嬉しかった。


「じゃあ、そのメイドぶん殴ってやろうぜ。あたしと詩織とリディア様でボッコボコにしよ!」

「ボッコボコにできるんだったら、リディアとわたしでやってるよ……」

「そっか……」


玖実が言葉を探している。わたしが暗い表情をしてしまったせいで、玖実を困らせてしまっている。


結局、玖実は何も良い言葉が思いつかなかったみたいで、諦めてカルボナーラを口に運んでいた。

「あ、美味いよこれ。玖実も早くハンバーグ食べなー」


言われた通り、ハンバーグを口に運んだ。柔らかいハンバーグは口に入れた瞬間に、肉汁が出てきて美味しかった。


「これ、リディアに食べさせてあげたいな」

わたしが寂しそうに言うと、玖実が微笑んだ。


「帰ってくるんだろ?」

「え?」

「あたしは事情はよくわかんないけど、リディア様、こっちの世界に帰ってくるんだろ?」

「そう信じてるけど……」


「じゃあ、ハンバーグでおびき寄せてやろうぜ! ハンバーグの匂いにつられて早く帰ってくるかもしれないし」

「何それ? 餌じゃないんだよ……」

わたしが困ったように笑うと、玖実が思いっきり頷いた。


「釣ってやろうぜ、リディア様を!」

「意味わかんないから」


玖実がふざけたことばっかり言っているから、わたしは失笑してしまった。でも、玖実がなんとかわたしを元気づけてくれてることは理解した。


「大丈夫だよ、餌なんてなくても、わたしは婚約の準備をしてリディアのこと待っとくから」

「そうだそうだ! リディア様が帰ってきたらすぐにでも婚約パーティー開かないとだぞ! 詩織は結婚初めてだろうし、わからないことがあったらあたしに聞けよ〜」


「玖実だって、経験ないでしょ!」

「あたしはゲームでたくさんのイケメンと結婚生活送ってるから大丈夫だ」

玖実がブイサインをこちらに向けてくる。


「なにそれ」とわたしと玖実は笑い合う。真っ暗な気分だったけれど、一時的に現実逃避ができた気がした。ほんと、良い友達を持ったな。

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