第42話 わたしの婚約者 6

「ねえ、どう言うつもりよ?」

リディアが先ほどのツーショット写真を見ながら、不思議そうに尋ねてくる。


「この前リディアがいない時に行った飲み会で、わたしがリディアのストーカーって言われちゃったから、これからはちゃんと彼女ってわかってもらえるようにするための証拠写真を――」

話している途中で、リディアがムッとした声で遮る。


「詩織のことストーカーなんて言った意地悪な子はどこ? わたしが引っ叩きに行ってあげるから、教えなさい!」

リディアがわたしの体から慌てて離れて、わたしの足を挟み込むようにして座った。


「い、良いよ。お酒の場だし。それよりもリディアと2人で撮った写真、たしかに今までなかったから、撮れて良かったよ」

「良くないわよ! わたしの大事な詩織がバカにされて許せないわ! わたしと詩織との仲は誰にも邪魔させないわ!」

そう言って、リディアはわたしのスマホを取り上げてしまう。


「どうしたの?」

「このボタンを押せば撮れるのね?」

「う、うん……」

わたしが頷くと、リディアは腕を伸ばして、撮影しようとする。


リディアも写真を撮ってみたかったのだろうか、なんて呑気なことを思っていると、リディアがわたしに顔を近づけてきて、いつものようにキスをしてくる。それだけなら、別に良いのだけれど、わたしが驚いて目を瞑った瞬間に、パシャっとシャッターが切られる音がしたのだ。


「え? ちょっ、何!?」

「よく撮れたわね」

カメラの方を得意げに睨むリディアと、驚いて目を瞑っているわたしがキスをしている写真が撮れている。


「い、一緒に撮ってる写真残したいって言っても、いきなりキスは……」

混乱しているわたしとは違い、リディアが冷静にわたしに命令する。


「これ、わたしたちの関係性を疑った子たちに送りなさい」

「これって……」

キスしてる写真ってこと……?


「む、無理無理無理! さすがに無理だって」

「お、く、り、な、さ、い!」

ゾクっとするリディアの冷たい囁きに、操られるみたいにメッセージアプリを開いてしまってから、指を止める。


いやいやいや、そんなに仲良くない同じゼミのおとなしい子からいきなり現実離れしたフィクションみたいに綺麗な子とのキス画像送られてきたらめちゃくちゃ困るでしょうに……。送信ボタンを押す直前に踏みとどまってよかった


「送らないの?」

リディアがムッとしたように尋ねてくる。


「さすがにこれは……」

わたしが困惑していると、リディアがクスッと笑ってから、わたしのことをくすぐってきた。


「ちょ、ちょっと待ってってば!」

リディアのほっそりとした長い指がわたしをくすぐってくる。逃れようとしても、リディアがしっかりとわたしの下半身を両足で固定するみたいに挟み込んで上に乗ったままくすぐってきているから、逃れられなかった。脇腹にリディアの綺麗な指が走っていく。


「さ、送るって言いなさい」

リディアが楽しそうに言う。

「だ、ダメだって! どっかに晒されたら嫌じゃん!」


「晒したければ晒してもらったらいいわ。わたしと詩織が公認の婚約者だって、全世界に教えてあげたら良いのよ! わたしと詩織の仲を否定する人間は、わたしがみんなやっつけちゃうから! それ送ってトラブルになったら、一緒に引っ叩いてやりましょうよ!」

一緒に、か……。悪くない響きだった。


わたしもリディアとの仲を否定されたままでいるのは悔しかった。あの日はわたしの味方は玖実だけだったし、玖実を一緒に巻き込むのは申し訳なかったから、何も言えずに逃げるようにして話を終わらせてしまった。


でも、今はリディアという最強で絶対的な味方がいる。それに、リディアと一緒なら何が起きても怖くないし。


「さ、送るまでくすぐりをやめないから」

「わ、わかったよ……。送る、送るから! くすぐりやめて」

くすぐりをやめてもらうために、渋々送る感じにしたけれど、内心結構前向きだった。


とりあえず、送ると宣言したのに、リディアはまだやめてくれる気配がない。

「ちょ、ちょっと、リディア!?」

「なんだかくすぐられて苦しそうに笑ってるいる詩織が可愛らしすぎるから、やめたくなくなっちゃったわ」

「嘘でしょ!?」

リディアがより一層、長い指を素早く動かし始めた。


「ちょ、ちょっと、ヤバいって、やめてってば!」

笑いが止まらなくなる。このまま続けられたら息ができなくなりそうなんだけど。


そうして、少ししてからようやくリディアがくすぐるのをやめてくれたのだった。

「リ、リディアの意地悪……!」

わたしは必死に息を整える。

「詩織が可愛すぎるのがいけないのよ」

リディアがクスッと笑ってから、わたしの方に顔を近づけてくる。


「怒ってる詩織も可愛いわね」

「お、怒ってないし」

そう言うと、リディアはもっと顔を近づけてくる。リディアの高い鼻がわたしの鼻と触れ合った。リディアの吐息がわたしの唇をソッと撫でていく。ほんのり甘いリディアの吐息に体の芯から溶かされてしまいそうだった。


「顔、赤いわよ?」

「怒ってるわけじゃなくて、リディアが顔近づけてくるからでしょ?」

答えたら、リディアがまたフッと息を吐いたから、わたしはドキッとしてしまう。


「知ってるわ。詩織の恥ずかしそうな顔、大好きだから、見たかったのよ」

そう言って、リディアはわたしから離れてから、わたしのスマホを取って、カメラでわたしを撮ってしまった。


「あぁ、恥ずかしがってる詩織、とっても可愛いわ」

リディアが頬を押さえて、うっとりとした様子でスマホ画面のわたしを見ていた。


「これ、ロック画面の待ち受けにしてほしいわね。そしたら定期的に詩織の恥ずかしがってる顔がわたしも見られるから」

「な、なんでわたしが自分の恥ずかしそうな顔を待ち受けにしないといけないのよ!」

抵抗すると、リディアはわたしの頬にソッと手を置いて、静かに微笑んだ。


「待ち受けにしなさい。命令よ」

「うぅ……。嫌だけど、わかったよ……」

大好きな婚約者の顔を見て恥ずかしがっている自分の顔をスマホの待ち受け画面にしないといけないなんて、なんという羞恥プレイだろうか……。


「リディアの意地悪……」

「わたしは悪役令嬢だもの、意地悪に決まってるわ」

この頃リディアが悪役令嬢概念を都合良く使っている気がする。


「明日になったら戻すからね」

「1週間!」

「せめて3日……」

「わかったわ」

とりあえず妥協点として、3日で納得してくれてよかった。


いや、良くないか。そう思ってリディアの方をチラッと見ると、リディアが満足気に微笑んでいた。まあ、リディアが喜んでくれているのなら、それでいっか。わたしが渋々納得していると、リディアが不敵に微笑んだ。


「じゃあ、詩織にご褒美をあげないとね」

「ご褒美?」

「言うことを聞いてくれたから」


一体何をくれるのだろうかと思って首を傾げていると、リディアがまたわたしの頬に手を当てた。そして、今度は鼻先を触れ合わせるだけでなく、しっかりとキスをしてきたのだった。初めてキスをしてもらったときよりも格段に上手くなったキスに、わたしはさらに顔を赤らめてしまう。


「今撮ったほうがよかったわね」

リディアがキスをやめてから、わたしの頭をポンっと触って体を離して、ようやくわたしの上から退いてくれた。ちょっと足が痺れてしまっていたけれど、嫌な痺れではなかった。まだわたしの下腹部にはリディアの体の温もりが残っているように感じられた。


「ほんと、リディアはわたしのことどんだけ好きなのさ!」

「あら、これでもとっっっっっても遠慮してるのよ。わたしの好きの気持ちを全部詩織にぶつけたら、こんなもんじゃないからね?」

妖艶に微笑むリディアの顔は、やっぱりとっても美しかった。


リディアと出会う前の、画面越しで見ていた頃よりもさらに麗しさに磨きがかかっている気がする。そして、わたしのリディアへの好きの感情も一方的に推していた頃とは比にならないくらい強いものになっている。


「ほんっと、リディアはずるいなぁ」

「わたしは悪役令嬢だもの」

わたしが微笑むと、リディアも微笑み返した。微笑むリディアの顔はやっぱりとんでもなく美しかった。


わたしの推しの婚約者は優しくて、わたし思いで、頼もしくて、カッコいいし、何より顔が強い。けれど、やっぱりちょっぴり性格が悪いみたい。


でも、そんなところも全部ひっくるめて、わたしはリディアのことが大好きだよ!

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ざまぁされてしまった推しの悪役令嬢と同棲することになった 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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