第33話 待ってるから 4
ゼミの飲み会の日は、わたしはあまり人と話せてはいなかった。
人とうまく関係を持つのが苦手だから、大学には玖実くらいしか友達がいない。だから、今日の飲み会の時も当然のように玖実の横に座って、端っこの席を陣取っておいた。玖実と壁に挟まれながら、適度によくわからない内輪ネタの合間に相槌を打った。空気を乱さないように、目立たないように。
玖実は根が明るいのに、オタ趣味に専念したいからという理由であまり友達を作っていない。玖実はボッチというよりソロ充と言った方がいいかもしれない。だから、わたしと玖実は似ているようで、ちょっと違う。
そういえば、リディアも周りから孤立しちゃってた子だから、そういうところもわたしとリディアは気が合ったのかもしれない、なんて思ったりもする。飲み会の最中なのに、みんなと話すよりもリディアのことを考えている方が楽しかった。
あまり楽しくない飲み会は滞りなく進んでいく。せっかく生活費を削って来たけれど、退屈だった。わたしが突然帰ってしまっても、バレなさそうだな、と思った。
ぼんやりとリディアのことを考えていたら、いつの間にか話題は恋人の話になっていたみたいだ。
「えー、あたし彼氏いないよ。マジで」
玖実が横で答えていると、「モテそうなのにねー」と周りの子から言われていた。玖実は一滴もお酒は飲んでいないのに、相変わらず元気で羨ましい。
誰かに話題を振られたら怖いから、少しでもコミュ力を改善するために一応お酒を飲んでおいたわたしよりもずっとテンションが高い。
「詩織ちゃんは彼氏いるのー?」
のんびりとみんなの会話を聞いていたら、突然流れ弾が飛んできた。別に偽る必要性もなかった。わたしはリディアの彼女だって、婚約者だって、胸を張って言えるし。だから、本当のことを話す。
「彼氏はいないけど……」
答えている途中で意図しない相槌が挟まれる。
「やっぱりねー」
酔っているとはいえ、ナチュラルにモテない子扱いされるのはちょっと心にくる。そんなわたしの気持ちを察してくれたのか、玖実がフォローをしてくれる。
「この子ね、実はこう見えて恋人いるよ」
「こう見えてって、言い方考えてよ……」
玖実のフォローをありがたく思いつつ苦笑いをする。
「でも、さっき彼氏いないって言ってなかった?」
同じゼミの子が不思議そうに尋ねてくると、玖実がわたしの方に目配せをして、小さく首を横に振った。無理に言わなくても良いんじゃない、の意図はなんとなくわかるくらいには玖実とは仲良くなっていた。
けれど、わたしも首を横に振り返す。リディアのことだけは、なかったことにはしたくないから。リディアのことは胸を張って恋人だって言いたいから。『そんなの隠すことじゃないわ。わたしたちはちゃんと愛し合ってるのだから』、リディアなら、きっとそんなことを真面目な顔で言うと思う。
わたしははっきりと「彼女がいるんだ」と答えた。一瞬空気が凍ったのがわかる。ヤバいかも、と思ったけれど、その前に玖実がすぐにフォローをしてくれた。
「詩織の彼女、めちゃくちゃカッコ良い美人だぞ。あれはあたしでも好きになっちゃうと思う。詩織の彼女じゃなかったら、あたしがアプローチしてたレベル」
一瞬凍りかけていた場の雰囲気がまた温まる。実際のリディアを見たことがないのに、必死にフォローしてくれる玖実の優しが心に沁みる。
ありがとうの意味を込めて、玖実に目配せをしたら、玖実が小さく頷いた。わたしに対する視線も一瞬怪訝なものになりかけていたけれど、玖実のおかげで穏やかなものに戻ってくれた。
「で、その子どんな子なの?」
尋ねられたから、わたしは嬉々としてスマホを見せる。大好きなリディアをみんなに褒めてもらえるチャンスだ。リディアの麗しさはみんなにも共感してもらいたい。
リディアの写真はいっぱい撮っていたから、カメラロールのリディアの画像を次々と見せていく。眠っているリディアとか、ちょっと遠くからバレないように撮ったリディアとか。
そうやって順番に見せていて、わたしはマズイことに気づいた。そう言えば、わたしはせっかくリディアと一緒の世界で恋人同士になれたのに、リディアと一緒に写真を撮っていなかった。
しかも、リディアに写真を撮っているところをバレたら嫌がられると思って、リディアに気づかれないように撮り続けていたから、不自然なものだらけだ。少なくとも恋人同士の距離感の写真ではないものばかりだ。
「ほんとに美人な人だけど……」
写真を見ている子と別の子が、酔ったのもあってボソッと声に出す。
「盗撮?」
せっかく玖実が和ませてくれた空気が明確に凍った。
「違うから! この子はわたしの婚約者だから! 指輪だって一緒に買ってるから」
「この子の指に指輪ついてないけど」
わたしが必死に主張したけれど、すぐに反論されてしまう。
「これはまだ買ってない時の写真だから! 今はこっちの世界にいないからリディアに渡せてないけど、リディアがこっちの世界に戻ってきたらちゃんと渡すし、結婚式を挙げるんだから!」
「マジで言ってる意味わかんないけど。こっちの世界って何? もしかして喋ったこともない子の写真ってこと? だから、別世界の人、的な?」とちょっと小馬鹿にしたような笑いを交えて伝えられた。
「なんかストーカーっぽくてヤバいね」
終いには鼻で笑われた。明らかにバカにされている。まるでリディアとの仲を否定されているみたいで悲しくなった。
アルコールなんて飲むんじゃなかった。無駄に涙もろくなってしまったみたい。悔しいから、こんなところで泣きたくないんだけど……。
それなのに、涙が止まらなくなってしまっている。
「え?」と困惑気な声がした。まあ、そうだよね。ちょっと揶揄ったらいきなり泣き出すなんて、思いもしなかっただろうから。でも、リディアとの仲も、大事な思い出も、絶対に汚されたくないんだもの。
そんなわたしの様子を見て、すかさず玖実がわたしの体を抱き上げるようにして引っ張り上げて、立たせた。
「あー、ちょっとこの子泣き上戸だから。ごめんなー。飲みすぎたみたいだし、連れて帰るわ」
玖実は強引にわたしのことを店の外に連れ出していった。店内の喧騒が少しずつ離れていく。
外に出て、あの場を離れてからは、少しだけ気持ちが楽になった。晩春の夜風はほとんど冷たさもなく、快適な気温だった。まだ少し残っている涙を少しずつ落ち着かせながら、2人並んで歩いた。
「また玖実に助けられちゃった、ありがと」
「あたしもちょうど帰りたかったから、助かったんだけどな」
玖実の優しさで帰りたかったと言ってくれているのかと思ったけれど、それだけではないみたい。
「なんか中学の時の同級生思い出して、苦手なんだよな、ああいうちょっと変わった子のこと下に見るノリ」
「玖実もわたしのこと変わった子って思ってんの?」
「そりゃ、生活費削って婚約者の為に婚約指輪買うような覚悟決まってる子はそうそういないからな。間違いなく変わってるだろうね。まあ、あたしの場合は下に見るどころか、敬意を払ってるつもりだけどな。推しと婚約するなんて、凄すぎるし。あたしは詩織のことめちゃくちゃ大好きだ」
「そういうことなら良いけど……」
わたしはホッと息を吐いた。
「ま、あれだな。リディア様にさっさと帰ってきてもらって、一緒に写真撮ったら良いんじゃないか。あたしが撮ってやるからさー。好きなだけイチャラブしてくれたまえ」
玖実が笑うから、うん、と小さく頷いた。
「早く会えるといいなー」
うん、ともう一度頷いた時には、また涙腺が決壊してしまっていた。玖実が横並びで歩きながら、優しく背中を撫でてくれている。
「リディア、会いたいよ……。いつまで待ったら良いの……?」
「そうだぞー、リディア様ー。いつまで詩織のこと待たせんだー。リディア様の大事な詩織が泣いてんぞー。あんまり待たせたらあたしも詩織と一緒に怒るぞー!」
玖実はなぜか空に向かって叫んでいた。まあ、確かに、異世界の方角なんてわからないもんな。空に向かって呼びかけて効果があるのかわからないけれど、少なくともわたしを励ましてくれようとしている玖実の気持ちがありがたかった。
キラリと流れていったお星様に乗って、リディアがこの世界に戻ってきてくれていたら良いのに、なんて柄にもなく可愛らしいことを考えてしまった。そのくらい、わたしはリディアを求めていた。
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