Ⅰ
第1話 推しに会えた 1
「ねえ、ちゃんと昨日貸したゲームやってくれたの?」
3限の講義が終わり、わたし
「あんたが超オススメしてきたから、一応一晩かけてやったけど、普通すぎて徹夜するような価値はなかったね」
呆れたように玖実に言われる。
「だから、初めから言ってるじゃん。ストーリーは微妙だって」
ストーリー自体は王道のシンデレラストーリー過ぎて、すでに似たような乙女ゲームをわたしも玖実もいくつもプレイしていた。
元々村娘だった主人公のルーナが、ある日貴族のエドウィンの家で働くようになり、エドウィンの婚約者にリディアに意地悪をされながらも、エドウィンに気に入られ、結ばれるという話。
「そんな微妙なストーリーのゲーム勧めないでよね。詩織が名作っていうからこっちは必死にプレイしたんだから」
玖実がわたしのことをジトっとした目で見つめた。
「ストーリーは微妙だけど、このリディア様っていう悪役令嬢のキャラデザがめっちゃくちゃ良いんだって!」
「まあ、確かに美人だったけどさ、そこまで? どっちかと言うとイケメン子息の方が気になったけど」
「玖実は見る目ないなぁ」
丸メガネの位置を人差し指で調整している玖実を見て、わたしは大きくため息をついた。
縦ロールの柔らかそうで綺麗なブロンドヘア、パッチリと開いた大きな瞳は気の強そうな彼女を表すように、吊り上がり気味。高い鼻も、ちょっと無愛想に見える口も、全部が魅力的だ。いわゆる悪役令嬢で、嫌な性格の子なのに、その麗しすぎる見た目のせいで、わたしはまったく憎めなかった。むしろ、好きすぎる。
ヒロインのルーナを虐め続けていて、性格が悪すぎるせいで人気が無いキャラクターだから、グッズ展開も全くしていない。だからリディアへの推し活はすべてお手製になってしまう。わたしがひたすらイラストをあげていくことや、手作りグッズを作っていくことくらいしかできない。
とあるイラスト投稿サイトには、リディアに関するイラストは120件ある。そのうちなんと120件がわたしの作品。つまり、わたしだけがひたすらリディアを描いて愛でているのだ。自給自足するしかない。ゲーム自体がマイナーな上に、嫌われ者のキャラクターを推してしまっているせいで、リディアの可愛さを共有できる人が全くいないのだ。
わたしなんて、描いたイラストを自分でアクスタにして部屋に飾ったり、お手製のフェルトで作ったリディアの人形を抱きしめて眠るくらいリディアのことを熱心に推しているのに、なぜ誰にも良さが伝わらないのかと、ヤキモキしてしまう。
「あんなに可愛いキャラクターどこにもいないのに、みんながセンスないんだよ」
わたしが口を尖らせながら言うと、玖実が呆れてため息を吐いた。
「見た目良くても、あの性格じゃねぇ……。最後までダサかったし」
たしかに、エドウィンに振られるシーンでは最後まで発狂し続けていた。
「ダサいけど、でもそれが良いんじゃん! あんな美しくて、自信満々な子が最後はあれだけ必死になってるんだよ? 可愛くない? ていうか、リディア様は何やっても可愛いんだよ」
「その感性、あたしには理解できんわ」
「なんで理解してくれないかなぁ」
わたしはため息をついた。
「玖実はやっぱりセンスないよ」
「そいつのこと推してるの、多分日本であんただけだと思うよ……」
今度は玖実が呆れてため息をついた。
「それは否めないけど……」
日本でと言うか、あの世界でもきっとリディアを愛している人はいないだろうから、本当にこの世でリディアを愛しているのはわたしだけかもしれない……。
「良いもん、みんなが嫌っても、リディア様のことをわたしは愛すからね!」
「でも、性格悪いのは認めてるんでしょ?」
「そこも魅力的だよ。わたしはリディア様に好き勝手されて、めちゃくちゃにされたいもん」
「そんなこと学食で言わないでよ……。こっちまで恥ずかしくなるから。あんた結構重度のマゾヒストだったの……?」
「リディア様に対してだけだよ」
わたしは鼻を鳴らしてから、学食のトンカツをソースも付けずに勢いよく口に運んだ。
リディアは確かに意地悪な子かもしれないけれど、誰からも愛されずに寂しい思いをしてしまっていて不憫だった。きっと愛さえあれば、もっと優しい子になっていたに違いない、とわたしは勝手に思っている。
もし、わたしがあの世界にいたらリディアのことを全力で愛してあげるのに。綺麗すぎるお顔も、わがままな性格も全部ひっくるめて心の底から愛してあげるのに。まあ、わたしとリディアは文字通り住んでいる世界も次元も違うのだから、そんなことを想定したところで意味はないのだけれど……。
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