ざまぁされてしまった推しの悪役令嬢と同棲することになった

西園寺 亜裕太

プロローグ とある悪役令嬢がざまぁされる話

何が起きているのか、全くわからなかった。結婚式の当日、両家の親族や、たくさんの群衆が見守る中、目の前でわたしの婚約者のエドウィンが、ルーナのことを抱きしめている。困惑しながら様子を見守る周囲の視線の中で、わたしは顔を真っ赤にして声を荒げた。


「この、田舎娘っ……!」

きっとわたしの綺麗な整った顔も怒りで歪みきっているのだろうけれど、そんなことを客観視する余裕もない。わたしは全力でルーナを睨んだけれど、ルーナはもうわたしのことなんて眼中には無いみたいで、エドウィンと見つめ合っていた。


「ルーナ、やっぱり僕の相手はルーナが良いんだ」

「エドウィン様、わたし……」

顔を赤らめて、ルーナはエドウィンを見つめている。なんだ、このふざけた景色は。


「ちょ、ちょっと、エドウィン。冗談は良しなさいよ」

わたしは慌ててエドウィンに近づいた。その時に、勢い余ってうっかりルーナの脚を蹴ってしまったらしい。多分、ルーナ自ら脚を蹴らせるためにこちらに脚を出してきたのだろうけれど。


「痛いっっっ!!」

ルーナは悲痛な叫び声を上げた。ほんの少し当たっただけなのだけれど大袈裟に痛がる。

「リディア、きみはこんなときまでルーナに嫌がらせをするんだね」

エドウィンががっかりしたように、冷めた視線でわたしを見ている。

「ち、違うわ! これは不可抗力よ!」


わたしが必死に否定をしても、エドウィンは全く信用してくれない。何も言わずに、ただ冷たい視線でわたしを見つめていた。エドウィンは180センチあるけれど、わたしも今はヒールを履いているから、視線の高さはほとんど同じだった。だから、冷たい視線を真正面から受けることになってしまっている。


どうしたら良いのかわからなくなっていると、憎きルーナの声が下からする。ルーナはその小柄でか弱そうな見た目をしっかりと利用して、弱々しい、縋るような声でエドウィンに伝えた。

「違うんです、エドウィン様。わたしがエドウィン様とまた会えた幸せで、ついぼんやりしてしまっていたから、リディア様の邪魔になっちゃったんだと思います。だから、リディア様は悪くないんです」


一見わたしを庇っているように聞こえるこの言葉は、決してわたしを庇うような甘い言葉ではない。この女は、そう言うことでエドウィンがよりルーナに魅入られてしまうことをしっかりと理解している。とんでもなく計算高いし、そのくらい計算高くなければ村娘の生まれで、この国トップの名家の生まれであるエドウィンに気に入ってもらうことなんてできないだろう。エドウィンと結婚して、名家の令嬢として順当に送ることのできたはずだったわたしの人生を邪魔をしてまで、エドウィンと結ばれることはできなかっただろう。


そんなルーナの計算に全く気づく気配もないエドウィンは、ルーナのことをしっかりと抱きしめたのだった。

「ルーナ、キミはそんな酷いことをされてもリディアのことを庇うんだね。これまでもたくさん酷いことをされたはずなのに……。本当に心の綺麗な子なんだね」

エドウィンに優しく言われて、ルーナはエドウィンの胸に顔を埋めながら、首を横に振っていた。


「確かに、酷いこともたくさんされましたけど、それでもわたしはリディア様は優しい方だと信じてますから」

白々しすぎて、苛立ってくる。ルーナはエドウィンには見えないようにわたしの方をチラリと見た。この場にいるみんながルーナのことを健気で優しい穏やかな子だと思っているのだろう。わたしと、張本人のルーナを除いては。


ルーナはわたしの方をチラリと見て、ニヤリと笑っていたのだ。嫌な笑み。確かに、わたしはルーナがエドウィンの家で働き出した頃に嫌がらせをしてしまったこともあったから、エドウィンの中ではわたしがルーナに嫌がらせをしているのは刷り込まれてしまっている。これから必死に事実を説明したところで、今更みっともなく言い訳をしているようにしか見えないだろう。


全ての状況が、わたしにとっては不利に働いている。わたしは顔から冷や汗を垂らした。こんな大衆の面前で、恥をかかされている。そして、とどめの言葉がエドウィンから投げられる。


「もう僕はルーナと結婚することに決めたんだ。悪いけど、これ以上キミとは一緒にいたくない」

「そんな……、ふ、ふざけないでよ!!」

思わず取り乱してしまう。頭が真っ白になる。わたしはこのままエドウィンと結婚して、裕福に安定した生活を送るつもりだったのに。


「嫌よ! そんなの意味がわからないわ!」

わたしはエドウィンの腕を掴んだけれど、そのまま振り払われてしまった。すでにエドウィンの親族たちはルーナとエドウィンの結婚を祝うムードになっていた。きっと、みんな表に出さなかっただけで、意地悪なわたしよりも、ルーナとエドウィンに結ばれて欲しかったのだろう。まるで現実ではないみたいに、引くほど早い切り替えようだ。誰もわたしのことを見てなんかいない。


「ねえ、ちょっと待ちなさいって!」

取り乱すわたしのことを、護衛の者が無理やり引きずるようにして引っ張っていった。どんどんエドウィンから離されていく。そんなわたしの醜い姿をもう誰も見ていなかった。みんなエドウィンとルーナのことだけを見ていた。


いや、一人だけわたしのことをほんの一瞬だけ見た人物がいる。ルーナがわたしをチラリと見て、嬉しそうに微笑んだのだった。惨めなわたしを嬉しそうに見た。それがその子の本性なのだけれど、わたし以外誰も気づかずに、上辺だけの幸せな挙式は無事に続いていたのだった。喧騒からは離れていき、屋敷の外に出されたわたしは誰にも見られずにポツリと佇んでいた。


「どうしよう……」

わたしはエドウィンの家の大きな門を茫然と見つめていた。誰か追いかけてはくれないのだろうか。失意の花嫁に優しい言葉をかけてくれる人はいないのだろうか。そんなことを思っていると、2人でゆっくりとこちらに歩いてくる人物が目に入った。


「パパ、ママ……!」

せめて、何か慰めの言葉をかけて欲しかった。それなのに……。

「よくも恥をかかせてくれたな」

「え……?」

パパの口から出た言葉に耳を疑った。


「あなたのせいでうちは終わりだわ……」

続いてママからも聞きたくない言葉が出る。

「待ってよ、わたしのせいじゃなくて――」

わたしが口を開いた瞬間、頬に痛みが走った。ママが泣きながら、わたしに平手打ちをしたのだ。


「ルーナさんに酷い嫌がらせをしていたらしいじゃないの。ルーナさんが作ってくれた食事をマズイと言って床に落としたり、人前に出た時にはわざと失敗するように仕向けたりもしたらしいし、あまつさえルーナさんが大怪我をした時にナイフで刺したのはあなただったらしいじゃない! そんな酷いことをしてその結果がこれだなんて、本当に恥よ!」

ママが顔を覆って泣き出した。


全部事実だし、これ以外にも意地悪をしたこともある。わたしはライバルを蹴落として、家のためにエドウィンとの婚約に漕ぎ着けたのだ。だけど、どうやらそれが裏目に出たらしい。


「もう金輪際、我がミルティアーナ家の門はくぐれないものと思いなさい」

パパが静かに告げた。どうやら、わたしは勘当されたようだ。


「そんな……」

婚約者にも両親にも見捨てられたわたしは、これからどこに帰れば良いと言うのだろうか。そのまま、わたしを置いて、パパもママも去っていった。不出来なわたしだけがみんなから置いていかれる。


わたしはミルティアーナ家のために、エドウィンと結婚するために一生懸命策を巡らせていたのに……。

「必死に頑張った結果がこれかぁ……」

体の力が抜ける。そのまま膝から崩れ落ちてしまった。ドレスが汚れるのも構わずに、路傍でそのまま横になった。どうせ帰る場所もないし、これからはこうやって地面で眠ることも増えるのだろうか。


「もう疲れたわ……」

土の冷たさが気持ちよかった。何もかもする気の失せ切ったわたしには相応しい場所だと思う。横になったまま、ゆっくりと眠ってしまった。


もういっそ、わたしのことを誰も知らないどこか遠くの街にでも行けたら楽なのかもしれない。そんなことを思いながら、ゆっくりと夢の世界に入っていく。夢の中のわたしは、近くに足音が近づいてきているのには気づいたけれど、そこから起きる気力は湧かなかった。現実世界と同じく、ただ横たわって、土の冷たさを頬に感じている。


「あんたはもう用無しね。これ以上この世界にいてもエドウィン様の邪魔になるだけだからぁ、異世界にでも行ってしまいなさぁい」

嫌なこと言うわね。誰だか知らないけれど夢の中でくらい、わたしのことを愛してくれたら良いのに。


そう思ったけれど、ついにはパパとママにすら嫌われてしまったわたしが愛されるところなんて想像できないのだから、わたしが想像できないものを夢の中で想像できるはずがないか、と思う。


この夢の中の声の通りだと、わたしはどこかに行かされるらしいけれど、そこではわたしを愛してくれる誰かがいてくれたらいいな、何て思う。同時に、そんなことは無理だろうな、という諦めの気持ちも抱いた。

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