第37話 わたしの婚約者 1

「と、まあそういうわけよ。危なかったわ。一歩間違えたらジェンナに消されていたわけだし」

リディアは向こうの世界で起きた話を語り終えて、小さく息を吐き出した。


たしかに、リディアはジェンナを本気で怒らせていたみたいだし、わたしと会うために、かなりリスクのあることをしてくれたみたいだ。


「もうっ、そんな危ないことしないでよね!」

「でもおかげで最短でここに戻ってきたわけだし。良かったじゃないの」

「嬉しいけど、やっぱりリディアのこと心配になっちゃうよ……」


無事に解決したから良いけれど、もしかしたらジェンナにやっつけられてしまって、リディアと会えなくなっていた可能性もあったなんて、考えるだけで怖くなってしまう。


わたしが不安気な顔をすると、リディアが手を伸ばして、わたしの鼻先をチョンと突いた。

「もうっ、せっかく再会したのに、そんな顔しないの!」

冗談っぽく嗜めてきているけれど、リディアの瞳は潤んでいた。


「ごめんね」

わたしが謝ると、リディアがローテーブルの上をジッと見るみたいな姿勢になって、こちらに頭を向けてきた。リディアは背が高いから、普段は柔らかい髪の毛で覆われた頭部を見ることはあまりないから、ちょっと新鮮だった。


とはいえ、リディアの行為がどういうつもりなのか、一瞬理解ができなかった。

「えっと……」

「ねえ、詩織! わたしすっごく頑張ったのよ! 嫌な思いも、怖い思いもしたけれど、詩織のことが大好きだから、いっぱい頑張ったわ。だから……」


そういうことか。理解した。わたしはそっとリディアの髪の毛を撫でた。久しぶりに触れた柔らかいリディアの髪の毛。ネコを撫でているみたいで、気持ちが良いんだよね。


わたしが撫でると、リディアがえへへ、と小さく笑った。それと同時に、下を向けていたリディアの顔からポツリと涙が溢れる。机の上が濡れた。


「リディア……」

一度涙がこぼれ落ちると、決壊したみたいに、次々と涙が落ちた。


「良かった……。わたし、頑張って良かった……。もう会えないかと思ったから……」

わたしは慌ててローテーブルの向こうの、リディアのそばに駆け寄って、抱きついた。


「よく頑張ったよ、リディア! リディアが頑張ってくれたおかげだよ!」

リディアの柔らかい体ををギュッと抱きしめながら、再び髪の毛を撫でた。本当にリディアはよく頑張ったよ。


初めてあった時はわがままお嬢様だったのに(それはそれで可愛らしかったけれど)、今のリディアはとってもしっかり者だと思う。自力でジェンナやエドウィンにも立ち向かって帰ってきたんだもん。


「向こうの世界で毎日毎日詩織のことを考えていたの……。やっと会えたのね」

リディアはホッと息を吐いたから、「わたしもだよ」と返事をした。


「そうだ、わたしリディアにプレゼントがあるんだ!」

「何かしら?」


リディアが振り向いて、楽しそうにわたしの方を見つめる。一瞬鼻先がくっつくくらい近くに顔がやってきて恥ずかしかったから、わたしは逃げるようにして慌てて立ち上がり、引き出しの中から小箱を取ってくる。


「なんだか高級そうな箱ね」

リディアが不思議そうに箱を見つめていた。


「ねえリディア、薬指出して」

「一体何をするのかしら」

わたしは箱の中から指輪を出す。


「あら、指輪じゃないのよ。一体どうしたの、これ」

「リディアに改めて、結婚しよって伝えたいから、買ったんだ」

リディアが大きな目をさらに大きく見開いてから、わたしの方を見つめたかと思うと、両手で口を覆って驚いていた。


「ちゃんと婚約の準備してくれてたのね……」

「リディアが頑張ってたのに、わたしだけのんびり待っているわけにもいかないし」

「詩織のいないつまらない世界で頑張った甲斐があったわね」

リディアがクスッと笑った。


「つけてもらっても良いかしら?」

リディアが手を差し出してくる。ほんのり温かいリディアの手に触れる。綺麗な長い指を撫でてから、わたしはソッとリディアの薬指に指輪を嵌めていく。繊細な指に、指輪がストンと嵌った。


……そして、根本までいってしまう。


マズイな、リディアの指、思ってたより細かったみたい。わたしとリディアは、輪投げみたいに指の根本まで落ちてしまっている、ぶかぶかの指輪を無言で見つめた。


「ご、ごめんね、リディア……。指輪のサイズ、ちょっと大っきいやつにしちゃったみたい……」

サイズを間違って金銭的に損をしてしまったことよりも、リディアに不恰好な指輪を付けさせてしまったことへの申し訳なさが圧倒的に勝っていた。


けれど、リディアはクスッと笑った。

「問題ないわよ。嬉しいわ。これ、付けておくわね」

サイズが合わない指輪なのに、リディアはとても嬉しそうに薬指を眺めていた。


そして、リディアはわたしの顔をジッと見つめて、大きく息を吐いていた。大きな瞳がわたしを捉えて逃がしてくれようとはしない。まるで、金縛りにあったみたいに、リディアの瞳から目が離せなくなった。


「一応確認するけれど、これは詩織からのプロポーズと言うことで良いのかしら?」

普段堂々としているリディアがとても緊張しているのが、息遣いからわかった。わたしは静かに頷く。

「そうだよ。リディアには、わたしと結婚してほしいんだ!」


ソッと、リディアの手を包み込むようにして、わたしは両手で手を取った。リディアの手が小さく震えている。緊張しているんだ。


「よ、喜んで……!」

そう言って、リディアがわたしの手を振り解いてから、両手を自身の顔に押しけるようにして、ギュッと麗しい顔を覆ってしまった。


せっかく握った手を振り解いてしまってまで顔を覆うなんて、一体どういうつもりなんだろう。もしかして、何か変なことでもしてしまったのだろうか。心配になる。


「なんで顔隠してるの……?」

「だって、わたしが詩織に告白した時に、この国では顔を覆うのがオッケーのサインって言ってたじゃないの?」


困惑しているわたしに、リディアも困ったように首を傾げていた。言ったような、言っていないような……。


まあ、いっか。とりあえず、リディアはわたしのプロポーズにオッケーしてくれたんだし、細かいことはなんでも良いよね。

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