第10話 罪と雑用

「んんっ……ここは、またあの部屋……?」


 リュウゴが目を覚ますと、そこは見覚えのあるベッドであった。天井も、ベッドを仕切るカーテンも、パイプの簡易的なベッドも、すべて見覚えがある。


「確かオレは、門別さんに負けて……気が付いたらここで寝ていて……」


 リュウゴは上半身を起こし、スウェットの首元から手を入れて背中をさする。門別が召喚したらしい異世界の「自分」。そいつに執拗に踏まれたと思われるところを手探りで探すが、傷跡らしきものは全く見当たらない。


「あれっ……!? 全く痛くない、なんで……」


「おっ! ようやく目覚めたみたいね、おはよう!」

「お目覚めか。イビキがかなり酷かったぞ……」


 見たことのある光景。このベッドで寝ていて、目が覚めればコトハとユキハルのお出迎え。まさか今のは夢? もしくは……いや、そんなはずは!


「あの……確かオレって、門別さんと戦って……」


 リュウゴはいきなり畳み掛ける。ここで否定されれば今のは夢、もしくは「ループ」しているということになる。そして肯定されれば、サエナに負けて気絶していたところを再びここに運び込まれたということになるはずだ。


 一見他愛もない会話に見えるが、リュウゴからすれば重要なことだ。もし、他人をループさせるなどの能力者がいるとするならば大変だ。敵に回しても回さなくとも、下手すりゃそいつの思惑通りに計画が進んでしまう。リュウゴにはオタクの友達がいるので、ループモノの恐ろしさをなんとなく知っている。


 リュウゴはそもそも人を「陰と陽」で判断しない。だから敬語を使えないという致命的な欠点があっても交友関係は広い。知識の多さは、この業界では生き抜くためには大事なことだ。


(頼む、ループだけは嫌だ! ループだけは……!)


「……うん。私達2人で運んだんだ。治療も終えたし、もう大丈夫だと思うけど……雨倉さん、異常なほどに心配してたんだよ? 米川くんのこと」


「ぐっ! 言うでない、どうでもいいことを……!」


「……あぁ、夢じゃなかったんだ。それならよかった。あと……ありがとう。その……運んでくれてさ」


 リュウゴは胸を撫で下ろす。よかった、ここに来てから起こっていることはすべて現実一直線、ならば今からどしどしモンスターを退治してやる。そう生きこんでベッドを立ち上がろうとした瞬間、リュウゴはユキハルに胸ぐらをつかまれ壁に叩きつけられる。


「ぐああっ……!」


「何が『運んでくれてありがとう』だ! 門別リーダーはかなりお怒りだった、しばらくお前は雑用だ、座学と超簡単な依頼しか舞い降りてこないッ!」


「そ、そんな……オレ、別に弱くはないってのに……!」


「あぁ!? オレが言いてぇのはそういうことじゃねえんだよッ! そもそも社会性がゼロ、イノシシが人間に化けて出てきたかのようなお前が戦場にいたら逆効果なんだ! まだ法律上は未成年でも、16歳ならばある程度大人としての振る舞いができる必要がある! 違うか、オレの物言いはッ!」


「ちょっと、だから喧嘩はやめてってば!」


 コトハが仲裁に入るが、ユキハルの眉間からシワが消えることはない。拳も岩石のように硬く握られ、今にもリュウゴの胸が砕けてしまいそうだ。


「グアアアアッ……くそっ……ならば、雑用させたことを後悔させるぐらい活躍してやる! さっきは負けちまったが……それでも! そしたら嫌でもオレの力を認めざるを得ないだろうな……グゥッ……!」


「あぁ、そうか! ならばお前にピッタリの依頼が降りてきてるところさ。内容は『スライム達の討伐』。オレが常に監視するという条件付きでな!」


「あぁ……! やってやんよ、スライムの討伐ぐらい! 逆に腰抜かして逃げ出すんじゃねえぞサングラス、ゴラァ……!」


 リュウゴとユキハルの相性は最悪、まさに犬猿の仲である。2人の目線はまるで野生動物vs野生動物、眼光が稲光のようにバチバチと激しくほとばしる。


「……出発は今から2時間後だ! それまでにメシと着替え、必要なら遺書も書いておくことだなッ!」


 そう言いながらユキハルは1枚の紙をリュウゴに向かって乱暴に投げつけ、部屋を出ていった。遺書など書くものか、リュウゴは渡された紙をビリビリに破いては何度も踏みつけ、大声でユキハルを罵倒する。


「あのイキリ野郎! ぜってぇ許さねぇ、必ず逆に頭下げさせてやる……!」


 リュウゴは誓った。必ずこの業界で成り上がり、世界一有名な能力者、そしてインフルエンサーになるのだと。

 配信用のアカウントも復活させ、今朝リュックに忍ばせておいたプロテインとケーキドーナツをむさぼり食った。もう準備は整った、もはや2時間などどうやっても有効活用はできない。


「瞬殺してやる、スライム如き! スライムなどもはや倒し飽きたんだよ、あんなザコモンスターなどよぉ!」


「……あの、米川くん」


「……ん?」


 無限に湧き出る苛立ちを少しでもやる気に変換させようと、それっぽい言葉を並べて自分に言い聞かせていたところに、心配そうにコトハが話しかけてきた。


「最近、新種や色んな変異が見られるモンスターが大量発生してるって話、知ってる?」


「……ああ。ついこの前、遊園地でも分類不明のモンスターが現れたからな」


「なら、もっと警戒すべきだと思うな……為成さんが新種を確認次第、真っ先にデータに残してくれてるから、現状確認されてる新しいスライムを確認しておくべきだと思う。つい先週も2体、新しいのが見つかったからさ……」


 コトハはスマホ画面を見せてくる。そこにはモンスターの写真や特徴、弱点と思わしき属性や部位などが細かくまとめられていた。


「……へぇ、新種でもこんなにデータがあるんだ……あの人、すっげえんだな」


「新種を見つけたら、このギルド屈指の実力を誇る人達が真っ先に調査するからね。もちろん、暫定的な情報だから100パー当たってるとは限らないけど」


「そうなんだぁ、ちょっと色々と見てみる。ありがと、音揃さん」


「……フフッ、下の名前でいいよ。堅苦しいでしょ?」


 突然コトハはリュウゴの両肩に手を置き、笑顔を見せてくる。突然のスキンシップにリュウゴは驚いたが、新たな職場でも友達が欲しいリュウゴは、迷うことなくそれを受け入れる。


「ありがと。んじゃ、コトハさん、よろしく!」


「こちらこそよろしくね、リュウゴくん!」


 コトハの笑顔はまるで天使である。悩んだとき、辛いとき、全てを受け入れ支えてくれそうな柔らかいオーラを感じる。彼女が欲しくて加入したワケではないが、リュウゴは早速感じた。ここに来て良かったかもしれない、と。



 それから2時間、みっちり新しく発見されたスライムの情報を頭に叩き込んだ。斬撃が効かないスライム、打撃が効かないスライム。厄介な技を使ってくるスライムに、巨大なスライム……リュウゴが知らない新種のスライムの情報がたくさん書き込まれていた。


「これから、こいつらを相手すんのか……」


「緊張してる? でも大丈夫よ、さっきの門別さんとの戦い。あれだけ動けるなら、きっと初任務も難なくクリアできる。応援してるよ、リュウゴくんっ!」


「ああ……ありがとな、派手に燃えて決めてやらぁ!」

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