第6話 知らない、ベッド

「んんっ……ここは、どこだ……?」


「おっ! ようやく目覚めたみたいね、おはよう!」

「イビキがうるさかったぞ……だが、新入りが来たのは嬉しいことだな」


 エイトに麻酔銃を打ち込まれて、数十分の間眠りについていたリュウゴ。その間のことは全く覚えていない。バイト中に戦いを挑まれ、靴をスポンジに変えられて、気付けばボールペンを銃に変えた男に引き金を引かれ……そして今、寝ぼけたリュウゴの目の前には見知らぬ男女が1人ずつ、こちらを見つめている。


「だ、誰だよ……女の子に、その横の……サングラスかけた和服もどきのコーディネート野郎は」


「和服もどきだと……!? 失礼であるな、この服はの故郷の由緒正しき――」


「ちょっと天倉さん! いきなり説教はかわいそうじゃん、それにまずは自己紹介。そうでしょ?」


「あぁ……申し訳ない、いきなり怒ってしまいました。ボクは未確認アビリティズ乙班副班長、雨倉ユキハルと申します。以後、お見知りおきを……」


「……私はコトハ! 『音が揃う』って書いて、音揃おとまえコトハ。よろしくね!」


「リ、リュウゴ。米川リュウゴです……能力は感情を昂らせて、そのエネ――」


「ダメダメ! 能力のことを喋っちゃ!」


「……へ?」


 突然、コトハはリュウゴの自己紹介を遮る。それにしても、能力のことを喋るなとはどういう意味だ? 気絶する前に戦っていたエイトというおっさんも自らの能力のことをこと細やかに説明してくれたのに。寝起きで頭が回らないこともあり、リュウゴは全く意味がわからず混乱する。


「えっと……能力のことを喋ったらダメって、どーゆー意味だ? どうせ戦いのときにバレるんだし、別によくねーか?」


「……やはり為成ためなりさんからの伝言通りだ。この男には、見慣れぬ相手への警戒心というものが欠除している」


「んだとテメェ! やんのかグラサン和服野郎!」


「……あのな、だからこの服装はオレの――」


「……2人ともやめて!」


 コトハは声を大にして2人を制する。自己紹介のときの優しそうで、かつ明るそうな第一印象をかき消すような、「従わないと消される」とどこからともなく溢れ出るオーラ。まさか、このコトハという子はオレと同じ感情系の能力者なのか? リュウゴは驚きのあまり、声を出せなくなる。


「私達の役目は、最近よく暴れてるモンスターとか悪人を倒すこと! 仲間同士で、しかも同じ『乙班』の中で喧嘩することじゃない! そうでしょ?」


「……そうだ。音揃の言う通りだ……かたじけない」


「……オ、オレもすまん。本当に、はい。ごめんなさい、なんか」


「フフッ、分かればいいのよん♪」


 コトハは再び笑顔に戻る。リュウゴは経験則からわかる。こういうタイプの人間は、怒らすのだけはマジでタブーなのだ。クラスに1人はいる、優しいし基本怒らないけど、万が一怒らせてしまったらその様子は火山の大噴火のような存在……あの意味、何が何だかさっぱりわからない為成エイトとかいうおっさんの何倍もコトハの方が恐ろしい。

 

 しばらくの間はこの子コトハに逆らうのはやめよう……そう思った矢先、突然コトハはリュウゴの身体を起き上がらせ、背中にそっと触れてきた。


「うぇっ!? 痛たたたたたたた! そこ銃痕、患部、痛いの痛いの飛んでって欲しいとこギャアアアアアアアアアアアアア!?」


「あぁっ、ゴメン! 力入れすぎちゃったかな!? でもすぐに『治す』からね……」


「……音揃」


「あぁ、言っちゃった! テヘへ……」


 コトハは「能力を自白してしまった」みたいな顔をしながらも、撃たれたリュウゴの背中を優しくさする。すると、撃たれた箇所どころか、筋肉痛や肩こりまでありとあらゆる不調が、まるで天使に誘われ天に登っていくかのように消えていく。


「すご……一瞬で楽になった……」


「今のはあくまでも私の技の1つ! 能力そのものじゃないよ? 仕組みはヒミツ、ほんとに技よ、信じて、技だからマジ!」


(音揃……それでは逆に怪しいぞ……)


「おぉっ! 技ってことは、他にも色んなことできそーだな! ここのギルドもすごそうな人多そうじゃねえか、興奮してきたぜマジ!」


(あぁコイツまじでバカだ! でも、逆にそれが福となしたか……)


 呆れるユキハルには目もくれず、リュウゴはベッドから飛び起きてコトハに話しかける。


「なぁなぁ、他にはどんな人がいるんだ! 同じ班? の人だけでもいいから教えてくれよぉ〜」


「フフフ、面白いねキミ! いいよ、こっちにまだメンバーがいるから。着いておいで!」


「イヤッホー! 『音揃さんが仲間になった』ぜ〜! 最高ゥ最高ゥ〜!」


「……全く、ホンモノのバカだ、こいつは……」


 

 コトハを先頭に、リュウゴは廊下にあるものすべてに興味を示しながら付いていく。ただのシャワー室、トイレ、トレーニングルーム、事務室……かつて「異能力騎士団」にはもっと豪勢に用意されていた設備にすら、いちいち目を奪われる。そんな中、図書室の扉の窓から、机に突っ伏して寝ている1人の少年を見つけたリュウゴは、その人についてコトハに尋ねる。


「……あの、音揃さん」


「……ん、どうかした?」


「この部屋で気絶したみたいに寝てるアイツ……アイツも、俺と同じくおっさんに連れてこられたの?」


「おい、為成さんはこのギルドのお偉いさんだ。おっさん呼ばわりは厳禁だ――」


「あぁ、あの子は陽田ひだアツト君。アツト君も結構前からここにいるんだよ。ちなみに彼も同じ班」


「……でも、多分さっきのオレみたいに寝てるぜ? アイツもまさか何かやらかして麻酔銃ドカーンされてるんじゃ……」


「あぁ、あの子はあれでいいの。むしろ……あれがベスト。でもそのうち分かるよ。私からは能力のこと、喋れないけど」


「喋れない……? 何でこのギルドでは、人の能力について喋るのはタブーなんだ? さっきのおっさ……為成さん、堂々とオレに能力について説明してくれたぜ? それに、オレにはバトル中のネット配信も許可されてる。どちみち、全世界にオレらの能力のことバレるんじゃねえか?」


「それはだな。能力の説明を頂いたのは、恐らく米川がナメられていただけだろう。それと……他人の能力について、しかも陽川からすれば赤の他人リュウゴにバラされるなど言語道断。自分で自分のヒミツについて語るのと、それを他人に許可なく広められるのでは話が違うだろう」


「あぁ、確かにヒミツを広められるのは許せねぇな……って、誰がナメられとるじゃあ!? くそ、あのスーツジジイ……!」


「こら、米川――」


「だから喧嘩しないでよ! 全く……」


 再び、コトハがキレる。


「も、申し訳ない。本当に……」

「はい、ごめんなさい」


 またやってしまった、コトハを怒らせてしまった。

 先程までのテンションはどこへやら、リュウゴはしょぼくれた顔で再びコトハに着いていく。その時、図書室の扉の窓から、ツノや羽、尻尾を生やした人間らしきシルエットが一瞬、映ったことに気付かずに……

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