第5話 トポロジー

(……能力者の人生には常に危険がつきまとう、ねぇ。異能力騎士団にいたときも何度かそういうことを聞いたぜ。だからな、おっさん……格の違いってやつを思い知らせてやる。一流ギルド所属経験のあるオレがな!)


(リュウゴ君……まだまだ未熟だな。顔からにじみ出ているさ、「オレ様がお前をボコボコにして、分からせてやる」みたいな謎の自信と承認欲求がね。まぁ、その未熟さもちょちょいのちょいで早変わりさせてやろう)


「……おっさん! 名前はなんちゃらエイトだったっけ! 勝負のルールは決めていいさ、なんたってオレは……一流ギルド所属の経験があるんだからな」


「面白いねぇ、面白い。嫌いじゃないよ……それなら3分間、イチャモン以外何でもありの戦い、それでどうだい!?」


「おっ……イチャモン以外オールオッケーね? なら早速……ぶっ潰させてもらおうかァ!」


「……泣くんじゃねえぞ、エリート君」


 初めに畳み掛けようと動いたのはリュウゴであった。運動神経にはかなりの自信がある。50mは6.0秒ジャスト、高校生ながらベンチプレスだって90kg持ち上げられる。懸垂も30回はできるし、どんな競技もそつなくこなす。


(おっさん、見たところ4〜50代ってところか? 年齢っていう大きな壁を見せつけてやる! ま、既に薄々気付いてるんだろうがなァッ!)


 リュウゴはエイトに接近、その距離僅か数センチ。ぶつかるか否かの超至近距離で、リュウゴは殴ると見せかけて回し蹴りを喰らわせる。


「喰らええええい! 一発KOだッ!」


 まともに喰らえば悶絶間違いなし、綺麗な弧を描いて突き刺さらんとするリュウゴの脚の甲。対してエイトは全く反応する素振りすら見せず、ただ真っすぐ前を見つめているだけである。

 先手必勝、KOだ! そうリュウゴが確信したのもつかの間、脚がエイトを襲うその瞬間、リュウゴの脚を何からの違和感が襲いかかる。


(何だ、この感覚……? 生乾きの靴下を履いてるように足元が気色悪りぃ! だが、そんなの関係ねぇ。残念だったな、おっさん!)


 リュウゴの作戦通り、エイトの頬に強烈な一撃を叩き込むことができた。だが、エイトは痛がる素振りも気絶することもなく、ただ変わらず突っ立っているだけである。


(何だ、技を跳ね返してくるのか?)


 リュウゴは念を置き、来るかもしれない反撃に備えてすかさず着地、構えを取ろうとするが……地面に足が触れた途端、再び生乾きの靴下のようなグショリとした感覚に襲われる。


「うぇえっ! 何だこれ、水溜りでも踏んでたか……って、何だこれはッ!?」


 リュウゴは足元に目を向ける。すると、履いていたスニーカーが丸っきりスポンジ状、いや分厚いスポンジそのものに変化していたのだ。

 もちろん、とりわけリュウゴのファッションセンスが奇抜というワケではない。トレンドに沿った服やスニーカーを毎日チェックするのが日課であるし、時にはツケ払いを利用してでも欲しいものを買うことすら厭わない。そんなリュウゴはお気に入りのスニーカーを履いていたにもかかわらず、今足元に見えるのは、まるで水を含んだスポンジそのものなのだ。


「な、何をしやがった、てめぇ! お気に入りの靴なんだぞゴラ!」


「フム……噂通り、やはりキミは人の話を聞かないみたいだね。私は確かに申したはずだよ、『私の能力は位相空間』であるし、『この戦いにおいてイチャモンは禁止』だとね」


「そーゆー問題じゃねえだろ! こちとらカツカツなんだよ、てめぇのスーツ、左半分だけ燃やしてやろうか!? それでも絶対怒んじゃねぇぞ!?」


「構わんよ、でも……」


 エイトはついに動き出す。コトン、コトンと革靴の音を響かせながら、ゆっくりとリュウゴに寄っていく。


「ななな、何だよ! お前パーソナルスペース狭すぎなんだよ、十分聞こえ――」


「感情的。この業界では致命的な弱点さ。モンスターや能力悪用者達は、それぞれ多種多様な能力を持っている。そして強さもピンキリ、小バエレベルから神話として後世に語り継がれていくようなレベルのヤツだっている。そんな中で猪突猛進するだけじゃ、近いうちに死んでしまっても無理もないよ?」


「あぁ? 知ってんだよ、それくらいよぉ! それにオレだってそこそこ強いの倒した実績がある、それにエリート出身の――」


「……キミ、異能力者騎士団が好きなのか嫌いなのかどっちなんだい?」


「そ、それは……」


 的確な指摘に、リュウゴは言葉を詰まらせる。2人の距離は15センチ程、ここでパンチやキックを不意打ちで喰らわせてやろうかとも考えたが、リュウゴの中に眠るプライドがそれを咎めた。


「きっとキミはこう考えてるだろう? 『異能力騎士団はオレをクビにしやがったクソギルド』だと。そして同時に、『オレは異能力騎士団という超一流ギルドでのキャリアがあるスゲーオトコなのだ』とね」


「チッ……それがどーしたっつーんだ?」


「幼いのだよ、私からすれば。キミはあと2年位で成人するだろう? さすれば、社会からは大人として扱われる……だけども……」


「なっ……それは……!」


 エイトはポケットから1本のボールペンを取り出す。そしてそれをあれやこれやと形を捻じ曲げ、1丁の小銃に作り変え、ユウヤの背中に突きつけた。


「ボ、ボールペンから銃を!? おい、中学の時『質量保存の法則』っての習ったぞ! よく分かんねぇけどよ、そーゆーの無視してんじゃねえか、まさかお前――」


「なぁに。ちょっとした"応用"だよ。それに、そんなに冷や汗をかかなくていい。中身は麻酔弾。ちょっとの間、昼寝するだけさ」


「……あ、アンタ何者なんだよ、一体……」


「最後に二言。キミが目覚めたときには……既にギルドの中にいる。今回のは形だけのテストだったのさ。そして最後に。私は……そして能力の恐怖に溢れた世界を救いたい、だから……科学とか人智とか、そんなものは飛び越えていきたいのさ。それじゃあ、おやすみなさい」


 バァンッ……! 騒がしい街の真ん中で、静かに銃声が轟いた……。

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