第4話 スカウト

「よければどうぞー。おはようございます、よければお願いしまーす」


「すみません」

「ごめんなさい」

「いらないっす」


 「ハァ……今日は日雇いのティッシュ配り。意外と心折れるなぁ、これ」


 先日遊園地にモンスターが出現した影響で急遽、遊園地はしばらくの間臨時休業となった。遊園地がお休みということは当然入場者もゼロ、警備の仕事もしばらく無くなってしまった。

 

 高校生であるリュウゴはゴールデンウィークを満喫してどこかへと遊びに行きたいところであったが、母が毎日女手一つで頑張っているところを見ると、中々そうするワケにはいかなかった。


「場所は駅前、こんな暑い中でひたすら単純作業……ま、警備よりはオレに合う仕事かな」


 リュウゴは簡単に食事を済ますと、後ろから誰かがポンと肩に手を置き話しかけてきた。驚いて後ろを振り返ると、そこにはスーツに数珠の腕輪、なぜか学帽を被った40代ぐらいの怪しい男が話しかけてきた。

 その男の顔には至るところにタトゥーのような模様が散りばめられている。数式のようなものや中二病っぽいものまで様々、にも関わらず周りの人間は誰もそれに気付いている様子はない。例の隕石によって目覚めた、リュウゴと同じ「能力者」で間違いないだろう。


「驚かせて済まないね、ハハハハ。私、『未確認アビリティズ』っていうギルドを経営している者なんだが……君、米川ヒュウゴ君で間違いないね?」


「いえ、米川リュウゴです。らりるれろの『り』。んで、一体何の用です? 今忙しいんだけど……」


「ふむ、そのよそよそしい態度にその声、その見た目……やはり間違いない。君、この前遊園地で新種のモンスターを退治してたよね? SNSでちょこっと話題になってるよ。インフルエンサー系能力者、米川シュウゴが久しぶりに現れて人々を救う――」


「だから何なんですか! 名前間違えてるし! オレティッシュ配りで忙しいんで、さっさと帰ってもらえますか」


 はぁ、やっぱりこういう「謎に絡んでくる、見知らぬ変なおっさん」ってマジでいるんだな。こうやって話しかけられるとマジで困る……そう思って作業に戻ろうとするリュウゴだったが、既に彼はおっさんの手の内に入ってしまっていた。全て配り終わるまで終われない、バッグに山のように詰め込まれたポケットティッシュ。なんとそれが全て折り鶴に変わっていたのだ。


「は!? 何が起こった、オレは確かに今までティッシュを配ってたのに、それが全部……」


「驚いたかね? 私も能力者なのだよ。企業や団体を経営する者なら、その仕事に必要とされる知識や能力は持ち合わせておくべきだろう? 無論、私も使えるのさ。君と同じくね」


 このおっさん、予想通り能力者だ! まさか「異能力騎士団」から派遣された刺客なのか? この街のど真ん中で戦いを挑みに来たのか? リュウゴは2歩ほど下がり、おっさんと間合いを取る。


「おっさん……アンタの能力は紙を別のモノに変える、とかかい? それなら無駄な果し状だぜ、オレは気持ちの高ぶりを熱に変換できる、紙なんて簡単に燃やせるのさ」


「紙を? そんなもんじゃないさ、ハハハハ。君は『位相空間』って知ってるかい?」


「いそう、くうかん……?」


 勉強が大して得意なワケじゃないリュウゴはちんぷんかんぷんだ。するとおっさんはお節介にも解説を始める。


「例えば、ドーナツとコーヒーカップ。これらは同じ形をしている、という数学的な考えがあるんだ。両方とも穴が空いているだろう? つまりドーナツをあれやこれやと形を変えていけば……コーヒーカップになっちゃうのさ」


「……おっさん、ボケてんのか? 何を伝えたいのかさっぱりだ。ただお前がドーナツの穴にコーヒー淹れて、そこからジュルジュルすすって飲む変人ってことは分かったぜ」


「違う違う、そうじゃないさ……詳しい説明は置いといて、とにかく私の能力は『とある物を似た形の別の物へと自在に変形させる』こと。軽自動車からF1カーだって作れるし、細ーいスパゲッティも気分次第で平たく太いフィットチーネに早変わり!」


(な、何が言いたいんだ……不審者として通報してやろうか?)


 リュウゴはスマホをしまったポケットに手を忍ばせるが、おっさんはそんなこと気に留める様子もなく話を進める。


「話がズレたが……とにかく! 私が伝えたいのはこういうことさ! ほらよッ!」


「こ、こいついきなりッ……!」


 反射的にリュウゴはおっさんが繰り出してくる腕の振りに備えるが、おっさんはティッシュに挟まれた広告だけをリュウゴに返してきただけだった。「その中を見てごらん」と言わんばかりの表情を見せるおっさんの圧に押されて仕方なく中身を開くと、そこにはリュウゴに向けたメッセージが書かれていた。


 

"拝啓 米川リュウゴ殿


 貴殿を弊ギルド「未確認アビリティズ」に招待する。

 初年度の年俸は60万円+出来高、勤務内容は以下の通り。


・モンスターや能力悪用者の退治

・平和と希望のために力を尽くす

・稀に慈善活動も行う

・時にはその命すら出し惜しみしないこと


 また、ギルドの宣伝のために戦闘中の配信も許可する。


 為成エイトより"



「こ、これって……! てか、いつの間に!」


「そう。キミはクビになったのだろう? あの一流企業ならぬ一流ギルド、異能力騎士団をたった1年足らずで。それにしても、遊園地での戦いっぷりは見事だったよ……キミを捨てた異能力騎士団の人事は無能みたいだね。まぁ、遊園地のアレをトライアウトみたいなものだとして……君にぜひ! 我らのギルドに入団していただきたい」


「いやいや、そうじゃなくて! これもおっさんの能力なのかよ!? いつの間に文字を書き込んだ!」


「あぁ、それなら違うさ。私のギルドにもちゃんとメンバーがいてね、それぞれ使える能力が違うんだ。これもその中の1人の能力! ま、既に20人程のメンバーがいるから、最初は顔と名前を覚えることのが大変な任務になるだろうね」


「よ、よく分かんないけど……オレ、ここに入る流れになってんのね……」


 リュウゴは一方的に話を進めるおっさんに嫌悪感を抱きながらも、しぶしぶ会話を続けてあげる。


「その通り、よく分かってくれてんじゃん! それじゃ早速だけどさ……君の実力、改めて見せてもらおうか」


「お、おっさん一体何を……」


 リュウゴが困惑したその時、すでにおっさんは「術」を発動していた。周りに落ちていたゴミ、誰かの自転車やバイク、サイクルラック……周りのものをかき集め、形を変えて簡易的なリングを瞬時に作り上げてしまったのだ。


「こ、これは……!」


「米川君、格闘技は好きかい? 手に汗握るぶつかり合いはハラハラするよねぇ!」


「い、一体何のつもりだ! てか、自分の名前も身分も名乗らず怪しい話を持ちかけてきて……流石にオレでも分かるぜ、アンタが危ない世界の人間だとな!」


「フフフ、その通りさ! 能力者として目覚めた以上、その人生には危険がつきまとう運命さだめッ! そして失礼、私としたことが自己紹介を忘れていたね。

 私は為成ためなりエイト。未確認アビリティズのリーダーさ」


「ふーん……オレはリュウゴ。よろしく」


(このおっさん……戦うつもりか? ならちょうどいい。オレもティッシュ配りに飽きてきたところさ)

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