第3話 前職との因縁

「ふぅー、朝飯前どころか夜食前だったなぁ」


 リュウゴがスポーツドリンクを飲みながら再び駐車場に戻ると、心配そうな表情を浮かべながら高橋が駆け寄ってきた。


「えっと、大丈夫だった!? 急に走っていくもんだから心配したよ……ほら、モンスター。いたんでしょ?」


「あー、はい。いましたね、変なヤツ」


「あのねぇ、米川君が無事だったから良かったけど。今後そういうことはやめてくれる? 事故でも起きたら大変、ああいうのは――」


「え? オレ倒したっすけど?」


「……ぶぇえっ!?」


 高橋はコーヒーを吹き出す。思いもしない返答に驚いた高橋はゲホゲホとむせるが、すぐさま口元をハンカチで拭きながらリュウゴを質問攻めにしてくる。


「え、倒したってマジ!? もう異能力騎士団に緊急の通報入れちゃったんだけど! え、嘘だよね流石に!? 倒したのは騎士団の人なんでしょ、そうだよね、ね!?」


「え、いやマジでオレっす」


「んえええええええええ!?」


 高橋は聞いたこともないようなリアクションを見せ、腰を抜かす。だがそれも仕方のないことだろう。隕石とやらのお陰で能力を突然使えるようになったのは1000人に1人程度。まさか、新人バイトの高校生がその1人なんて普通は想像しないだろう。


「えええええ、えっと、米川君は……どんな能力者なの?」


「えーっと……オレ勉強苦手だから簡潔に説明するの難しいんだよなぁ……何と言うか、気持ちの高ぶりを熱に変換して、炎とかで攻撃する……みたいな……」


「ひええ……よく分からんけどすっごおい……」


 そんな会話を繰り広げていると、リュウゴにとってはもはや聞き飽きた、ブイーン、ブイイーーンという独特なサイレンを鳴らしながら無駄にゴツい車が駐車場にドリフト決めながら入ってきた。中からは完全武装状態の隊員が3名、光線銃を担ぎながらスタタタと迅速に降りてくる。


「……クソ野郎共異能力騎士団、今更到着しやがったか」


「……え、クソ野郎? 米川君、やっぱ何か因縁でもある?」


「あぁ……色々とな」


 既に問題は解決したというのに、「満を持して登場」と言わんばかりに大げさにヒーローショーのようなポーズをいちいち取りながら3人のメンバーは高橋とリュウゴの前に横一列に整列する。そしてリーダーと思わしき人物が状況説明を求めてくる。


「モンスターが発生と高橋さんから通報を受けた! 高橋さん、どんなモンスターなのか、あと場所や数などについて分かる範囲で説明をお願いし――」


「なんか色んな動物ごちゃ混ぜにしたような巨人。オレが倒しましたぁ」


「高橋様、モンスターとはドラゴン系なんです? それともアンデット系? どんな魔法や攻撃手段を――」


「なんか適当に暴れてただけ。オレが倒しましたぁ」


「高橋サン! 刻一刻と状況は悪化するだけデス、できる範囲で説明をお願――」


「うるせぇな増田、西、スミスッ! 人の話聞けやゴラ、オレが既に倒したの! いっちょ前に火器なんか持ってきやがって、来るの遅いんだよタコ!」


「オイ! さっきから失礼だぞ、私達が聞いているのは横の高橋様だ! 邪魔をするならそれなりの対応を取らせてもらうぞ……って……なんでオレ達の名前、知ってんだ……?」


「フフフ……ようやく聞いてくれたか。だけど、オタクの友達からよく聞く『今更後悔してももう遅い』ってヤツなんだろうなぁ、これが。ようやく理解できたぜ。オレはお前らのギルドから追い出された……米川リュウゴ様だッ!」


「米川……!?」

「リュウゴサンッ!?」

「まさか、お前……!」


「異能力騎士団は治安維持という大義名分の下、使……流石は超大手ギルドってところだな。だが逆に言えばお前らは魔法をほぼ使えぬ一般兵、オレより全然ペーペー、クビにならんでよかったなぁ?」


 自信満々にリュウゴは3人に宣言する。横で高橋がめちゃくちゃ驚いているようなリアクションを取っているが、今はそんなのどうでもいい。ただただリュウゴは、戦力外を叩きつけてきたギルドを後悔させてやりたかったのだ。


 3人はヒソヒソと何かを話している。今更オレの実力に気付いたのか? でももう戻らないぜ、年俸1000万貰えるなら話は別だけどな。そう思っていたが……突如3人は光線銃をリュウゴに向けてきたのだ。


「お前……やってることの重大さが分からないのか? 離脱後も足引っ張ることしやがって……お前をモンスター扱いして駆除してやってもいいんだぞ?」


「その通りや、米川! お前が戦力外になったのは実質懲戒解雇みたいなもん、職場でライブ配信してオッケーだと高校で教えてもらっとんのか? あぁ?」


「とにかく! 異能力騎士団誓いその8、反逆者は始末するものとする、に従い……お前を抹殺シマース!」


 3人からはものすごい殺気を感じる。挑発しすぎたかもしれない。このままじゃ、こいつらは確実オレのことを蜂の巣状態にしてくる……短期間であれど所属していたから分かる、こいつらはいかなる法や倫理よりもギルドの誓いとやらの方が優先されるものだと本気で信じている! リュウゴは反撃するつもりはない、と両手を挙げながらも、そのねじ曲がった正義感をあざ笑う。


「なぜだ? オレは一般人を全く巻き込んでないし、迅速に解決した。それの何が悪い? そもそもお前達がやるべきは平和活動、人の命を奪うことじゃないはずさ」


「……繰り返しマス。誓いその8、反逆者は始末する――」


「だーかーら。オレ、お前らに攻撃してねぇだろうが! お前らアレか? チームをクビになって他球団に移籍した選手が花開いたら、手のひら返してアンチするタイプか? つーか、オレが離脱後にお前らの誓いを受け入れる義務は無いだろう!」


「ぐっ……!」


 リュウゴは頭をフル回転させて3人を論破する。この団体の恐ろしさは、所属経験があるリュウゴだからこそ分かっている。運良くリュウゴの主張で3人はたじろいで銃を下ろしたが、下手すりゃ既に脳天ぶち抜かれていたかもしれない。

 リュウゴの背中は冷や汗でビショビショだし、心臓がドクドクと激しく鼓動している。正直、リュウゴは早く3人にここから立ち去ってほしいと願っている。不謹慎だが、そこら辺に新たなモンスターが出現してくれと心の奥底で願っている。


(頼む、頼む頼む頼む頼む! 早く帰ってくれ、鬱陶しいんだよマジで……!)


 3人は再び、コソコソと話をしている。何を話しているんだ、誰か、ウソでもいいから早く次の通報をお願いします! そう願った瞬間……まるで帳尻合わせのように、車に取り付けられたアラートが爆音を立て始めた。


「緊急事態。緊急事態。足立区にて、1件の通報アリ。10体ほどのオークが現れ、無差別に通行人を襲撃している模様。直ちに出動せよ。繰り返す、足立区にて――」


「オー、ノー! またまた通報が入りましたヨ、最近多すぎじゃありまセンカ!?」


「あぁ……既存のモンスターも新種のモンスターも、発生率がなぜか急激に増加しとる。いくらなんでもめちゃくちゃすぎるで……」


「……おい、米川! 今後は二度とギルドの邪魔をしないように! ほら、出動するぞ!」


「「ラジャー!」」


 そう言い残すと、足立区のどこかへと異能力騎士団の3人は向かっていった。緊張から一気に開放されたリュウゴはその場に大の字に倒れてしまった。


「ハァーッ……本当に何なんだよ、マジで……イカれた奴しかいねぇぜ、あのギルドは……」


 息は上がり、いくら深呼吸しようとも胸が苦しいままだ。頭がジワジワと痛くなり、立ち上がろうにも立ち上がれない。心配した高橋はリュウゴの背中を擦ってくれるが、それでもリュウゴは中々落ち着かない。


 結局、その日はバイトを早退することになったのだが……その日ベッドに入るまで、奴らへの恐怖心が消えることは無かった。

 



 

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