第2話 感情エネルギー

 それから半年が経過した。リュウゴは学校に通いながらも、何とかバイトを掛け持ちしてお金を稼いでいた。

 顔が割れているギルド業界ではなかなか採用が決まらず、自転車操業を強いられる毎日であった……が、本日2036年5月1日。ゴールデンウィークの真っ只中、リュウゴの人生の起点ともなる出来事が起こる。


 今日は遊園地の駐車場の警備をしていた。どんどん入場してくる車を的確に素早く捌く。意外と頭も酷使する仕事である。パーク内からは、絶叫マシンに乗る人々の叫び声が定期的に響いてくる。


「あぁ、オレも楽しみたいよぉ……」


 ちらりと見える、見知らぬ人々を羨ましがっていたその時だった。どこからか「明らかにこの世のものではない」ような唸り声と共に、悲鳴の合唱が響き渡ってきたのは。


「グェェ、グオオオオ……!」


「バ、バケモノぉぉ!」

「うわ、うわ、何だよアレ!」

「い、嫌だああああああ!」


「はっ、バケモノ!?」


「業務連絡! 米川君、大変だ! モンスターが現れちまった、こんな日に限って!」


 リュウゴの耳に響き渡る、インカムからの音割れした緊急連絡。モンスターという単語に惹かれたリュウゴは慌てて返答する。


「えっ!? そいつの大きさは、種族は! 教えてくだせぇ、高橋のおっちゃん!」 


「よ、米川君、まさか見に行く気!? ああいうのは異能力騎士団に任せなさい、さっき通報したから今は――」


「……いや、が来るならばむしろ行く! オレをクビにしたこと、後悔させてやらねばなぁッ!」


「ちょっ、まさか行くの!? ねぇ、聞いてる!? おーい、おーーい!」


 高橋が慌てて引き止めるも、既にリュウゴはインカムを投げ捨てて現場へと向かっていた。



 逃げ惑う客を掻き分けるようにリュウゴは現場に向かって走っていく。ゲートから続く道に並ぶ土産屋も、フード売り場も目にも止めず、ひたすら真っすぐ駆け抜けていく。


 聞こえてくるのはモンスターのものと思わしきうめき声と、スタッフの避難誘導の声、そしてそれらをかき消さんとする悲鳴の嵐。リュウゴはただ、皮肉にもクビになった前職で染み付いた使命感と、アイツら異能力騎士団を見返してやるという反骨心に駆られて全力ダッシュで現場に向かう。

 

「種族は何だ? いいや何でもいい、オレが活躍してやるんだああああ!」


 走り続けているうちに、ようやくうめき声の主と思わしき大きなモンスターの身体が見えた。パークのマスコットでは決してない、まさしく「ザ・怪獣」という見た目のヤツだった。


 牙は常に剥き出し、左右サイズ不揃いの小さな翼も生えている。背中には亀の甲羅に似たものも確認できるし、頭からもツノが2本生えていて、そして何よりデカい。身長は少なくとも10メートルはありそうだ。

 だが、しかし……


「あ、あんな魔物、聞いたことも見たこともねぇぞ!?」


 リュウゴは困惑した。目に映る、何がなんだか分からない存在に。まさか新種? ならば決して気は抜けない……リュウゴはその魔物にバレないように、物陰に隠れながら少しずつ接近していく。


(異能力騎士団、誓いその2。決して魔物を刺激するな、だったよな。奴らの教えが後になって活きてしまうとはなぁ……)


 会話も常識も通じない魔物。下手に刺激を与えれば、ただ被害が大きくなるのみ。幸い、今はうめき声を上げながらその場をフラフラとうろついているだけだが、いつ何が奴を刺激してしまってもおかしくない。

 ただでさえ何万人もの人達が声を上げながら逃げ回っているのだ。異なる種族の悲鳴が何重にも重なって響き続けるなんて、人間からしてもストレスだろう。


「くそ、分かってる。ムリだと分かっているが……悲鳴は心の中で上げてくれ! 察しろや、この状況をッ!」


 リュウゴが悪態をついたその瞬間、最悪の想定が起きてしまった。ある1人の子どもが転倒し、脱げた帽子が風に乗って魔物に向かってフラフラと飛んでいってしまったのだ。


「わーん、ボクの帽子がー!」


「ちょっと、カナタ! そんなのまた買ってあげるから! ほら逃げるわよ!」


「ヤダヤダー! ボクの大切な帽子だもん! 取りに行く!」


「あっ、待ちなさい! こら、待ちなさいって!」


 フリスビーのように風に運ばれ、どんどん帽子は飛んでいく。そして魔物の背中に当たり、ポトンと地面に落ちたのだ。


(ま、まずい! 刺激を与えてしまった……!)


 リュウゴがどうしようかと緊迫する中、見知らぬ親子は帽子を回収しようと魔物に迫っていく。マズい、明らかにマズい! リュウゴは親子を怒鳴ってでも引き留めようとするが、時すでに遅し。カナタが帽子を拾い上げようとした時、既に親子はヤツの逆鱗に触れてしまっていたのだ。


「グゴ……グガアアアアアアア!」


「うわああああああ!」

「キャアアアアアア!」


 耳をつんざくような咆哮を上げると共に、ヤツはその強靭な腕で親子を薙ぎ払い、数メートル投げ飛ばしてしまった。その衝撃で多くの人々がドミノ倒しになる、もはや地獄絵図である。


「チッ……こうなったら一か八か、やるしかねぇ!」


 リュウゴは立ち上がり、再び全速力でヤツに向かって駆けていく。今はただ叫び声を上げながらでたらめに腕を振るっているだけ、幸か不幸か知性は持ち合わせてなさそうだ。ならばヘイトを自身に向かせ、力任せに襲ってきたところを一撃で仕留める! リュウゴは作戦を固めた。


(さっきおっちゃんが異能力騎士団が来るとか言ってたけど……ならば先に倒したところをアピールして、ドヤ顔をこれでもかと見せつける! 派手に燃えてキメてやるッ!)


 リュウゴはパーク内放送用のマイクを手に取り、高らかに宣言する。


「皆様! このオレ、米川リュウゴが来たからにはぜひご安心を! 直ちにあのバケモンをぶっ潰し、安心をお届けいたします! 皆様、オレにエールを! 恐怖という感情を熱い応援に変えてくださぁい!」


「……なんだ、この声? まさか能力者?」


「ほら、米川リュウゴってアレよ! 超大手ギルド、異能力騎士団のメンバーよ! 能力者系インフルエンサーの!」


「あっ、聞いたことある! そういや最近見てなかったけど……まだ活動してたのね!」


「頑張れー!」

「いけいけー!」

「やっちまえ、異能力騎士団所属なら余裕だろ!」


(計画、順風満帆ッ……ま、アソコはもうはクビになったんだけどね……)


「「がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ!」」


 逃げ惑う者達の悲鳴は、いつしかリュウゴへのエールへと変わっていた。相変わらず魔物はテキトーに暴れているだけだが、リュウゴは既に確信していた。この状況なら簡単にヤツを撃破できると。


(オレの能力は感情、人の感情の動きを熱エネルギーに変えることッ! 100億人を沸かせられれば太陽だって顔負けよ! さぁ……派手に燃やしてキメてやるからな、バケモンちゃん!)


 リュウゴはスゥ〜と深呼吸し、目を閉じて精神を統一させる。サーモグラフィーのように、人々の心が熱くなっているのが簡単に読み取れる。たリュウゴは両手に炎を宿しながら、ヤツにそれっぽく宣言する。


「やい、デカブツ野郎!」


「……ンガ?」


「オレはお前を消し去ることにした! 覚悟してろよ、鼓動爆燃こどうばくねん……着火ァァッ!」


 叫び声と共に火球が魔物に向かって飛んでいく。大抵のモノは燃えるんだ。さぁ、あの世で懺悔しやがれ! リュウゴは勝利を確信し、既に魔物に背を向けクールに立ち去ろうとしていた。そして、それも上手くいったようで……


「ンガアアアア……!」


 なんと、新種の魔物は一撃もリュウゴに攻撃を与えることができないまま灰となって散っていった。一瞬、客達は困惑するだけだったが、すぐにリュウゴが魔物を撃破したことに気がついた。


「……やった! 平和が、平和が戻ったぞー!」


「うおー、やっぱ異能力騎士団はすげーぜ!」


「キャー、カッコいいー!」


 黄色い声援に囲まれる中、あえてリュウゴは何も答えずにパークを後にした。その方が、なんかカッコよさそうだったから。

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