第1話 戦力外通告

〜2035年11月某日 東京某区某ビル 異能力騎士団 本部〜


 

「次の者。米川よねかわ君。米川リュウゴ君。お入りください」


「……ふぁーい。失礼いたしや〜す」


 今年もこの時期がやってきた。毎年恒例、大手ギルド「異能力騎士団」の契約更改である。

 2030年2月5日。不思議な光球が地球に飛来してから数週間後、人々の暮らしは突如大きく変化してしまった。まるでRPGのように、街を出ればモンスターにエンカウントし、一部の人々は突然魔法のようなものを使えるようになったのだ。


 その科学的な理由は5年以上が経過した今でも不明なままである。光球の正体が隕石だとして、普通隕石が飛来すれば場合によっては大災害に繋がりかねない。市街の破損、生命の絶滅、地殻変動、異常気象……だが、今回の「隕石」はそれらのような影響をほぼ与えず、強いて言うならばそれまでの世界的、科学的なことわりを大きくひっくり返してしまったのだ。突然、モンスターや魔法というファンタジーな概念が生まれて、当たり前のように新たな生活の中で当たり前のように100億人は生き……無論、その理由もまた分からずじまいだ。

 

 だが、とにかく今言えるのは「新たな需要モンスター討伐」が生まれれば、それに応える企業や団体も生まれるということ。異能力騎士団という、その中でもとりわけ大きな規模を誇るギルドに運よく入団できた米川リュウゴは、人生初の契約更改を心待ちにしていた。


(へへへ、オレはボス級のモンスターを初任務で倒した。しかも戦闘シーンをネット配信したおかげでオレは有名インフルエンサーにもなりつつある! 年俸ギャラはしっかり頂くぜぇ、マスター!)


「いやいや、どーもお疲れ様でしたぁ! 来年も世界一有名な能力者目指して日々精進しまぁ〜す!」


「……いい加減にその失礼な態度を改めなさい。何回目ですか、貴方もあと2〜3年で大人になるんですよ」


「……でもさ、オレ頑張ったっしょ? 巨大なスライムのボスも焼き払ったし、ギルドの宣伝もネットで配信した。広報も兼ねちゃうなんてオレまじで天才――」


「米川君! いい加減にしなさい、空気を読め、空気を!」


 マスターは思わず机を叩く。用意された茶菓子がピョンと跳ね、ティーカップが紅茶をこぼしながらカタンカタン、カタカタ……と不快な音を奏でる。


「……すみません」


 ギルドのマスターに何度、どれだけ叱られようと米川は改めるつもりはない。なぜならオレは最強、天才、有望株! そう信じてやまないし、何よりビッグな存在になりたいからだ。

 きっと今回の契約更改で年俸大幅アップ、これで将来も安牌。早く来年の年俸を発表してくれ! ワクワクが止まらぬ米川だったが、彼を待っていたのは期待とは真逆の絶望の一言であった。


「……残念ですが、貴方と来年は契約しないことを決定いたしました」


「……は?」


 時が止まる。現実を受け入れられない。何かの聞き間違いか? 「契約しない」と似たイントネーションの言葉を色々と引き出してみるが、どれもいまいちピンとこない。体温がスーッと引いていくような感覚に陥るリュウゴに、さらにマスターは現実を叩きつけてくる。


「ですから、クビ。貴方まだ15とか16でしょ? 素直にコンビニとか居酒屋とかでバイトして、学校もサボらずに通った方が貴方のためになると判断した次第です」


「……で、でも! オレはこのギルドの戦闘シーンをバズらせた経歴が――」


「ギルドの内部情報や仲間の能力のことを不特定多数の人にバラしまくったでしょう! 貴方がしていることは企業秘密を拡散したと同義、はっきり言っていい迷惑です!」


「そ、そんな……」


 リュウゴは絶望した。天狗になっていた。自分は縁の下からギルドを支えているのだと、根拠のない実績で勝ち誇り続けてきた。だが、現実はそうではなかったのだ。

 いくら反論しようとも、もう「戦力外」という事実は覆らない。1分ほど沈黙した後、ようやくリュウゴは現実を受け止め、静かにギルドを後にした。


「戦力外、か……。オレの年収、90万円がいきなりゼロに……この業界じゃ顔も割れてるし、もう素直に普通のバイトするしかねぇか……」


 扉を空ける前までの自信はどこへやら、リュウゴは肩を落としてトボトボと帰路につく。ワイワイと談笑しながら帰る小学生。買い食いしながら恋バナや誰かの愚痴を言い合う女子高生。ティッシュ配りのお兄さん、夢見る路上バンドのグループ。そんな見慣れた、日本中にありふれた人々が、今日に限っては羨ましく思える。


「……皆、夢や希望、未来を見てるんだよな。オレはしばらく、暗闇しか見えそうにないや……」


 無限にこぼれ落ちる涙を拭いつつ、コンビニでジュースやインスタント焼きそばを買い、リュウゴはボロボロのアパートに到着した途端我慢していた悲しみはついに決壊、ベッドで情けなく大泣きした。

 

 父親は幼い頃に失踪し、今では母親が朝から晩まで色々なバイトを掛け持ちすることで何とか毎日食いつないでいる。食べ盛りの姉弟もいるので家計は火の車。

 ならば突然母のバイトだけだと限界があるので自分自身でも生活費用を稼がなきゃならない、かつ勉強もみんなと同じペースでついていかなくちゃならない。


 マスターの「素直にバイトしてサボらず学校に通った方が貴方のため」という無責任で無神経な言葉に無性に腹が立った。


「クソォ……オレは世間一般の『フツー』を与えられず、なのに生まれた時からボンボンのアイツは安全圏から石を投げてくるだけ! いっちばん嫌いなやからだぜ、本当に!」


 リュウゴは手に持ったスマホを思いっきり枕に叩きつける。その衝撃で反応し、画面に表示されるのは「人生逆転」「稼げる仕事ランキング」「不平等」のような、自分の自信とはかけ離れた、自尊心というメッキで隠したコンプレックスに満ち溢れた検索履歴であった。


 それを見てますますリュウゴは怒りと自己嫌悪でいっぱいになった。やがてリュウゴは逆に全てを諦め……普通のバイトで、しばらく食いつなぐことにした。


「……求人、探すか」

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