第17話 第2任務「触らぬ毒に祟り無し」 その1

「……そういえば! 堤さ……」


「……」


「あの、堤……さん?」


「……何ですか」


 リュウゴは静かな車内の空気に耐えられず、思わず堤に話しかけるが、堤はミラーをチラリと見ることすらせずに淡々と返答してくる。さすがのリュウゴも少し恐怖感を覚えたが、なんとなくテキトーな話題をふってみる。


「その……このギルドってさ、確か20人くらい所属してるって聞いたんだけど。堤さんも含めてこの数字なの?」


「……正確には違います。あくまで『20人』とはギルドに届く依頼をこなす戦闘員の数。それを甲班、乙班、丙班の3つの班に分けています。これらに序列や役割の違いは特にございません。甲班はしばらく、大型案件に関する出張で帰って来ませんが」


「へ、へぇ。そうなの……色々とすごいっすね……」


「……そして私はこの内、どの班にも所属しておりません。なぜなら、私の能力は『意思疎通』。離れたところから紙や石などの媒体に文字を浮かび上がらせたり、あとはかなり頑張ってテレパシー程度という能力でして。身体能力も低いので戦闘に参加は基本しません……でも、米川さんは既にお目にかかられたのでは?」


「あ! そういや!」


 リュウゴは思い出した。ティッシュ配りのバイト中に為成に突然話しかけられ、その際ティッシュに挟まれたチラシに一瞬で契約書の文言を書き記してきたことを。


「あれ、堤さんの能力だったのかぁ……」


「迅速に理解していただけて助かります。でも、こういう能力だからこそできることがあるんです」


「……と、言うと?」


「繰り返しになりますが……私の能力は『意思疎通』。名もしれぬ方からのSOSのサインを拾うことができれば……ほら、到着しました」


「……うわ、もう到着してる!?」


 ギルドから約20キロ。堤は緊急依頼を申し込んできた者からの「心の声」を拾い上げ、抜け道などを利用して最短時間で現場に到着したのだ。


「……私が支援できるのは一旦、ここまでです。少し離れたところで待機しておきますので、終われば電話をかけていただくか、もしくは『終わりました』と強く心の中で叫んでください」 


「オッケー! 頑張るぜ、なぁアツト!」


「あっ、う、うん! 頑張ろうね!」


 リュウゴとアツトは、軽く堤に手を振りながら駆け足で現場へと向かって行った……。



「がはぁっ……もうダメかもしれねぇよぉ……パパ、ママ……情けねえ息子でごめんよぉ……!」


「イヤだ……ここで死ぬなんて聞いてない、私はギルドナンバー2の実力のはずなのに!」


「……そりゃそうだろぉ? お前は『イケイケ・ハーミット』。こっちは『阿僧祇キログラム』……聞いたこともねぇギルドばかりじゃねえかァ! どいつもこいつも異能力騎士団の猿真似ばかり、何回見てもくだらねぇ、マジで馬鹿馬鹿しい! もっと骨のある輩はいねぇのか――」


「お前だな? ここらで暴れまわってる野郎ってのは」


「おおっと……次の相手のお出ましかぁ。どうせまたザコが現れ……え?」


 暴れる男の視界に映るのは、前髪だけ金に染めたアップバングヘアーの不良。燃えるような紅い瞳に、配信のために常時身につけているヘッドホン。

 リュウゴはネットでもそこそこ有名である。登録していなくても時折彼の動画が回ってくるし、ネットニュースやまとめサイトなどでもその名前は確認できる。


 だからこそ、この不良も知っていた。米川リュウゴという、ギルド所属系インフルエンサーの名前とその姿を。


「お前は、異能力騎士団の、米川リュウゴ……!? 噂をすればホントに現れやがった! 面白いねぇ、ヒュ〜ッ!」


「フッ……まぁ、あくまでも『元・異能力騎士団』だけどな。どちらにせよお前は始末する……何百人という視聴者に見守られながらな」


「ふぅん……あそこ、辞めてたのか。イミフだなぁ……それはともかくよぉ、お前の攻撃。見せてくれよ! どーせファンの皆様も見たがってんだろ? ほらほら、先攻は渡すぜ?」


「言われなくともやるさ。オラアアアアアッ!」


 リュウゴは作戦などを考えるよりも先に駆け出し、腕に力を込めながら全力で切り込む。

 身構えもせずニタニタと素敵な笑みを浮かべるばかりの不良に若干の違和感を覚えながらも、鉄拳を不良の時代遅れヘアーに叩き込もうとしたその刹那。リュウゴの嗅覚に「何か」が侵入する。


(うっ!? 何だこの、本能がヤバいと察知しているような匂いは! 不潔でも嫌悪でもなく、「危機」という感じのッ!)


 リュウゴは振り上げた拳をあえて開いて不良の肩に押し出し、その反動を利用して少し不良との間合いを取る。だが時すでに遅し、リュウゴの腕はヘビにでも噛まれたかのようにパンパンに膨れ上がっていたのだ。


「……う、うわあああああ!? 腕が、腕があああああああ!」


 後からじわじわと襲ってくる痛みに耐えきれず、リュウゴは身につけていた配信機材を落としてしまう。スマホ画面には驚いた視聴者のコメントが滝のように流れる。



ふらいどぽてと「!?」

山崎「ヤバくね!?!?」

松ぼっくり「誰か通報頼む」

名無し「草」



「オレは確かに攻撃なんて受けてない、なのに腕が猛烈に……」


「イヒャヒャヒャヒャヒャッ! 引っかかりやがったなぁ、この薄汚ぇネズミがよォ! これぞオレの技、『死区八苦しくはっく』! オレの周りは毒で埋め尽くされている、オレ以外の奴らが苦しむ毒がよォ!」


「……こ、鼓動爆――」


「鼓動爆燃ンン? 噂通りお前はバッッッカだなぁ! 化学でやらなかったのかァ? 正体不明の物質を温めるなんて、呼び出し喰らうだけじゃ済まないだろうにィ。

 ……あ! でもこれ以上動かん方がいいぞぉ〜! 血液の巡りが速くなりゃあ、その分毒もお前を苦しめるゥゥ! ケッヒャヒャヒャヒャヒャ、面白ぇ〜ッ、ヒュ〜〜!」


 

「……あわ、あわわわわわわわ……」


 想定外の能力を持つ相手に早速足元をすくわれてしまったリュウゴ。いきなり仲間がやられるという状況に、臆病で奥手な性格のアツトは、震える手足を抑えることすらままならない状況だ。


「……ややややややややっぱりボクには向いてなかったんだ、こんな仕事! 大人しく学校に行って、ちゃんと勉強していい大学に入って! それなりの企業に勤めればきっとお金なんて――」


「……アツトくん!」


「うわっ! その声は……ごめんなさい!」


 突如、アツトの懐から小さな光がフワッと飛び出し、人間ほどの大きさに変化する。その正体は宴のときに現れたサキュバス、その名をラゥーヴであった。


「謝らなくていい! さっき『ボク達も行く』って自信満々に出動しようとしてたじゃない! ほら、今こそ男気見せるところじゃないの、バカにしてきた人達、見返せるチャンスじゃないの!」


「そ、それはそうだけど……毒なんてやっぱり怖いよ! ボクの能力は毒に耐性を持つことじゃない! ただただ、『ちょっと夜に強くなる』だけの能力。そんなのじゃ……そんなのじゃ……!」


「……誰が『アツトくんが』って言った? アツトくんも『ボク達』って言ったじゃん! 2人でこそ、アタシ達は輝ける! この満月のようにね!」


「……ごめん、今回も頼りになるよ。それじゃ、始めよっか……」


 苦しむリュウゴと、それを嘲笑い続ける不良。その後ろで、2人の戦士が動き出そうとしていた。とても綺麗で大きな満月を背にして……。

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