第16話 緊急依頼

「ぐぁ〜。食った、食った。それじゃ、オレはお家に帰らせてもらうぜ、お疲れちゃ〜ん!」


「おいおい……せめてそこは『お先に失礼します』とか『お疲れ様です』だろう、米川よ」


「はぁーい、すんまへぇん。それじゃ、帰って貯め撮りしてたドラマでも見ますかぁ――」


 美味しいご飯を食べてルンルン気分のリュウゴが荷物をまとめて帰ろうとした瞬間、アラーム音と共にギルドのモニターに「緊急依頼」と表示された。


「緊急依頼。緊急依頼。ここから南西約20キロの山付近にて能力悪用者の目撃情報あり、無差別的に通行人や能力者を襲いながら23区に向かっているとの情報も。繰り返す、ここから南西約20キロの山付近にて……」


「……なにこれ」


 疲労感とたくさんご飯を食べた後の眠気の合わせ技で、リュウゴの頭は回っていない。だが、改めて「緊急依頼」という文字を見た瞬間、リュウゴの心の炎は激しく燃え上がった。


「……あぁ、分かった分かった。オレとしたことが……これ、オレに行かせてくれよ」


「ダメだ! 悪いことは言わん、ここはオレ達に任せるんだ。今回はかなりヤベぇ香りがプンプン漂う……特に『能力者を襲いながら』という点。ここから考えるに、他のギルドが次々とこの依頼に失敗したので、藁にもすがるような気持ちでオレ達に依頼してきた可能性が高い! いや、もしくは……」


「……もしくは?」


「……見知らぬ、やられてしまった能力者からの依頼。実質的には遺言だ! 悔しい話だが、そんなに緊急の案件ならもっと大手のギルドに頼んでくるのが普通――」


「……大手のギルドだと?」


 何気ない、ユキハルの言葉。大は小を兼ねるということわざもあるが、一般的に考えるならば、緊急を要する重要案件ならばより実績や信頼のおけるところに頼み込むのが普通だろう。

 未確認アビリティズは所属人数20人前後の小さな小さなギルド。異能力騎士団などの大規模ギルドではなく、いきなり自分達に緊急で依頼を投げかけてくるなど、本来はあり得ないと考えたのだ。


 しかし、その言葉は逆にリュウゴの血を滾らせてしまった。リュウゴの経歴、異能力騎士団への短期的な所属……。大手のギルドに頼むべきなんて言葉はブレーキになるはずがなく、むしろアクセルを全力で踏み込むことと同義なのだ。


「そんなの、関係ねぇよ……アンタらが黙って出動する背中を見つめてろってか? オレがそんなの望まねぇってこと、いい加減察してるはずだろうが!」


「万が一のことがあればどうする! それこそ望まぬことなのだ! いくら米川が優れたキャリアを歩もうとしているのだとしても、それには順序ってものがある! 先輩の背中を見て学ぶのも仕事のうちだ、ここはいいからオレ達に!」


「そ、そうだよリュウゴくん! 気持ちは痛いほど分かるけどさ……正直、緊急の依頼なんて私も見るのは正直初めてなの! だからここは念には念を入れて――」


「うるっせぇ! ここから南西に20キロ離れたところが現場なんだろ? こっちから迎え撃つ、オレがやるんだよぉぉぉッ!」


 そうリュウゴは叫びながら、ユキハル達の静止を振り切って廊下を突っ走って行った。その背中は駅から出発した電車のようで、もはや止めることなど不可能なものであった。

 心配する一同の横でユキハルはため息をつきながらも、数秒の間を置いてアツトに声をかける。


「……陽田。もう日が落ちてだいぶ経つが……いけそうか? 食べすぎて眠くなったりしてないか?」


「えっ? あぁ、うん……大丈夫だよ。なんとなく今日、夜に急用が入りそうな気がしてたからさ、昼寝をしっかりとっておいたんだ」


「そうか。今日は満月も綺麗に輝く日だ……不幸中の幸いだったな、それでは……米川に付き添ってくれまいか」


「うん、分かったよ……それじゃあ、も行ってくる!」


「おう、頼んだぞ!」


 軽く会釈を済ましながら、ぎこちない走り方でなんとかアツトもリュウゴの後を追うのであった。




「ぐああっ……!」

「きゃあっ……!」


「イヒャヒャヒャヒャヒャッ! 何だよ何だよぉ、そっちからケンカ売っていてこのザマか、よッ!」


「ガハアアアッ……!」


 ひとけの無い、東京の郊外。一般的なイメージとはかけ離れた、農地や山に囲まれた狭い一本道で、とある男がどんどん駆けつけてくる能力者達を一方的に蹂躙していた。


 男は昭和時代を思わせるような特攻服に毒々しい紫色のリーゼント、そして橙色と黒というスズメバチを連想させるような組み合わせの服装で、いかにも危険人物だと見ただけで分かる。


「何だよお前らァ! しょうもねぇヤツばかり来やがって……もっと腕が鳴るヤツを出してこいよォ!」


「だ、黙れ! それなら呼んでやろうか? 異能力騎士団とか、お前が死ぬかもしれねぇ人達をな!」


「そ、そうだぞ……! お前なんか、それなりの能力者が来りゃ、息をする間にあの世行き――」


「おおっとぉ? 息をしてあの世行きになるのはどちらかな? 能力を忘れたのか、既にボケちまったのかァ? オレの毒をよぉ……!」


 やられた能力者達は一斉に勘付いた。この男の一番のヤバさは身体能力や、何を考えているのか分からないところではなく、やはり「能力」そのものであると。


「ガバァッ……!? い、息をするたびに、身体が壊れるッ……!」


「あぁ、やっと思い出したんだァ!? その通り、オレの能力は『毒』ッ! あらゆる命を奪い、あらゆる物質をドロドロにし、それでいて自身は無事……シンプルに攻守最強ってワケよぉ!

 おおっと、お前らはこれ以上喋らない方がいいぜェ? さもなくば死ぬのが早くなる!」


「ぐっ……早く来てくれ、誰でもいいからよ……」


 悶絶する、所属も名前も知らぬ正義の能力者達。彼らはただただ、目的も分からず暴れまわる男を止めてくれる救世主が1秒でも早く到着することを願うことしかできなかった。



 一方、リュウゴはギルド前に停まっていた出動用のワンボックスカーに飛び乗り、黒服の運転手に早口で頼み込む。


「さっきの聞いてたか!? 南西に20キロ行ったところでヤベーやつが暴れてるって通報! そこに向かってくれ、早く!」


「……いいえ、まだ乗っていない方がいますので」


 運転手は淡々とリュウゴの頼みを断る。まだ乗っていない……リュウゴの脳裏によぎったのは和服グラサン野郎、その名は雨倉ユキハルであった。


(アイツ……来るなら来るで早くしろよ、トロトロしてるヤツが2番目に嫌いだぜ……!)


 悪態をつくリュウゴ。だが、その耳に入ってきたのはまだあまり聞き慣れていない、大人しそうな男の声であった。


「あっ、失礼します。遅れてすみませんでした……」


「お、お前……アツトじゃねえか! 一緒に例の依頼、クリアするのか?」


「あっ、うん。付き添ってくれって頼まれて……仲間の数は多ければその分、頼もしくなる。そう……だよね? だからボクも来た……」


「そうだったのかぁー! ありがとな、アツト! ほらほら、一緒に行くぞっ!」


 先程までのイライラはどこへやら、リュウゴはアツトに握手を求める。対するアツトも、やや困惑しながらも右手をゆっくりと差し伸べた。


 ミラー越しに全員乗車したことを確認した黒服は、淡々と後部座席のリュウゴ達に告げる。


「……それでは参ります。もし家族や友人への遺言があるなら今のうちに」


「遺言〜? そんなの必要ねぇ、チャチャッと片付けちまうからよ!」


「……そうですか。私は堤と申します。為成様の秘書、及び各種事務作業を担当しております、以後お見知り置きを」


 若干呆れ口調が混じりながらも自己紹介を終えた堤は、颯爽と夜の街中、アクセルを踏み込んだ。

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