第15話 はじめての宴

(昔、夢に出てきた奴が実体化して……金塊まで作っちゃって……何だったんだ、アレ……?)


 リュウゴは「金髪の人物」のことをなかなか忘れられずにいた。あれは幻なんかでは決してない、だけどもどこか「人間」ではないような気がして……あれこれと考えていると、たまたますれ違うタイミングでトイレから出てきたコトハが心配そうに話しかけてきた。


「リュウゴくんどうしたの? すごい声、聞こえてきてたけど……」


「んぇっ!? あ、あれは……その……昔好きだったアニメの曲よ。ついテンション上がっちゃってさ、ハハハハ……」


 ……まずい。確実に聴かれていた。これでは変なヤツというレッテルを貼られてしまう。どうにか名誉挽回しなくては……言い訳をどうにか絞り出そうと頑張るリュウゴだが、コトハから返ってきたのは思いがけない言葉だった。


「それは私も好きで寝る前に歌ってるからいいんだけどさ、その……『変態だああ』とか、『オレはこの道を進む』とか、ずっと1人で喋ってたからさ、疲れてるのかなって……」


「え? ひと、り……?」


 そんなはずは無い。確実にシャワー室にはもう1人の人物が乱入していた。それとも、もしや……温まったはずの全身が再び冷えるような感触を覚える。


「いや、いたんだよ! その……オバケみたいな服装の男が、マジで! 鍵も閉めてたし、本当なんだ!」


「オバケ、ねぇ……まぁ、ここで何人も死んでるからね……」


 コトハは突然、トラウマを思い出したかのように悲しい顔を浮かべる。この業界は常に命がけ、以前に大事な人が亡くなってしまったのだろうか、思わず地雷を踏んでしまったとリュウゴは反省する。


「あっ! いや、その……ごめん。不謹慎なこと、言っちゃったよな……」


「……う、ううん! 気にしないで、私こそゴメン! ほらほら、もう皆食堂で待ってるから! こっちだよ!」


「お、おう! やっとご飯だぜぇ〜!」


 リュウゴは小走りでコトハについて行く。だんだんといい香りが漂い、ただでさえ空っぽになった胃がさらにご馳走を欲する。

 肉が焼けた匂い、出汁の効いた汁物の優しい香り、炊いたお米のホカホカとした柔らかい香り。それぞれの食材がおりなすハーモニーはまるでクラシックコンサートのようだ。


(あぁ、これ絶対豪華なヤツじゃねえかぁ! 見なくても分かる、為成のおっちゃんすっげえ〜! そうそう、こういうメシあってこそモチベが上がるんだよなぁ〜!)


 香りに釣られて歩いていくと、やがて「いかにも」といった装飾の施された入口にたどり着いた。豪華なドアをコトハと一緒にせーので開けると、そこに広がっていたのはヨーロッパのゴシック様式を連想させる食堂であった。綺麗に並べられたテーブルには、等間隔で美味しそうな料理が並べられている。

 舞台にはピアノやマイクまで用意されており、食後の余興も楽しめそうだ。


「うおおおおおおお! めっちゃすげぇよ、修学旅行みたいじゃん!」


「フフッ、やっぱりそう思うよね! 今日はリュウゴくん入団のお祝いで、私達の班だけ特別に用意してくれたんだよ!」


「おぉ〜っ! それは楽しまなくちゃな、お邪魔しまぁ〜す!」


 リュウゴはルンルンで一番入口から近い席に座ると、向かいの席に既に座っていた「アツトくん」が会釈をしてきた。リュウゴとアツトは初対面なだけに、ここで自己紹介を済ますことにした。


「オッス! オレは米川リュウゴ、動画配信もやってる炎属性です。よろしく!」


「あぁっ!? え、えっと……陽田。陽田アツトって言います……その、よろしくお願いしま――」


「なんだよ、陰気臭いなぁ〜! もっと明るくいこーぜ、せっかく豪華なメシもあるんだしよ!」


「その通りよ、アツトくぅ〜ん! もっとアゲてこ、ね?」


「そーそー、コトハさんの言う通り……ん? いや、今の声違うよな?」


 リュウゴは振り向いてコトハの方を見る。やはり、コトハは「違う」と言わんばかりに小刻みにうなづく。まだ見ぬメンバーが他にもいるのか? リュウゴが辺りを見渡していると、突然アツトが慌てだした。


「あー! ちょっと、急に出るんじゃなくて前もって言っといてよ、そういうアドリブとか苦手なんだってボク!」


「もー、いい加減慣れてよぉ〜。それに、こうやった方がロマンチックでしょ、えいっ!」


 声の主はアツトの懐から飛び出し、部屋の天井近くで月のように静かに輝き始めた。何だ? よく分からないが、これがアツトの能力なのか? そう考えた途端、金髪でいかにもギャルって感じの女の子がふわふわと舞い降りてきた。

 

 頭には2本のツノのような突起があり、尻のあたりからは黒い尻尾が生えているのが確認できる。そして何より、コウモリの羽のようなものまで見える。

 

 服装もかなり奇抜だ。ダメージジーンズならぬ「ダメージスウェット」をオーバーサイズで着こなしており、ホットパンツを覆い尽くしてもはやショート丈のワンピースにすら見えてしまう。そんな彼女は床に着地したかと思うと、アツトの両肩から飛び出させるようにピースをしながら自己紹介を始めた。


「イエーイ! アタシの名前はラゥーヴでぇ〜す! 好きな食べ物はヤギのお肉でぇ〜す、よろぴくぅ!」


「うわっ! ちょっとラゥーヴさん待ってよ、今日は事情を知らない人もいるんだか――」


「えぇ〜? いいじゃん別にぃ。お腹がすくのはアタシ達サキュバスも一緒なんだからぁ〜」


「サ、サキュバス……?」


 困惑するリュウゴを尻目に、ラゥーヴと名乗る自称・サキュバスの女はアツトとわちゃわちゃし始める。

 サキュバス……にしては人間に好意的というか、力を吸い取って悪さをするような感じには見えない。久しぶりのギルドでの仕事を終えた疲れもあってか、リュウゴはもはや何がなんだか分からない。


「あの……仲間、でいいんだよね? その……サキュバスの人は」


「あぁ……説明がまだだったね、ごめんなさい。この人は正真正銘、本物のサキュバス。だけど悪者ではないんだ、特に夜はボクと一緒にモンスター退治しに行ったりして……まぁ、ほとんど彼女の力なんだけどね」


「へぇ……それじゃ、サキュバスを操るのが能力ってワケか! 確かに頬に悪魔の顔みたいなの出てるもんなぁ〜!」


「あ、いや……その……ボクの能力はそんなことなくてさ、ちょっとだけ夜に強くなることなんだ……実際、能力に目覚めてからは夜眠くならなくなってさ……ボクもカッコいいのが良かったよホントは……ハァ……」


「もぉ〜! アツトくぅんってば、もっと元気出してよ! ポジティブだよポジティブ! 曇った夜みたいな顔やめなよ、せっかくのごちそうなんだから!」


「そうだぞアツトくぅん! 陰気臭いのやめてってば! ほらほら、そろそろご飯の時間だぜぇ〜!」


(フフッ、結構気が合ったりして! リュウゴくんとラゥーヴちゃん!)


 

 その後も今宵は、リュウゴ達は馬鹿馬鹿しい話で盛りあがった。修学旅行の夜のように、普段ならしょうもないようなことでも、楽しい夜なら笑い飛ばせるものだ。

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