第14話 いわく付きのシャワールーム?
「たっだいまー! 米川リュウゴ、ただいま戻りましたぁ〜! ちなみにヘトヘトでぇ〜す!」
「ただ今戻りましたぞ、皆の者!」
ギルドに無事たどり着いたリュウゴとユキハル。最初は「1〜2時間で帰る」と言っていたが、バスが遅延していたことや疲れが一気にドッときたこともあり、結局4時間かかってしまった。あんなに明るかった空ももう茜色、カラスが山に帰っていくのが窓から見える。
「お! やっと帰ってきたんだね、その様子だとなんともなさそうで良かった〜! お疲れ様!」
「ようやく、お二人とも帰られたのですね。特に米川君、初めての仕事ご苦労さまでした……無事、依頼もクリア。言うことはないです」
出迎えてくれたのは為成とコトハであった。どうやら中々予定通りに帰らない2人をちょっと心配していたらしい。為成とコトハはどちらも笑顔だが、それを見るやいなや、何かを思い出したかのようにユキハルはむしろ口を悪くする。
「なんともなさそう、無事にクリア……そんなことはあらぬ! コイツは調子に乗って猪突猛進、下手すりゃ死ぬどころかさらにスライムによる被害を大きくしていました!」
「だ……だってまさか、スライムがあそこまで新たな耐性を持ち出してるなんて思わなかったんだよ……一応、コトハさんと一緒に予習はしたんだけどさ……」
「そうだよ、雨倉さん! リュウゴくんはちゃんと勉強してたしさ、誰だって最初からカンペキになんてできっこないよ……きっと雨倉さんもそうだったんじゃないの?」
「ふむ……そうやって怒る気持ちも理解できますが、彼にとってはここでの初仕事だったんです。先輩なら、そこの教育もするのが筋ってところだと思いますよ?」
「ぐぬぬ……! 皆が許そうとオレは許さぬッ! 少しでも打ち解けられそうと思った自分が情けねぇ、今日は帰らせていただくっ!」
「あぁ、ちょっと雨倉さんってば……!」
慌ててコトハはユキハルの後を追おうとするが、ドアをバタンと勢いよく閉めて早足に帰っていくその気迫に負け、それ以上彼を説得することができなかった。為成もため息をつきながら、少し悲しそうに呟く。
「やれやれ……せっかく米川君の門出を祝おうと、夕飯も張り切って作ってしまったのですがねぇ」
「……えっ!? メシでるの、ここ! すっげぇなぁ、
少しピリついた空気を気にもとめず、リュウゴは「張り切って作った夕飯」という言葉に食いつく。食べ盛りな年頃にも関わらず、家が貧しいリュウゴは満足に食べられないことも度々ある。前のギルドの食事がケチすぎたこともあり、テンションが上がったリュウゴは為成に献立を尋ねる。
「あのあの、何が出るんすか!? カツ丼? お寿司? 焼き肉? 教えてよぉ、為成のおっさん〜!」
「フフフ……それはお楽しみに。ちなみに私は料理が得意でしてね。既に用意しておりますから、食堂でお待ちしておりますよ」
「おぉっ! 早速メシにありつけるのか、やったぜ――」
「……その前に!」
「……え?」
「シャワー、浴びてきてください。せっかくのお洋服も汚れてしまってますよ?」
「……うわっ! ありゃりゃ。すぐにキレイにしてきます……」
為成に促され、慌ててリュウゴはシャワー室に向かう。グーグーと鳴り止まぬお腹をさすりながら、下着と着替えを担ぎながら部屋に入って鍵を閉めて服を脱ぎ、颯爽とシャワーの蛇口をひねる。
「ふぅ、一仕事終えたあとのシャワーは気持ちいい……思わず歌いたくなっちまうぜぇ〜。ランランラーン、オレ様はストリーマー、ネット上のアイドルさ、だからいいねとお気に入り登録をくださいな〜♪」
「ハハハハハハ。『ストリーマー』かぁ。現代っ子だねぇ、気に入ったよ」
「そうなんだよそうなんだよー! オレ編集の才能もあるしさ、マジで世界一狙え……え?」
リュウゴはハッと我に帰る。今の独り言、まさか誰かに聞かれていたのか? 確かに鍵もちゃんと閉めたはずなのに……めちゃくちゃ恥ずかしい、さっさとシャワーを浴びて外に出よう。そう思ってシャンプーを流して鏡を見た瞬間、なんとリュウゴの後ろには見知らぬ誰かが立っていたのだ。
「おっと失礼。ボクのことは、うーん……ナグモ・イトハラとでも呼んでくれ★ちなみにこれ偽名――」
「うわああああ! 変態だ変態、出てけこの野郎! 何が『ナグモイトハラトヨンデクレー★』じゃ、さっきの荒らしみてぇな口調しやがって! 喰らえ39℃の
「うわっ! ちょっ、おいやめてくれ! 外に聞こえたらまずいんだ、せめてボリュームを絞ってく――」
「うるっせぇ! こっちは裸見られた上に歌聞かれてんだ、誰か知らねぇが為成さんに言いつけてや……ん? その姿、どこかで見たような?」
リュウゴの目の前には、白装束を身をまとい、その上から軽めの甲冑のようなものを着用し、頭の上に黄色い輪っかがある金髪の存在だった。まるで能力に目覚めたあの日、不思議な夢に出てきた存在と瓜二つであったのだ。
「あぁ、その通りさ。君にはちょっと……どうしても伝えなくてはいけないことがあってね、急でごめんね★」
「お、おう……その伝えたいことって?」
リュウゴは金髪の人物にシャワーを浴びせ続けながら、彼が言うことに耳を傾ける。
「単刀直入に言おう。先日、キミは新種のモンスターを遊園地で倒したよね。あれは本当によくやってくれたよ……どうだった? 皆から感謝された気持ちは」
「え? ま、まぁ……嬉しかったよ。皆に、その……安心というか……恐怖心を打ち消すことができてさ」
「そうか……流石ボクが見込んだだけのことはある。だけどね……」
金髪の存在は一呼吸置くと、いきなり声のトーンを落として意味深なことを話し始めた。気持ちの良いシャワータイムのはずだったのに、水が滴る音でさえどこか緊張感を煽り立てる。
「……あれは序曲に過ぎない。これまで、数々の能力を悪用した事件やモンスターの人里への襲撃があったけど、それはもはや前座。世界が壊れる物語は始まったんだ」
「……あ? もしや、やっぱり中二病なのか? じゃなけりゃ白装束の上から西洋の胸当てみたいな服装で風呂入らんだろ、どんなファッションセンスしてんだ」
「……服はともかくボクは真剣だ。これから君が能力者として戦い続けるなら、生きながら地獄の深淵を見ることになる。市街の壊滅。いつ敵や、仲間と思っていた人に命を奪われるかと恐怖や疑心暗鬼に襲われる毎日。それらを受け入れられる覚悟はあるかい?
……今なら引き返せる、これは最後のチャンスだ。今ならキミから記憶と能力を取り除き、ごく普通の学生として生かすこともできる、ほらこの通り……」
「うわっ! え、マジで……?」
金髪の人物は石鹸を手に取ると、いちにのさんでそれをまるで手品のように大きな大きな金塊に変えてしまったのだ。質感も輝きも正真正銘、本物だ。やはり、この金髪の人物は何かしらの能力者のようだ。リュウゴはそのオーラに圧倒され、気がつけばシャワーを浴びせるのをやめてしまっていた。
この金塊があれば生活に困ることは無くなるし、命をかけて戦う必要も無くなる。リュウゴの脳裏に天使と悪魔が現れる。決めたとおり、世界一の能力者兼インフルエンサーとなるか、それともこの後の宴をバックレて、そのままこの業界から逃げ出すか。
ゲーム実況だったり料理だったり、戦わなくても動画投稿のネタは無数にある。だけれども、リュウゴが発信したいのはそのようなジャンルではない。戦って、自分も他人も熱くなれるような、そしてモンスターなどからの脅威から人々を救って……脳裏の天使は悪魔を追い返した。
「……いや。オレはこの道を進む。第一、アンタがきっかけなんだから。それを今になってから諦めろなんて、おかしな話だろ」
「……うむ、嬉しいよ。んじゃ、仲間のところに行っておいで。そろそろご飯の準備ができてるからね……」
そう言い残すと、金髪の人物は霧のように消えていった。シャワールーム内を見渡したが、どこにもその姿は見えない。
「……疲れてるのか、オレ? でもそれにしてはリアルすぎたよな……」
謎の人物の正体をあれこれと考えながらも、リュウゴは泡を洗い流してシャワールームを後にした。
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