第8話 禁忌の組手 その1

「門別……さんか。オレは米川。米川リュウゴ、16歳です!」


「へぇ……やはり若いねぇ、坊や。だからあんなに無礼な態度をとれたのね」


「あぁ? 説教なら勝負のあとにしてくれや。腹立って実力が出せねぇじゃねぇか」


「……フフッ、面白い。ただの反抗期なんかじゃなく、どうやら根っからの反骨心の塊……少しは気に入ったわ」


 リュウゴとサエナがお互いに向き合い話をしているところを、物陰からユキハルとコトハは心配そうに見つめる。まるでクラスのヤンチャな子が先生に反応しているあの空気感、だが今回に関してはそれを特別イベントとして楽しむ余裕は全く無い。


「米川くん、マジでやるつもりなんじゃん……マズイよ、これ……!」


「あぁ……下手すりゃアイツ、死んじまうぞ」


「死んじゃ……って、縁起でも無いこと言わないでよ! 神様仏様、どうか複雑骨折まででお願いします……!」


「音揃。この業界の厳しさ、いい加減胸に刻むべきだ。ボク達は社員やバイトと言うよりは個人事業主に近い、そもそもギルドはそういった安全が約束された職場じゃない。常に死神と手を繋いで綱渡りし続ける、そういう運命なんだ」


「そんなこと言われても……人が亡くなることに慣れるなんてできっこないよ……」


「あぁ、それはボクも門別さんも同じ。だが、残念だがそれは理想論。心を壊さずここで稼ぎ続けたいなら、人の心を捨てるのが一番手っ取り早い。

 だが……ボクにも正直、それはなかなかできぬ。だから頼むぞ、米川!」


 今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だが、両者ともあれやこれやと話を続けるばかりだ。確実にまもなく襲いかかる恐怖がなかなか始まらないことに、一周回って苛立ちすら覚える。サエナは腕組みをしてリュウゴを威圧し続けているし、リュウゴもスマホを時々ポチポチ触りながらサエナに返答する。

 

 そんな時、サエナからある質問が飛び出した。


「坊や……戦いの前に2つ。確認したいことがあるんだ」


「あ、また面接かよ?」


「まぁ、そんなところ。第一に……ここに来る前、能力者として働いていた経験があるんだよね。なぜ、能力者として活動を始めたの? 能力者の顔に現れる様々な模様……これは非能力者からは見えない。ならば普通の接客バイトとかでも良かったはずよ」


「……そりゃあ、頑張れば普通のバイトの何十倍も稼げるし、世界一の能力者兼インフルエンサーになりたかったから。オレん、かなり生活がカツカツだしよ……有名な実力者になりゃあガッポガッポお金が入ってくんだろ。アンタのそのドレスを買えるくらいにはな」


「ふぅん……甘っちょろい覚悟ね。マカロンみたいに甘っちょろい……ならば教えてあげるわ。アンタみたいな世間知らずが……禁足地に足を踏み入れてしまったその罪状をね!」


「ほぉ、ようやく戦えるって感じかァ……ならばすぐに決めさせてもらう! オラアアアアアッ!」


 リュウゴは雄叫びを上げながらいきなり全力ダッシュでサエナに駆け寄る。リュウゴは自身の運動神経にはかなりの自信があった。身長はサエナのほうが少し高く、戦闘経験も豊富であるが、それでもサエナは高級ドレスを着用した状態。これでは動きにくくて仕方があるまい、ならば「機動力」で翻弄してやる! リュウゴはいきなり本気の回し蹴りをサエナに向かって放つ。


(ヘヘッ、顔面ガラ空きだぜ! ドレスを汚したくなくて動きに制限がかかったか? 早速その自尊心、叩き割って……ん?)


 リュウゴの目に映った、サエナの顔に現れている模様。六芒星の上に英語で"summon"と綴られているのが見えた。


(英語、だよな……? クソ、どこかで見たことがあるんだ、あの英単語! えっと……)


 単語の意味を当てようと、脳内をあれでもない、これでもないと必死に掘り出そうとするリュウゴ。もし"summon"という単語が意味するものがサエナの能力なのであれば、それを当ててみせることでリュウゴは有利に立ち回れる。まだサエナはリュウゴの能力を知らないだろうから。だが……


「あら、どうしたの? 私の顔をチラチラ見て……ガラ空きよ、胴体が!」


「蹴り返しだと……ん?」


 ドレスから繰り出される、長く細いサエナの脚。繰り出された左脚には、ぐるぐると何重にも包帯が巻かれていた。


(怪我しているのか、こいつ……? にも関わらずこの動きはッ!)


 リュウゴは油断した。一瞬気が散っただけで、重い一撃をモロに喰らったのだ。不意をつかれたリュウゴは地面に叩きつけられる。


「グッ……クソ、やっちまった……」


「ドレス姿だからって油断した? でも、考えてもみてよ……命懸けで毎日戦うリーダーが、こんな服を着ている。裏を返せば、これを着ても普通に動けちゃうんだから。アンタ以上にね」


「ふぅん……結構運動できるみたいだな、門別さん。だが……オレは既に、アンタの能力を見破った!」


「わ、私の能力をですって!?」


「え、米川くん本当に!?」

「まさか……アイツ意外と賢いのか……!?」


「フッ……門別さんの顔には"summon"って文字があった。これは実質答えみたいなもの、アンタの能力はズバリ……」


 ドヤ顔、自信満々なリュウゴに対し、サエナ、コトハ、ユキハルは緊張のあまり固唾を飲み込む。そしてついに、リュウゴの推理が炸裂する。


「アンタの能力は呼び出すんだ……『サーモン』をどこからともなく、な!」


「えっ!?」


「驚いているな、門別さん……これでオレが一枚、いや十枚は有利になった」


 自信満々なリュウゴであるが、彼は致命的なミスを犯してしまっている。サーモンのスペルは"salmon"。2つのスペルはかなり似ているものの、サーモンと召喚ではまるで意味が異なる。


「……あのバカ! 3文字目のアルファベットが違うだろ、痛い目見てしまうぞマジで……!」


「えー……でも、『呼び出す』ってことについては間違ってなくない?」


「あぁ、だからこそだ……だって門別さんが『呼び出せる』のはお魚に限らぬ! 騎士から魔法使い、それに人や野生動物、そしてその気になれば……! 第一、アイツは油断して不意打ち喰らう程のバカ野郎ッ! これでは勝つことなんて夢のまた夢……」


「……それでも私は応援するよ。米川くんのこと」


 ユキハルとサエナが戦況を見守る中、リュウゴの半分正解、半分大間違いの推理にサエナは思わずキョトンとしている。リュウゴは感じてしまった、これでオレの勝ちだぜ! リュウゴは再び、サエナに駆け寄っていく。


「へへへ、焼き鮭にしてやらぁ! 喰らえ、オレのパンチをぉぉぉぉッ!」


「……ふぅん、かかってきなさいよ!」


「おっとぉ、焦っているのか? ならばこのオレお得意の、インファイト戦法でぶっ潰してやらぁ! オッラアアアアアアアアアアア……!」


「中々に速……いや、こんなモノッ!」


 サエナも負けじとパンチを連続で繰り出して応戦するが、どんどんリュウゴのパンチはその勢いを増していく。重さも、速さも、アクセルを永遠に踏み続けているかのように高まっていく!


「へへへ。もはや心臓が熱くてはち切れそうだ……だが、そろそろ決着をつけてやるぜ! 燃えつきな、門別さんよォォッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る