第9話 禁忌の組手 その2

「この速さはッ……! キャアアッ!」


「ヘヘッ、どんなもんだい!」


 サエナは拳のつばぜり合いに敗北し、リュウゴの拳で2メートルほど吹っ飛んだ。リュウゴは喜びを見せるとともに、サエナに追撃を喰らわせようと駆けてその距離を詰めようとする。


「早く起き上がれよ、門別さん! オレがこのまま班のリーダーになっちゃうかもしれねぇぞぉ!」


「ぐっ……こんな……!」


 余程リュウゴの一撃が強烈だったのか、なかなかサエナは立ち上がろうとしない。この勝負、もらった……! 笑みを隠しきれないリュウゴは、とどめを刺そうと拳に力を貯めながら叫びを上げる。


「これで最後だぜ! 喰らいやがれ――」


「……ありがとね、坊や。わざわざ罠に引っかかってくれて」


「……罠?」


 リュウゴはサエナの言っている意味が理解できない。何だ、罠って? 思わず走るのをやめて周りを観察していると、リュウゴの影が勝手にグニャグニャと蠢き始めたのだ。

 だが、コトハとユキハルは当然、その技の正体を理解していた。だからこそ、突然の展開に驚きを隠せずにいる。


「あ、あの技……! なぜ米川くんに繰り出したの!?」

 

「……オレにも分からん。あのパンチ勝負、門別リーダーは正直本気を出してるように見えなかった。にも関わらず、いきなりハイリスクをきたすを出すなんて……!」


「ま、まさか……本気で米川くんを殺める気なんじゃ……!? それならちょっと止めて――」


「いや、待て! もしかすればだが……」

 

 

「な、何だこれッ!? オレの影がまるで命を持ったみてぇに、動き回っているぞォォッ!」


「フフフッ、アーッハッハッハッハ! 滑稽だったわよ、坊や。勝てると確信してからのその落差……! 笑わせてくれたお礼に1つ、お話をしてあげる。そうね……坊や、ドッペルゲンガーって知ってる?」


「ドッペルゲンガーって……会ったら死んじゃう、自分そっくりの……」


「そう。自身と同じようで違う存在、かつ自分と違うようで同一の存在。背反、それでいて同位。そんな奴に命を狙われる。その恐怖に慄きなさいッ!」


「……チッ、何が始まるってんだ!」


 リュウゴは自分の影を押さえつけるかのように地面に倒れ、必死に「自分」から生き延びようとする。だが相手は物質ではなく影、簡単にリュウゴをすり抜けてついにひとり立ちし、気付けば逆に踏みつけられる構図となってしまった。


(恐ろしい能力だぜ、ドッペルゲンガー! 本当に対峙することになるなんてな……だが、ニセモノなんかにやられてたまるか。むしろオレがお前を消してやる……来いよ、ニセモノ!)


 リュウゴは意地でも「別の自分」に負けてたまるかと歯を食いしばりつつ、うごめく目線を下に向ける。だが、視界に入ってきたのは「自分」の脚ではなく、黒い眼球に紅い瞳、漆黒に染まったかなり長めのアップバングヘアーの「米川リュウゴ」だったのだ。


「うわああっ! 何だコレ、怖っ!?」


「フフフ……これぞ私の必殺技、輪廻転生ドッペンゲンガーッ! 無限に存在する時間軸と世界線のうち、とある点に存在する相手の魂と肉体を召喚するッ!」


「言ってることがサッパリ分かんねぇがよ……生まれる時代とか環境によっては、オレはこんなグレてたってことかよ……!」


「勘がいいじゃない、その通りよ! ただ……私への忠誠心はそいつの方が何百倍も上だけどねッ! やりなさい、ドッペルゲンガァァァッ!」


「フフフ、承知しました。今ここに……最恐の英雄が復活いたしましたぜ、サエナ様アアアアアアアアアッ!」


「グ、グアアアアアア! 負けて、たまるか……! オレはやれるんだ、そして……そして……グッ……!」 


 ドッペルゲンガーはリュウゴを執拗に力強く踏みつける。リュウゴはドッペルゲンガーの足首を引っ掻いたり噛みついたりしてみせるが、全くダメージが入る様子は無い。一体どこの世界線から来たんだ、この『米川リュウゴ』は……! 色々と想像をふくらませるリュウゴだが、考えれば考えるほど色々と恐ろしくなる。


 痛々しい表情を浮かべるリュウゴを、サエナは厳しい目で見つめる。だが、ドッペルゲンガーはその名の言われの通りにリュウゴの命を一向に奪おうとせず、ただただリュウゴを踏みつけるだけだ。

 サエナの表情とドッペルゲンガーの動向。それを見てユキハルは何かに勘付いた。 


「……分かったぞ! あの意味が!」


「え、ホント!? 教えて教えて!」


「もしかすれば、門別リーダーは命を奪うギリギリのところで、この業界の厳しさを叩き込もうとしているのかもしれないッ!」


「えぇっ!? でも、それにしてもここまでする必要ある!?」


「……認めたくない。認めたくないが、あの米川リュウゴという男。秘めたるポテンシャルは超一流なのかもしれない。実際、あの超一流ギルド異能力騎士団に一時的にでも採用されたのだからな。だからこそ、自惚れた腐れ根性を叩き直そうとしているのかもしれん!」


「……確かに、米川くんに『覚悟が甘い』とか言ってた……!」


「あぁ。だからここはあえて見守ろう。リーダーはわざわざあんなに重大なリスクを抱える技を、いきなり放たれたのだから。

 この最悪、最凶の業界に適応できるのか、できないのか! あの攻撃は自分自身と向き合え、そういう遠回しの強いメッセージなのだと信じて……!」


「言われてみれば……! 武術だけでも一級品のはずなのに、それをしてないし! それに相手が罪人とかモンスターとかなら、いつも瞬殺してるもんね……」


「あぁ……だからこそ今は介入はしないでおこう。さすれば、嫌でも改心するだろう、少しは……」


 響き渡るリュウゴの悲鳴、それを楽しむドッペルゲンガーの表情。そして、遠くからそれを見つめるサエナ。リュウゴの抵抗もだんだん弱々しいものとなり、気付けばリュウゴの視界はだんだんと薄れていく。


(クソッ、意識が……! ここで終わる、なん……て……)

 

 そんな時、微かにサエナの声が届いた気がした。


「これで分かった? 自分の甘さと向き合いなさい……∣有言実行する《ビッグになる》ためにね……」


(チッ……力が……はい……ら……な…………)



 

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