第25話 全知全能の彼

「ぐー、ぐー……」


「……だ。……てくれ!」


「ぐがー、あと3時間だけ寝かせて……」


「ボクだ。目を開けてくれ!」


「ふぇー、まだ太陽昇ってないはずだけど……って、んぎゃあああああああああ!?」


「ハハハ、またまたビックリさせちゃったね……」


 申し訳無さそうな声でリュウゴに語りかけるのは金髪でオバケのような服装に軽めの甲冑を着用したワケのわからない存在。かつて学校の保健室で、そして今日もシャワールームに乱入してきた「自称・全知全能」のヤベーやつ、その名をナグモ・イトハラだった。


 リュウゴは枕でイトハラをバシバシと殴りながら罵詈雑言を浴びせる。こう見えてもリュウゴは幽霊などの類が大嫌いなのだ。


「おらっ、出てけ不審者! スケベ! 中二病! ミジンコ! クソ! ミカヅキモ! ゾウリムシ! クソ、クソ、クソ、クソクソお化け!」


「ちょちょちょ、ちょっと落ち着いてってば! バレたらマズイんだって、明日大事な試験を迎えるキミに大事な話があるんだ、ちょっと聞いてって!」


「あぁ!? 何じゃい、すぐ言わないと通報すんぞ!」


「だから落ち着いてって……」


 イトハラはリュウゴの胸のあたりに手をかざす。途端にリュウゴは身体が硬直し、全く動けなくなる。枕がポトンとマットレスの上で跳ねたのを確認すると、小さな声で意味深なことを囁き始めた。


「……改めて言うけど、キミの能力は『周りから頼られ、そして自尊心を高めることでエネルギーを生み出す』。まるでモチベーションや喜びの権現みたいな能力なんだ」


「お、おう……そうだけどさ……! ぐぐっ!」


「それは紛れもない事実。だからこそ、配信ができなかったり、かつ人が周りにいない状態に陥ったら、その時こそ自分を信じて感情を爆発してほしい」


「感情を、爆発……!? それって、どういうッ……!」


 イトハラは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりの澄まし顔を浮かべながら、ややボリュームを大きくしてそれっぽいことを口にする。


「希望は爆発だ! そして感情も爆発なんだ! 心の底から湧き出るパワー、エネルギー、炎! 人間は良くも悪くも感情という名のエンジンで動く生き物。理性というハンドルを持ってしても……だからこそ! 自分を信じて、思いのままに戦うんだ! キミならやれる、絶対にアレを!」


「あ、暑苦しいって……それで結局何が言いたい? 寝ぼけて頭回ってないんよ……」


「フフ……よく聞いてくれたね★

 今までのキミは『鼓動爆燃』という技を、応援してくれる人がたくさんいないと出せないと思い込んでいたんだ。だけど自分はすごいんだ、やれるんだと自分自身を褒めてほしい。すると消えかけた火もきっと、激しく燃え上がってくれるよ」


「そ、そうか……頑張るわ。明日早いから寝る」


「うむ! 健闘を祈るぞ」


 そう言い残して消えていくイトハラは、既にリュウゴの視界からは外れていた。このゴールデンウィークはリュウゴにとってあまりにも繁忙期すぎる。炎天下でのアルバイト、立て続けに起きる魔物や能力者との戦闘……そして、明日からも大事な試験を受けることが決まっていて。

 朝起きたとき、今の出来事を覚えている保証はない。それどころか、変な夢を見たなぁ程度で終わることすらあり得る。


 だけども、イトハラはリュウゴが「真意」に必ず気付いてくれると信じている。数年前、自分が力を授けたのもいつか来るであろう危機に立ち向かえる逸材だと確信しているから。


 既にリュウゴはいびきを立てながら夢の中へと入っている。本当に今日は疲れているのだろう。グチャグチャに乱れた毛布をそっと足元にかけ直してあげると、イトハラは霧のようにすうっと静かにその場を後にした。


(成長し、這い上がるんだぞ。キミは未来の太陽なんだから……)


「ぐぐ……ぐがー。ぐがー。ぐがー…………」


 

 初夏であるだけに、太陽が昇る時刻もだんだん早くなってきた。カーテンの隙間から漏れる朝日が静かにリュウゴのまぶたを開く。

 時計を見れば休日なら二度寝をして全く問題のない時刻。だが今日は早く支度を済ませねばならない。デートでも部活の朝練でもないのだが、リュウゴの人生をかけた1週間にわたる戦いが幕を上げるからだ。


 人生というものはいささか歪なものである。生まれ、才能、環境、様々なステータス……スタートラインがそれぞれランダムに定められた障害物競走。それを競技とするにはあまりにも欠陥が多すぎる。

 リュウゴも身体能力やトークスキルなどには恵まれたものの「親ガチャ」はハズレ、父親はギャンブル、酒、女や若かりし頃の夢を、追い求め続けた末、財産を根こそぎかっさらい出ていったまま帰ってこないのだという。


 だからこそ、リュウゴは一気にここで逆転してやるつもりでいるのだ。何百万という金を手に入れられれば、カツカツの生活もかなり潤う。配信のインセンティブも合わせればさらにである。


 前に試験を受けた2人が云々、そんなのはもはや忘れていた。昨日と同じ説明を為成から受けたリュウゴはいつもの服装に着替え、カバンにはモバイルバッテリー、懐中電灯、水に食料を詰めてギルドを後にする。


「死ぬなよ、米川」

「頑張ってね、リュウゴくん」

「えっと……応援してるからね。頑張ってきて」


「おう。ありがと……行ってくる」


 ユキハル、コトハ、アツトから激励を受けたリュウゴは駆け足で魔物及び能力者探しに向かった。


 期限は1週間、危険な回遊試験の始まりである。


 

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