第12話 初任務「畑荒らしを殲滅せよ」 その2

名無してゃん『かっこいい〜!』

カーゴパンツ『頑張れ米川!』

最強だTV 俺様が『はよ倒せよwww』


 

「おおっと、リスナーも集まってきたところだし。そろそろやっちまうかぁ! 腕が鳴るぜ」


 リュウゴは拳の関節をパキパキと鳴らしながら、一歩一歩イノシシスライムに向かって歩いていく。前のギルドにいた時はもっと強そうなモンスターを倒したことがあるし、先日も遊園地で暴れる謎のモンスターを倒した実績がリュウゴにはある。ちょっと強いイノシシの討伐など、イージーもすぎる。


 距離が縮まると共に、イノシシスライムもリュウゴへの警戒心を高める。モンスターマシンのような荒々しい鳴き声と鼻息をどんどん荒げながら、その巨大な牙をブンブンと振り回す。これがあのモンスターなりの威嚇なのだろう。


「おお、怒ってる怒ってる! まぁ、一瞬で焼き豚にしてやるんだけど、なぁッ!」


 リュウゴは左手に火球を纏い、スライムイノシシに向かって駆けていく。最初のスライムを簡単に倒せたんだ、少しパワーアップした程度の敵なんて大して強さは変わらないだろう。リュウゴは一撃でヤツを仕留め、カメラに向かってイキりまくる予定でいる。


「ブオ? ブゴゴゴ……!?」


「やっぱ野生動物程度の知能しかねぇようだな! 喰らえブタ野郎、煉闘発火れんとうはっか。いざ、連続着火アアアアアッ!」


 リュウゴはアチアチに燃え盛る左拳を、光の如き勢いでイノシシスライムに叩きつける。拳と体との間から焦げ臭い匂いが充満し、ジュウウウウウという何かが焼け溶けるような音が響き渡る。スマホ画面に、コメントが嵐のように流れていくのがチラっと見えた。これは盛り上がってること間違いなしだろう。


 リュウゴも倒れたイノシシスライムをアップで映し、何度も倒したぞとアピールしてみせる。称賛の声で埋め尽くされる配信画面だが、リュウゴの背中から聞こえてきたのはむしろ、それを焦って咎める声であった。


「おい、学習能力が無いのか! そいつは……!」


「うるせぇ、サングラス! 見ていたろ、このオレの火力をなァッ!」


「違うんだ! そいつは過剰な炎で焼き尽くせば、さっきみたいに……!」


「……え?」


 ただ、目の前のモンスターは力ずくで倒せばいい。いままでそう思っていた。

 リュウゴは自分のフィジカルにも、魔力にも能力にも自信があった。幼い頃から貧乏生活を続ける中、天が与えてくれたプレゼントなのだと。


 だが、現実はただ甘い毎日を提供してくれるはずもなく、楽観的に築いた経験則という名の土台はなんの前触れもなく崩れるもので、今まさに「試練」が奇襲しようとしていた。


「ななな、何だよ……このブタ野郎、どんどん分裂していくぞ!? えぇっと……ほら……プラナリア? みたいに!」


「スライムのフェロモンについて忠告したばかりだろう! しかもこいつは最近になって突然生態が変わったのだ、突然変異なんてレベルじゃない程にな!」


「プルルルル、プルルルルル、プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」


 2匹、4匹、8匹、16匹……。どんどんそれは倍増しては急成長し、たちまち「群れ」を形成してしまった。イノシシスライムが一瞬にして32匹に増えてしまったのだ。


「うわっ、気持ち悪ッ!? やべぇよこれ、やっちまったかも……」


 リュウゴは落胆した。自分の攻撃が全て、悪い結果しか生まないのだ。コメント欄も一瞬にして手のひらを返している。



田中です『これ終わったろ……笑』

最強だTV 俺様が『草』

タピオカミルクティー『おいおい……何してんのよ』



「アハ、ハハハハ……」


 リュウゴの身体から、力が抜けていく。穴の空いた風船のように、情けなくフラフラと動きながら。リュウゴの力の源は感情の昂り。これではもう、マトモに戦えない。


「ダメ、オレには勝てねぇや。ハハハ……」


「……米川」


「何だよ、笑ってくれ、いっそのこと……」


 もう、情けない。すべてが情けなくて仕方が無い。だがユキハルはリュウゴにゆっくりと近づいてくると、腰を落として目を合わせ、ゆっくりと語りかけてくる。


「……今回の悔しさ、必ず次に繋げろ。意思は忘れない限り、永遠に語り継がれる……少なくとも米川の人生の中ではな」


「……はい。ハハハハ……」


「……ま、今回の後始末は任せたまえ。あと……そのスマホ、ちゃんと防水仕様か?」


「え? ま、まぁ……」


「そうか。ならばよろしいな」


 そう言うとユキハルは再び歩き始めた。カタン、カタンと下駄の音を立てながら、イノシシスライムの前に仁王立ちすると、一呼吸おいてギロリと群れを睨みつけながら何かを呟き始めた。


(ん? 一体何を言ってるんだ……?)


「……通るべく、雨はな降りそ我妹子わぎもこが、形見の衣我下に着り」


(こ、このサングラス……急になんか詠み始めて……いや、違う!)


「畑を荒らすケダモノよ、暴れ散れ。"弩滝どろう"」


「プルルルルゥ?」


 快晴だった空が、突然薄暗く変化する。蒼穹から曇天へと豹変した天からは、説教の如く煩わしい音をゴロ、ゴロロと鳴らし始める。


「覚悟はできたか? 少しの間、猶予を与えてやる。優しいからな……オレは」


「……プギ、プギャアアアアア!?」


「……降り注げッ!」


 ユキハルの掛け声と共に、無数の雫がイノシシスライムに向かって局地的に落ちてくる。その雫はもはや雨粒というより弓矢、いや弩のようで、次々とイノシシスライムを撃破していく。


「す、すげぇあのサングラス……けど、スライムに水系の技がこれほど効くなんて初耳だぁ?」


「別に効くしゅと効かないしゅに分かれてるだけだ。それに奴らが出すフェロモンも、これで薄めて洗い流せるからな」


「な、なるほど! ……悔しいけど納得させられたぜ」


「固定観念に縛られるなよ、米川。ほら、奴らイノシシスライムを片付けるぞ。道端に倒れているのを放置していては衛生的にもマズい」


「お、おう。分かった」


 その後、リュウゴとユキハルは討伐したイノシシスライムを30分ほどかけて片付けた。リュウゴは途中、何度かユキハルに話しかけてみたものの、どれもこれも適当にあしらわれるばかりであった。

 何だよこいつ、そう思いながらも仕事を終えて、帰路に着くことにしたその時。リュウゴのスマホに、1件の通知が入った。


「……ん? これは……DMダイレクトメッセージか。一体誰からだ? うーんと……」



"菅田" さんからのメッセージ


 配信見ました。すごい才能を見せつけられました!


 けれど、もう少し敵の生態とかを調べとくべきだと思いました! あれじゃ無限に仲間呼ばれるだけよ。それじゃ★"



「……あぁ!? んだぁコイツ、偉そうにピーチクパーチクとぉ! それになんだ"★"って! ブロックしてやろか!?」


 書いてあることは正論だ。だが、どこか上から目線なメッセージにリュウゴは腹がたった。どうせコイツ、能力使えねぇだろうに……だが、配信業にこういうことはありがちなのだ。荒らし、求めてもないアドバイス、誹謗中傷に粘着行為……迷惑なのはそうなのだが、有名になればなるほどそういったことも増えてくる。


 初仕事を終えたリュウゴは、「これも有名になっていくプロセスの1つなのだろうな」と言い聞かせながら、ギルドに帰っていくのであった。

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