第21話 夕闇に光る

「どうしたんや、いきなりお腹痛くなりました〜みたいな顔して。別にトイレくらい待ったるで? 30秒だけやけどな」


「バ、馬鹿ッ! んなワケねぇだろ、画面固まっただけだ、画面が! 再起動すればすぐだ、こんなん!」


 マズい。完全にカゲミチは「何らかの異変」に気付いている。トイレに行きたくなったのか、そんな問いを本気でしているハズがない。


 リュウゴはブラフで画面をポチポチと触りながら車の方に顔をチラリと向ける。堤かアツトのスマホを借りることができれば、そこから自分のアカウントにログインすれば何とか配信自体はできる。


 だがここで素直に充電がありません、なんて声に出せばカゲミチに確実に「やられる」。とはいってもリュウゴの魔法の威力は、良くも悪くも見てくれている人、及び応援してくれている人の数と比例する。配信を始めなければ勝機など高く見積もって1%といったところだろう。

 

 カゲミチは絶対に、確実にただ者ではない。だからこそ配信が必須なのだが、それを実行するまでの道のりには茨で覆い尽くされた高い高い鉄壁がそびえ立っているのだ。マズい、頼むからどっちかが察してくれ……! リュウゴの心臓は、滝のように流れる冷や汗を受けてもはやガチガチに凍ってしまいそうだ。


(頼む、頼む頼む頼む頼む頼むッ! どっちか来てくれよ、それで貸してくれよ充電たっぷりのスマホを……!)


 そう願ったとき。車の方から、何やら小さなものが飛んでくるのがチラリと視界に入った。夕暮れの中に描かれる一筋の光、放物線上にリュウゴに向かって飛んでくる。


「ヤッホー! これを使って!」


「そ、その声は! サキュ――」


 リュウゴが今日初めて聞いた声。関わりも実質無いも同然、にも関わらず鮮明に顔と名前が脳に浮かんだ。アツトと共に行動する、サキュバスを名乗る人外。その名をラゥーヴ、シンペイタとの戦いで援護してくれた「あの人」のものだ。


 妖艶であり明るくもあるその声と話し方。気を抜けば眠りについてしまいそうになるその声と共にリュウゴに届いたのは、充電バッチリのスマホだったのだ。スマホ裏にはアツトとラゥーヴのプリ。アツトのスマホで間違いないだろう。


 これでカゲミチに勝つことができる。形勢逆転とはまさにこのことだ、自信満々にブラウザからアカウントにログインしようとしたその瞬間。流石は忍者、カゲミチはリュウゴのを聞き逃さなかった。怪しいその実現に食いついてくる。


「なんやて、サキュバスやと? 魔物を味方に付けてるなんて……まさか反乱でも起こそうとしてるんか?」


「ハ、ハハハハハハ! 何言ってる! サキだぜ、サキ。サンキュー、サキって言ったのさ、オレの彼女の名前! どうだぁ、羨ましいだろぉ〜ッ!?」


「ほぉん……彼女はんの名前かいな。紛らわしい……なんでもええから、はよ来〈き〉いや」


「言われんでもそうするさ……!」


 リュウゴは配信開始ボタンをタップし、カメラをカゲミチに向ける。開始数秒、それでも有名インフルエンサーのリュウゴのもとには少しずつ人が集まってくる。

 1人、4人、6人、7人……遊園地で正体不明の魔物と戦ったときの人数には遥か及ばないが、アツト、堤、それとラゥーヴしか戦闘を見てくれない場合と比べれば遥かに優位である。


「今回の敵は! 突然戦いを挑んてきた不審者ッ! 今日もオレがアツく燃えて決めてやりまぁぁすッ!」



名無し『放送きたー! わこ!』 

カーゴパンツ『放送カクカクしてますよ』

担々麺『ラグすごい』

開田てぃーゔぃーず『画面カクカク周り真っ暗で草www』


 

(やっぱり電波は良くないらしい……これじゃ鼓動爆燃は使えねぇな)

 

「なぁ、その掛け声みたいなヤツまだ続けとったんかい……言うとくけどそれ嫌いやから、後でアーカイブ低評価しとくからな」


「あぁそうかい、勝手にしとけッ!」


 ある程度準備が整ったリュウゴは真っ直ぐカゲミチに向かって駆け始める。左手でスマホを握り、右手には力を込めて拳を握る。


「アグレシップやなぁ……元気でええことやけど、ガキンチョとサッカーしてるんかってくらい簡単に動きが読めるわ」 


 迫りくるリュウゴに、カゲミチはやる気ない簡単な構えで応える。それくらいの動き、読めてるんやで……挑発も兼ねたメッセージである。


 カゲミチは、リュウゴが接近戦に持ち込んでくると読んでいる。まずは魔法を使わない、拳と脚だけのプロレスごっこで勝負するつもりだと。

 リュウゴの弱点、それは技の不安定さである。オーディエンスの数や応援の総量によってその威力は決まる。時にそれは兵器以上の力を誇るが、またある時はアリの噛みつき攻撃程度ですらあるのだ。


 まだ配信開始から数十秒、これではまだまだ視聴者は集まってこない。ならば流石のリュウゴでも魔法は役に立たぬと学習しているはずや……強い確信があってこそ、余裕というものは生まれるのだ。


「てやああああああああ! 喰らえ、オレのフィジカルをぉぉぉ!」


「フン……やっぱり肉弾戦か。単純やねん、単純ッ!」


「何――」


 カゲミチは突如、忍者のようにしなやかな足払いでリュウゴのバランスを崩す。躓きそうになるリュウゴに向かって容赦なく、カゲミチはその臀部を蹴り飛ばす。


「あ゛ぁッ! この野郎、許さねェェ!」


「なんやねん、お尻バシコーンってされただけで……」


「うるせえ! ならば1000倍返しだぁぁ!」


「1000倍……物騒やなぁ、ならば次はこっちも容赦せぇへんで!」


 カゲミチが懐からクナイを取り出そうとした瞬間、リュウゴはまさか予想に反して右手に「火炎」を纏ったのだ。暗闇の中、紅い光が突然牙を剥いてきたことにカゲミチは混乱し、慌てて肘を出す。


 

(はぁ!? なんでや、自分が一番分かっとるんちゃうんかい! お前は大勢に見られてこそ、本領発揮できる……ましてや、しばらく配信してなかったお前からはある程度ファンが離れているはず。それじゃあ配信しても過疎は不可避……いや、もしくはそれすら分からず脳筋プレーを!?)



「なんや兄ちゃん、そんな∣無意味な鼓動爆燃でどうするねん、!? 手加減のつもりでも脳筋なだけでも、お節介にすらなってないっちゅうねん! あぁもう腹立つからそのカメラ、粉々に砕き――」



(いや、違う!?)



 カゲミチがキレかけた瞬間、リュウゴの口角は怪しく上がった。バカと天才は紙一重、まさにこのことだろう。リュウゴの知能がカゲミチより優れていようが劣っていようが、確実にこの瞬間だけはリュウゴが頭ひとつ抜けていたのだ。


「オレが欲しいのは『光』! 炎があると明るいからなァ!」


「……なんやねんそれ! ならばその単調な初動は攻撃やなく!?」


「そうさ……!」


 リュウゴは右手に宿した火炎を空高く投げ飛ばす。きれいな夜空に、小さな小さな太陽が誕生したのだ。そらにそれは重力にからって落ちてくることなく、海に浮かぶ浮き輪のようにふわふわと揺れるのみである。


「……落ちてこない! やりやがったな!?」


 カゲミチは目をかっぴらき、堤の車を睨みつける。スモークがかかっていてはっきりとは見えないが、きっと間違いなくアツトとラゥーヴは笑顔で頷いていた。


「……オレにだって『考える』ことぐらい朝飯前ッ! ましてや配信続けてたら……照明は大事だってことくらい、共通認識なんだよォッ!」


「引っ掛けたつもりかい……だがこんくらいじゃやられへんわ、お前なんかになぁぁぁッ!」


「それはどうかなッ! 喰らえええええええッ!」

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